ノートを書く人のそばで
——ワタナベの妻の、台所から

ワタナベの妻(匿名希望)

うちの主人が、最近、ノートに何か書いています。

退職してから、しばらく間があったのですけれど、ここ一年くらい、朝食のあと、台所のテーブルに座って、ペンと青いノートを広げる日が増えました。邪魔をしないようにしています。邪魔しないほうが、いい時期というのがあります。

最初は、目覚ましを捨てた話だった

退職してすぐの頃、主人は「目覚まし時計の電池を抜いた」と言いました。体で覚えている、と。だけど六時に起きて、朝の散歩をして、コーヒーを淹れて、それから何もない時間が、しばらくありました。

何もない時間、というのは、主人にとっては慣れなかったようです。私には慣れた時間です。子育てが一段落した五十代から、朝の何もない時間は、私のものでした。急ぐことがないから、味噌汁のかつお節をじっくり取る、みたいな日が続く。そこに主人が入ってきたのが、四年前の三月でした。

最初の一ヶ月は、主人は自分の時間の使い方を探していました。私はなるべく話しかけないようにしました。話しかけると、主人が「何かしなきゃ」と思ってしまう。私は、主人がぼんやりしているほうが、健康に見えたので、ぼんやりを邪魔しなかった。

ノートの始まり

ノートが始まったのは、去年の春の終わり頃です。主人が、コメダで高校生に会ったと言って、帰ってきた夜でした。

「タケウチ君という、バスケ部の男の子だ」と、主人は珍しく嬉しそうに話しました。「補欠だそうだ」。そのあと、「補欠は長く続くこともある」とも言っていました。

翌朝、主人が台所のテーブルで、古いノートを引っ張り出してきました。会社の総務が退職記念にくれた、革の表紙のノートです。開いてみたら、中はまっさらでした。主人は「何か書こうと思うんだ」と私に言いました。「何を書くの」と聞いたら、「まだ分からない」と答えました。

それから、ときどきノートを開くようになりました。毎日ではありません。週に二度か三度、朝食のあと、一時間くらい。開かない日もあります。開かない日に無理に開かせようとは、しません。

夢の話が増えた

夏頃から、主人が「夢に人が出てきた」と話すようになりました。最初は、田島さんという、主人の若い頃の部長さんでした。私も何度か会ったことのある方で、もう十年以上前に亡くなっています。私は「まあ、田島さん、懐かしいわね」と答えました。それ以上は聞きませんでした。

次は森川さんという、田島さんのもっと前の上司でした。この方は私はお会いしたことがありません。「明治生まれの、立派な方」と主人は言いました。「夢で話してくれた」と。

私は、夢の話の中身は、主人がノートに書いているなら、そこで完結しているのだろうと思いました。口で私に話すのは、夢の外枠だけです。枠の中の話は、枠だけ聞いていればいい、というのが、長年の夫婦の間合いでした。

三人目は、田口さんという、森川さんのさらに上の方だそうです。明治八年生まれで、お父様が武士だった、とだけ聞きました。私は「そう」と返事をして、お茶のお代わりを注ぎました。

書いているときの主人

書いている主人は、少し、子供っぽく見えます。

背中が少し丸くなって、ペンを持つ右手の位置が、左手より少し高い。頭がノートに近づいている。時々、書き終わった行を、指で一度なぞる。なぞって、また書く。

会社に勤めていた四十年間、主人が家で書き物をしている姿を、私はほとんど見ませんでした。営業の人ですから、書くより話す人でした。家では新聞を読むか、テレビを見るか、寝るか。書斎はあったけれど、書斎で書いているところを見たことは、片手で数えられるくらいです。

退職して四年目に、初めて、主人が家で書く姿を、毎週のように見るようになりました。見てみると、書くのが苦手な人ではないのだな、と分かります。ただ、四十年間、書く機会が会社の外に持ち込まれなかっただけで、もともとの手は、書きやすい手だった。

お茶を出す

主人が書いているあいだ、私はときどきお茶を出します。マグカップに緑茶、というのが、ここ数年の主人の好みです。定年の三年くらい前から、マグが好きだと言うようになりました。

お茶を出すと、主人は「ありがとう」と言って、ノートから目を上げます。目を上げる瞬間、主人の目の焦点が、まだ遠くにある。目の前の私を見ているようで、半分、夢の中の田島さんか森川さんか田口さんを見ている。半分ずつ、という顔をしています。

私は、その顔を、長く見ないことにしています。長く見ると、主人が現実に戻ってしまう。書いているあいだは、半分夢の中のままでいい。

マグカップを置いて、台所に戻ります。戻りながら、ガス台の火を確認して、洗い物の続きをする。書く人のそばで、音を立てない家事、というのを、最近、自分で工夫するようになりました。

私の側の台所

台所は私のものです。これは長い話で、四十年かけて、私のものになりました。

主人は台所に入ってこない人でした。会社員の頃は、平日は朝食だけ家で食べて、夕食は接待か残業で家にいないことが多かった。日曜日も、家で食べるより外食の家族でした。だから台所は、私と子供たちの場所でした。子供たちが巣立ってからは、私一人の場所になりました。

退職して、主人が家にいる時間が増えたとき、最初の数ヶ月、主人は台所に入ってこようとしました。「手伝うよ」と言って、洗い物を始めたり、野菜を切ろうとしたり。私は感謝しましたが、三ヶ月で、なんとなく、主人は自分から台所から出ていきました。誰も「入らないで」と言っていません。主人が自分で、空気を読んだ。

読んだ結果、主人はテーブルのほうに座るようになり、そのテーブルが、ノートを書く場所に変わった。私は台所の流しの側、主人はテーブル。同じ部屋で、別の区画にいる。この配置が、四年目の今、ちょうど落ち着いています。

夢に出ないこと

主人の夢に、私は出ません。

これは少し、妙な感じがします。四十年、一緒に暮らしている妻が、夢のメモに出てこない。出てくるのは、主人の若い頃の部長さんや、さらにその前の上司や、明治生まれの方々です。

出ないことを、寂しいとは、思いません。出ないからこそ、主人は夢を書けている、とも思う。身内を夢に出すと、夢が書きづらくなるのだろう。私は家の中で、夢の外側を、黙って動いている役目です。外側がきちんと機能しているから、夢の内側が書ける。夢の内側を書いている主人のそばで、台所の音を小さく保つ、というのが、私のこの四年間の仕事です。

出ないで、支える。たぶん、母の代から続いている、女性の家の中の役目の、ひとつの形ですね。これを誰かに語らせる日が来るかどうかは、分かりません。語らせる日が来ないまま、私の代で終わるのも、悪くはありません。

台湾の話の日

この前、主人が「タケウチ君に、また、コメダで会った」と帰ってきました。夕方、帰りに急いで買ってきたミックスナッツの袋を、食卓に置きながら、少しだけ話しました。

「台湾の修学旅行の話を、一時間くらい、聞いた」と。

「そう」と私は答えました。

「楽しそうだった」

「そうでしょうね」

それで話は終わりました。主人はその夜、またノートを開きました。開いて、いつもより短い時間で閉じました。翌朝、主人の顔は、少しだけ、静かでした。

主人が 1995 年に台湾に行ったときの話は、私も当時一度だけ聞きました。「日本語を話すお年寄りがいた」という、それだけの話だったと記憶しています。詳しくは、あのとき、主人は話しませんでした。いま、ノートには、きっと詳しく書いているのだと思います。詳しく書いているほうのノートを、私は読んでいません。読まないほうが、主人が書きやすい。

夫婦というのは

夫婦というのは、同じ部屋で別のことを考えている、という配置の連続です。結婚して三年目くらいで、そういうものだと私は気づきました。気づいてから四十年、同じ部屋で別のことを考えてきました。

主人がノートを書いている朝は、主人の別のことと、私の別のことが、少し近い場所で並んでいます。同じものを考えているわけではありません。ただ、距離が、近い。この近さが、この四年間の新しい発見です。

退職して、主人が家にいる時間が増えて、当初は、私は少し構えていました。四十年間、別の区画にいた人が、急に同じ区画に来る。その圧を、どうさばくか、分からなかった。

さばけたのは、ノートのおかげです。主人が書き物という、別の区画を、自分で家の中に見つけ直した。それで私の台所は守られ、主人は台所とテーブルの間に、薄い境界を作って、その境界の向こう側で、夢の人たちと話している。

これからのこと

主人が、いつまでノートを書き続けるのかは、分かりません。もう四代まで遡った、と先日言っていました。四代目の田口さんで、遡りは一旦止まるかもしれない、とも。

止まったら、主人は何を書くのでしょうか。

違うものを書き始めるかもしれませんし、ノートを閉じて、また別の趣味に移るかもしれません。私はどちらでもよいと思っています。どちらでも、私の台所は台所で、お茶は出せる場所にお茶を出し続けます。

もし、いつか主人が、私のことを夢で見たら、それは書かなくていい、と伝えておくつもりです。書かなくていいけれど、書いてもよい。書くなら、飾らないで、いつも通りに書いてほしい。「今日も妻は台所にいた」くらいで、十分です。

今朝のノート

今朝、主人はノートを閉じたあと、少し窓の外を見ていました。窓の外、小さな庭があって、南天の実が赤くなっています。

「何を見てるの」と私は聞きました。

「何も」と主人は答えました。

「そう」と私は返して、急須に湯を入れ直しました。

私は、主人が何も見ていない時間を、大切にしています。何も見ていないあいだに、主人の中で、田島さんや森川さんや田口さんが、静かに動き回っているのかもしれない。動き回った結果が、次にノートを開いたときに、字になる。

字にならない日があっても、構いません。字にならなくても、何も見ていない時間は、それ自体が主人の今日の仕事です。その仕事の隣で、私はお茶を淹れている。隣にいるということが、私の今日の仕事でもある。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。