マーク(48歳、元ALT、米国在住)
アメリカで暮らし始めて数年。新しい職探しの日々が始まった。朝、コーヒーを淹れるたび、新しい場所での自分の居場所を考えていた。かつての職場はもう遠い。リビングでは、小学校低学年の息子と幼稚園の娘がレゴのブロックを積み上げながら甲高い声を上げていた。家は賑やかだが、自分だけが過去の残像に取り囲まれているようだった。
パソコンの画面には、古いSNSのアルバムが開かれている。日本の友人たちの顔。皆、それぞれの持ち場で忙しくしている。親しい五、六人にメッセージを送ってみた。「何か良い情報はないか」と、回りくどく尋ねた者もいれば、単刀直入に尋ねた者もいる。彼らからの返事はどれも丁寧で、心配の声が寄せられた。「何かあればすぐ声をかける」という言葉も。しかし具体的な話は、誰からも届かない。彼らが生きる世界は、私がかつて知っていた世界そのものだった。
子どもたちの学校への送り迎え、週末の食料品の買い出し。日常は止まらない。夕食の準備を手伝いながら、妻と献立について話す。キッチンカウンターの奥で、テレビが地元のニュース番組を流していた。政治家のスキャンダル、地域の高校バスケットボールの試合結果。焦燥感と、底知れない徒労感が交互に胸をよぎる。
土曜日の午前中は、いつもサッカークラブの練習だった。長男が、やや大きめのサッカーボールをぎこちない足つきで追いかける。芝は短く刈られ、早朝の湿気を含んでいた。簡易のベンチに座り、他の親たちと並んで練習を見守る。年に一度か二度、この場所で顔を合わせる程度の関係だ。軽く会釈を交わし、当たり障りのない天気の話題を少し。それ以上の会話に進むことは稀だった。
その日も、隣に座った父親と話していた。顔は知っているが、名前はすぐに出てこない。息子が同じチームで、以前、彼が建築関係の仕事をしていると聞いたことがあった。私たちは、ゴール前でボールを奪い合う子どもたちを目で追っていた。
「そういえば、うちの会社じゃなくて、妻の友人の前の職場の話なんだけどさ」その父親が、ボールがフィールドの端に転がったタイミングで、ふいに切り出した。「人が一人辞めるらしいんだ。建築設計の部署なんだけど、マークさんの分野とは違うだろうけど、もし興味があればと思ってね」。その言葉は、何気なく、本当にただの世間話のように聞こえた。私は反射的に、手帳とペンを取り出し、その会社名をメモした。自宅に戻ってすぐに検索をかけ、その日のうちに、応募書類を提出した。この一歩を踏み出す以外に選択肢はなかった。
数週間後、私は新しい会社のオフィスにいた。窓からは、今まで見慣れた景色とは違う、新しい街並みが広がっている。パソコンのディスプレイには、真新しいプログラムのコードが並んでいた。あの時、なぜ彼が私にその情報を伝えたのか、今も確かな理由を知らない。ただ、薄い繋がりが、私の次の居場所になった。それは偶然だった。