ササキハルカ(旅行プランナー)
リスボン、最終日の朝。ベレン地区の港の見えるカフェで、私は一人、エッグタルトと小さなコーヒーを前にしていた。お客様ご家族は、ホテルのチェックアウトのあと、空港に直行する手筈で、私は同行プランナーとして、最後の朝の自由時間を、自分で組み直していた。前夜、アルファマ地区のファドハウスに、お客様をご案内し、二十二時から二十四時まで、四人の歌い手の、低い声を聞いていた。
ファドの歌詞のなかに、「サウダージ」という語は、何度も出てきた。歌の合間にステージの司会が、英語で短い解説を添えてくれた。「This song speaks of saudade. There is no English word for it.」。観客の何人かは、首を縦に振った。隣のテーブルのアメリカ人観光客の女性は、目が少し潤んでいた。
歌い手の女性が、低い声で、繰り返し、サウダージ、サウダージ、と発音していた。私は歌詞の意味を、半分も追えていなかったのだが、その語が出てくるたびに、客席の空気の濃度が、少しずつ濃くなっていくのを感じた。語の意味が分からないまま、語の重さだけが、空間に降りてきていた。
港のカフェで、コーヒーを飲みながら、私はスマートフォンで saudade を引いた。「不在の人や場所、状況に対する、深い情緒的な愛着、郷愁、切なさ。失われたもの、戻らないかもしれないものへの、苦さを伴う愛おしみ」。日本のサイトのいくつかは、「ポルトガル人の魂のことば」「他言語に訳せない、もっとも有名な単語のひとつ」と紹介していた。
もうひとつ、ポルトガルの英語サイトを開くと、もう少し平らかな書き方がしてあった。「Saudade: a feeling of longing, melancholy, or nostalgia. Common in everyday Portuguese, especially in messages between family members」。日常的に、家族間のメッセージで、よく使われる。私は、その「common in everyday」のところで、少し止まった。
シリーズの第四回で、私は気づいたばかりだった。外側で持ち上げられたことばの重さと、当事者の日常での軽さのあいだに、段差があること。ファドの夜の「サウダージ」は、たぶん、外側で持ち上げられた重さのほうだった。司会が「There is no English word for it」と添える瞬間、その語は、観光客の私たちのなかで、神秘の語として格納される。
でも、ポルトガルの英語サイトが書く「家族間のメッセージで、よく使われる」のほうは、もっと低い。携帯の SMS で、息子に「Tenho saudades tuas(あなたが恋しい)」と母親が送る。お父さんが、出張中に「Saudade do meu cãozinho(うちの犬が恋しい)」と書く。これらは、日本語の「会いたい」「寂しい」とそんなに変わらない位置で、使われている。
ファドの夜の「サウダージ」と、家族のSMSの「サウダージ」は、同じ語であって、同じ語ではない。
カフェの紙ナプキンに、私は日本語のいくつかを書いた。郷愁、懐かしさ、切なさ、寂しさ、心残り、未練。それから、もう少し動詞のほうにも振った。「会いたい」「思い出してしまう」「胸がしめつけられる」。
ファドの夜の重い saudade に近そうなのは、心残り、未練、あたりだった。日本のサイトが訳としてよく出していた「郷愁」は、場所への思いが強くて、人への思いがやや薄い。家族間の SMS の軽い saudade に近そうなのは、「会いたい」「寂しい」だった。
ここで気づいたのは、saudade を一語で訳そうとすると失敗するが、saudade の「使われている場所」を二つ、三つに分けて、それぞれに別の日本語を当てると、意外とうまく届く、ということだった。重い saudade には「未練」、軽い saudade には「会いたい」、中間の saudade には「懐かしい」。日本語のほうは、語が分かれている。ポルトガル語のほうは、一語で全部を兼ねている。一語で兼ねるのと、複数の語に分かれているのとは、どちらが豊かか、という問いには、答えはない。
帰国後、私は会社にいるブラジル出身の同僚(彼はサンパウロで生まれて、十八歳で来日した男性、いま三十代後半)に、saudade のことを少し聞いた。彼は笑って、「日本人、その単語、好きですよね」と言った。私は驚いて、「特別な単語じゃないんですか」と聞き返した。彼は、「特別ではないですよ。子どもが学校から帰ったときに、親が『saudade だった』と言うぐらい、ふつうです」と答えた。
そのうえで、彼は付け加えた。「ただ、日本語の『会いたい』とも、ちょっと違う。『saudade』は、会いたい気持ちと、もう会えないかもしれないという気持ちの、両方を含むんです。子どもが学校から帰ってくる場面では、軽く使うんですけど、語の根っこには、『戻ってこないかもしれない』という影があります。だから、ポルトガル人やブラジル人が saudade と言うときに、別れの予感が、必ずどこかに混じっています」。
別れの予感、と私はメモに書いた。日本語の「会いたい」には、別れの予感はない。「未練」には別れがあるが、もう終わったあとの感情だ。saudade は、「いま離れていて、もしかしたらもう会えない」という、進行形の不安のなかにある。これが、日本語のひきだしのなかには、一語ではうまく入らない。
シリーズの最後にあたって、書いておきたいのは、私自身が saudade を経験したかどうか、というよりも、ポルトガルから帰ってきたあとに、私の仕事のメモがどう変わったか、のほうだ。
リスボン手配のお客様には、これからも、ファドの夜を必ずおすすめする。司会が「There is no English word for it」と言う瞬間に、客席の空気が濃くなる、その経験は、観光として価値がある。それとは別に、ポルトガル人ガイドさんに、「saudade、家族のあいだでもよく使いますか」と一言、お客様に聞いてもらうように、案内文に小さく書き添えるかもしれない。聞いて返ってくる答えは、ガイドによって、人によって違う。違うことが分かることが、語の重さを当事者の温度で受け取る、第一歩になる。
これは、第四回で気づいた「外側のロマン化」を少しだけ薄めるための、小さな仕掛けだ。完全には薄められない。プランナーは商売だから、お客様に「現地で出会った特別なことば」を持ち帰ってもらう必要がある。持ち帰ってもらいながら、その語が現地で持つ別の温度のことも、ほんの一段、添える。それぐらいが、たぶん、私にできる範囲だ。
リスボン最終日のベレン地区のカフェで、私は港に向かって座っていた。テージョ川の河口で、海の手前の幅広い水面が、朝日でゆっくり光り方を変えていた。コーヒーは小さくて、すぐに飲み終わった。エッグタルトは、ポルトガルにいるあいだに食べた中で、いちばん卵の濃度が高かった。
あと二時間で、私はお客様と空港で合流して、機内に乗る。リスボンを離れる。離れたあとに、たぶん、ファドハウスのあの低い声と、サウダージという語が、私のなかで、しばらく残る。残ることを、日本語で「余韻」と呼ぶか、ポルトガル語で「saudade」と呼ぶかは、たぶん、私の都合次第だ。どちらの語も、私の朝の港のシーンを、完全には掬えない。掬えないまま、その朝の光は、すこしずつ、私の記憶のなかで、別のものに変わっていく。
シリーズ五回を通じて、私が学んだのは、訳せないことばがあるかどうか、よりも、訳すときに何が落ちて、落ちたものをどう書きとめるか、のほうだった。落ちたものは、別の語で拾い直せるとき、拾い直せばいい。拾い直せないものは、拾えないと書けばいい。それを書きとめる仕事は、たぶん、現地に行って人と会って言葉を聞き続けるあいだは、終わらない。
——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。シリーズ最終回。