体が覚えている五分間
吸う人の横に座る #4(第二稿)

イシカワケンタロウ(健康管理アドバイザー)

リハビリ室で、六十代の男性が私に言った。「やめたいのに、やめられないんです」。退院後の生活指導の合間だった。うつむき加減で、右手の親指と人差し指が、何もないのに軽くつまむ形を作っていた。火をつける仕草の、その一歩手前の指の形だ。本人は気づいていない。体のほうが先に、吸う動作を思い出している。

彼の右の人差し指の第二関節の外側に、小さな変色がある。黄色というより、黒に近い褐色。爪は、親指だけがわずかに反って、先端が黄ばんでいた。左手はずっと、太腿の上で握りっぱなしだった。話しているあいだ一度も開かない。——右手が吸う側で、左手は待っている側なのだろう。三十年、そうやって分業してきた手だ。

深呼吸をしてもらうと、肋間が開くより先に、僧帽筋の上部が耳に向かって上がってしまう。胸ではなく、肩で吸っている。息を吐くときも、腹を落とすのではなく、肩だけが先に落ちる。長く浅く吸い続けてきた人の、独特の動員順序だ。教科書の順番では動かない。火をつけて吸い込むあの一瞬に最適化された使い方が、息の形そのものになっている。

禁煙が難しいのは、意志の問題ではない。難しいのは、体に刻まれた時間の形を手放すことだ。仕事の切れ目に、肩を持ち上げて短く深く息を入れる五分間があった。食後に、同じ五分があった。その五分が、一日の骨格の一部になっている方にとって、タバコをやめるとは、一日の骨を組み直すことに近い。

三十年染みついた五分間の形を、数週間の決意でどうにかしようという話の、そのスケールの違いに、どうしても目が行く。

歩き方の癖ひとつを変えるのにも、何ヶ月もかかる。足を着く位置を一センチ内側にずらすだけで、患者は何度も元の軌道に戻る。体は、命令ではなく、反復の回数で書き換わる。別の五分を、同じ時刻に、同じ場所で、体に差し込む。食後の五分を、家の周りを一周する散歩に置き換える。仕事の切れ目に、肩をゆっくり回して深い呼吸を三回だけ入れる。染みついた形は、空けておくと同じ形が戻ってくる。別の形で埋めるしかない。

あの男性の右手の親指と人差し指が、何もないのに軽くつまむ形をやめるまでには、長い時間がかかる。その間、彼の左手は、相変わらず太腿の上で握られたままなのかもしれない。言葉で叱っても、骨格は変わらない。私にできるのは、深呼吸をもう一度お願いして、肩ではなく肋間が先に開いた瞬間を、見逃さずに伝えることくらいだ。体が別の順番を一度でも通れば、そこに小さな覚えができる。——その一度を、急かさずに、横で待つ。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。健康に関する判断は医療専門家にご相談ください。