「メルカリで買ったゲーム機」の背後には、民法の古典的な制度がある。盗品を知らずに買った人は所有権を取得できるのか、もしくは元の所有者に返さなければならないのか。それを規定する制度を善意の第三者の保護と即時取得の問題と呼ぶ。
民法192条(日本)。動産(持ち運べる物)を平穏・公然に取引で取得した者は、取引の相手方が無権利者であっても、取引時に善意・無過失であれば所有権を取得する——これが即時取得(善意取得)である。「善意」とは法律用語で、無権利者であることを「知らない」ことを指す(道徳的な善意とは異なる)。
ただし、盗品・遺失物については例外がある(民法193条・194条)。盗まれてから2年以内なら、元の所有者は買い受け人から物を取り戻せる。本作の事件は、まさにこの例外条項に該当する。
タケウチはメルカリでSwitchを28,000円で買った。出品者は評価が良く、商品も良好。民法192条の「善意・無過失」要件は満たされていた可能性が高い。もし普通の中古品なら、タケウチは所有権を取得していた。
しかし、Switchは強盗事件の被害品だった。民法193条が発動して、被害者は2年以内なら無償で返還を請求できる。タケウチは現物を失い、お金も戻ってこない(出品者から取り戻すしかないが、転売連鎖の中で実質不可能)。法律は、盗品の被害者を、善意の買受人より強く保護している。
「知らなかったのに、なんで自分が損するの」というタケウチの問いは、民法の根本的な価値判断に触れている。
もし善意の買受人を完全に保護すれば、盗品の流通が容易になり、犯罪が助長される。もし元の所有者を完全に保護すれば、中古品市場の取引が萎縮する(誰も中古品を買えなくなる)。民法はこの両極のあいだで、一定期間(2年)は元の所有者を保護し、それ以降は買受人を保護する、という妥協点を選んだ。
父の「法律ってそういうものがあるんだよ」という答えは、価値判断のトレードオフをそのまま受け入れることを言っている。タケウチは初めて、法律が完全に公平ではなく、複数の利益のバランスの妥協であることを知った。
シリーズ「裏の糸」は、専門家には当たり前の概念を、暮らしの言葉で語り直す試み。本作はそれらに続く一本である。シリーズ全作(28本)のリストは カテゴリM から。