Three Nights in Nagoya
——三人の夜

マーク

#4で「来年、名古屋に行く」と書いた。ヤマチャンに行く。手羽先を食べる。おごるのは俺だ、と。

行った。本当に行った。

I actually went.

セントレア、20年ぶり

セントレアに降りた。到着ロビーに出た。人がたくさんいる。みんな誰かを待っている。俺も誰かに待たれている。

サトシが立っていた。

20年ぶりの再会。映画ならハグする場面だ。音楽が流れて、スローモーションになって、空港の人混みがぼやけて、二人だけにピントが合う。

現実はこうだった。

サトシ「太ったな」

マーク「お前もな」

Twenty years vanished in three seconds.

お互いの腹を見て笑った。ハグはしなかった。日本だから。サトシだから。握手もしなかった。ただ笑った。それで十分だった。

20年ぶりに会って、最初の言葉が「太ったな」。
これがポエムの反対だ。
修飾ゼロ。増幅ゼロ。事実100%。

サトシの車に乗った。トヨタだった。「名古屋の人間はトヨタに乗る」とサトシが言った。20年前は電車だった。サトシは大学院生で、俺はALTで、二人とも車を持っていなかった。

「出世したな」と俺が言った。

「お前ほどじゃない」とサトシが笑った。

車の中で何を話したか、覚えていない。たぶん何も話していない。名古屋高速の景色を見ていた。見覚えのあるビルと、見覚えのないビルがある。20年分の差が、道路の左右に並んでいる。

ヤマチャン、約束通り

ヤマチャンに行った。約束通り。

セカイノヤマチャン。World's Yamachan。#4で書いた店。サンクスギビングにターキーを食べながら思い出した手羽先の店。

店に入った瞬間、匂いが来た。揚げ油とスパイスと胡椒の匂い。20年前と同じ匂い。匂いは記憶に直結している。脳の構造がそうなっている。視覚より聴覚より、匂いがいちばん速く記憶を引っ張り出す。Science says so. 俺の鼻もそう言っている。

手羽先を頼んだ。ビールを頼んだ。キャベツが来た。無料。おかわり自由。これだ。

サトシ「覚えてるか、あの頃」

マーク「覚えてる。お前がおごってくれた」

サトシ「ALTの給料日だった」

マーク「大学院生がALTにおごる。今思うとcrazy」

サトシ「今日は俺がおごるよ」

マーク「No. 今日は俺がおごる。#4で書いた。『おごるのは俺だ。今度は』って」

サトシ「何それ、何に書いたの」

マーク「……internet」

サトシ「?」

マーク「Don't worry about it」

マークのヤマチャン観察ノート(20年後版)

・手羽先の味は変わっていない。胡椒が多すぎる。最高
・サトシは相変わらず骨から肉をきれいに外す。俺は相変わらずぐちゃぐちゃ
・キャベツは相変わらず無料
・ビールのジョッキが前より大きくなった気がする。いや、俺の手が大きくなった? No, 手は大きくならない。ジョッキだ
・変わったこと:サトシがビールを2杯で止めた。「明日講義がある」。大学院生から大学の先生になった。偉くなった
・変わらないこと:サトシの笑い方。目が細くなって、肩が揺れる。あの笑い方

ビールを3杯飲んだ。手羽先を——数えていない。たぶん20本。サトシは「食べすぎだ」と言った。お前が20年前に教えたんだろう、この味を。Blame yourself.

サトシ「今日、もう一人来る」

マーク「Who?」

サトシ「リンメイファ。台湾の人。ソノダの友達」

マーク「ソノダ? あのマンションポエムの?」

サトシ「そう。リンメイファは名古屋に10年住んでる。面白い人だよ」

三人目が来た

リンメイファが来た。

小柄な女性。笑顔が明るい。第一印象。But wait——入ってきた瞬間の声量が、日本人のそれではなかった。

リンメイファ「サトシさん! ごめん遅くなった! ——あ、マークさん? はじめまして! ソノダさんから聞いてます!」

声が大きい。エネルギーがある。店員が振り向いた。サトシが少し恥ずかしそうにした。That's very Japanese of you, サトシ.

リンメイファ「マークさん、日本語わかる?」

マーク「少し。Listening is okay. Speaking is……まあまあ」

リンメイファ「じゃあ日本語でいい? 私の英語はもっとひどいから」

(笑)

3人で座った。アメリカ人と台湾人と日本人。名古屋の居酒屋で。テーブルの上に手羽先とビールとキャベツ。

This is not a setup for a joke. This is real life.

三カ国語が飛び交う

不思議な夜だった。

サトシが日本語で話す。俺が英語混じりの日本語で返す。リンメイファが日本語で返して、ときどき台湾語で独り言を言う。

サトシ「マークは今、何の仕事してるの」

マーク「Executive. 重役。Big company. 名前は言えない」

リンメイファ「哇——(わ——)すごい。ALTからexecutive?」

マーク「Long story. Very long」

サトシ「名古屋にいた頃は、カップラーメン食べてたのにな」

マーク「Today I have a corner office. Back then I had a 6-jou room. どっちが幸せかは聞くな」

リンメイファが台湾語でツッコんだ。「六疊! 跟我剛來日本的時候一樣欸!」(6畳! 私が日本に来たばっかりの頃と同じ!)。サトシに通訳を求めた。サトシが「6畳は一緒だって」と訳した。俺が "Six-jou brotherhood!" と言った。3人で笑った。

リンメイファは面白い人だった。サトシが言った通り。直球だ。遠回しに言わない。日本に10年住んでいるのに——いや、ソノダの旅行記を読んだ。リンメイファには2つの顔がある。日本版と台湾版。今夜はどっちだろう。

たぶん、その中間だ。サトシという日本人がいるから完全に台湾版にはならない。俺という外国人がいるから完全に日本版にもならない。三人の夜は、誰のルールでもない場所を作っていた。

三カ国語が飛び交う名古屋の居酒屋。
誰もホームではない。
誰もアウェーではない。
——こういう場所を、何と呼ぶ?

「帰る場所」の話

ビールが回ってきた頃、話が変わった。

リンメイファが聞いた。「マークさん、名古屋に帰ってきて、どう?」

「帰ってきて」。彼女はそう言った。「来て」ではなく「帰ってきて」。

マーク「I don't know if this counts as 帰る. America is home. But Nagoya is……故郷? Is that the right word?」

サトシ「故郷は生まれた場所だろ。お前はオハイオ生まれだ」

マーク「Then what's Nagoya to me?」

沈黙。3秒。手羽先をかじる音。

リンメイファ「私はね、台湾が故郷。でも名古屋が家。10年住んだら家になる」

マーク「家と故郷は違う?」

リンメイファ「違う。故郷は選べない。家は選べる。私は名古屋を選んだ」

サトシ「俺は名古屋が家で名古屋が故郷。つまらない答えだけど」

マーク「That's not boring. That's lucky.」

サトシが少し黙った。

マーク「家と故郷が同じ場所にある人は、lucky だ。Split していない。俺は split している。America に家がある。Nagoya に何かがある。故郷ではない。家でもない。でも何かがある」

リンメイファ「何か」

マーク「Yeah. 何か. I don't have a word for it. In English or Japanese.」

リンメイファが台湾語で何か呟いた。聞き取れなかった。

リンメイファ「台湾語にもないかも。でもわかる。私もsplitしてるから」

故郷でもない。家でもない。
でも手羽先の匂いを嗅いだ瞬間に、
20年が3秒で消える場所。

That something. その何か。
名前がないから、ポエムにもできない。

ソノダはいない

リンメイファがスマホを見た。ソノダからLINEが来たらしい。

リンメイファ「ソノダさんが『楽しんでますか?』って」

サトシ「ソノダさんは来ないの?」

リンメイファ「呼んでないよ。今日はマークさんの夜でしょ」

そう。ソノダは呼ばれていない。This is not ソノダ's story.

ソノダは#4のことを知っている。俺が「名古屋に行く」と書いたことを知っている。でも今夜、ここにはいない。分析者は今夜、分析の外にいる。

俺がマンションポエムの記事に書いた言葉。ソノダが編集した文章。全部、今夜は関係ない。今夜はポエマイゼーションの話をしていない。手羽先を食べて、ビールを飲んで、3人で笑っている。それだけ。

リンメイファ「マークさん、ソノダさんの記事読んだ? 台湾旅行記

マーク「読んだ。リンメイファが台湾で別人になる話」

リンメイファ「(笑)あれ、本当なの。テーブル叩いて笑い転げるのが本当の私」

マーク「今夜のリンメイファは? Which version?」

リンメイファ「さっき自分でも考えてた。たぶん——どっちでもない。新しいバージョン」

サトシ「名古屋弁バージョンは?」

リンメイファ「10年住んでも名古屋弁は無理。太難了啦(難しすぎる)」

サトシが名古屋弁で何か言った。俺には半分もわからなかった。リンメイファも半分わからなかったらしい。2人で顔を見合わせて笑った。サトシが「標準語で言い直す」と言った。

3人のうち、名古屋弁がわかるのはサトシだけ。英語がわかるのは俺だけ。台湾語がわかるのはリンメイファだけ。全員がひとつずつ、他の2人に通じない言葉を持っている。

でも——手羽先がうまいことは、3カ国語で共通だった。

帰る場所は複数ある

店を出た。夜の名古屋。空気が冷たい。

リンメイファが先に帰った。「明日仕事だから」。手を振って、地下鉄の階段を降りていった。台湾版でも日本版でもない笑顔で。

サトシと二人になった。

サトシ「ホテルまで送る」

マーク「歩く。少し歩きたい」

サトシ「じゃあ一緒に歩く」

並んで歩いた。名古屋の夜道を。20年前もこうやって歩いた。6畳のアパートに帰る道を。サトシは左側、俺は右側。日本は左側通行だからサトシが車道側にいた。20年前も同じだった。変わっていない。

マーク「サトシ」

サトシ「ん」

マーク「Thanks.」

サトシ「何が」

マーク「Everything. 20年前の手羽先。今日の手羽先。全部」

サトシ「……お前、感傷的になってるぞ。ビール何杯飲んだ」

マーク「Enough to be honest.」

サトシが笑った。目が細くなって、肩が揺れる。あの笑い方。20年前と同じ笑い方。

帰る場所は複数ある。
America is home.
名古屋は——名前のないsomething.

でもサトシが隣で笑っていれば、
ここが何であれ、it's good enough.

ホテルの前でサトシと別れた。「また来い」とサトシが言った。「来る」と俺が言った。握手もハグもしなかった。ただ手を上げて、背中を向けて、歩いていった。

サトシの背中を見ていた。名古屋の街灯の下に、20年前より少し太った背中が遠ざかっていく。

ホテルの部屋に戻った。ベッドに座った。窓の外に名古屋の夜景。東京みたいに派手じゃない。でもいい。

妻にテキストを打った。

"Had dinner with Satoshi. And a Taiwanese woman named Mei-Fa. Three languages at one table. It was good."

妻から返信。

"Sounds fun. Did you eat the chicken wings?"

"I did."

"How were they?"

"Same as 20 years ago."

"That's nice."

——That's nice. 妻のこの2語に、全部入っている。お前が幸せならいい。詳しくは聞かない。聞かないことが優しさになる。日本で覚えた感覚を、アメリカ人の妻が持っている。あるいは、長い結婚はどこの国でも同じなのかもしれない。

手羽先の匂いが指に残っていた。おしぼりで拭いたはずなのに。残っていた。

いい匂いだ。

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このページの記事はAI(Claude)を用いて作成・編集されています。マーク、サトシ、リンメイファは架空の人物です。