キリシマミサキ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)
前回のエッセイで、私はビジネスメールがポエムだらけであることを分析した。「平素よりお世話になっております」は補填。「ご確認のお願い」は変装。「何卒よろしくお願い申し上げます」は蒸発の極致。ソノダマリのポエマイゼーションの6つの操作が、毎日のメールに全部入っている。
書き終えたあと、ふと思った。
じゃあ、全部消したらどうなるのか。
ポエムが潤滑油だと言うなら、潤滑油なしでエンジンを回してみればいい。事実だけのメール。用件だけのメール。ポエムフリーの世界。理論的には、それが最も効率的なコミュニケーションのはずだ。
1週間、やってみた——という思考実験をする。もし本当にやったら、何が起きるか。
たぶん、大惨事になる。
月曜日。実験初日。ルールは単純だ。事実でないものは書かない。
最初のメールは学内の事務局宛て。いつもなら——
平素よりお世話になっております。
キリシマでございます。
お忙しいところ恐れ入りますが、先日お送りいたしました出張申請書の件につきまして、
ご確認いただけましたでしょうか。
お手数をおかけいたしますが、ご査収のほどよろしくお願い申し上げます。
これを、ポエムフリーにする。「平素よりお世話になっております」——年に3回メールする相手だ。平素からお世話になっていない。消去。「お忙しいところ恐れ入りますが」——相手が忙しいか知らない。消去。「ご査収のほど」——PDFを1枚確認してもらうだけだ。「査収」は大げさすぎる。消去。
残ったもの。
キリシマです。
3月20日に送った出張申請書、確認しましたか。
2行。完璧だ。事実しかない。効率的だ。送信。
……返信が来ない。
午前中に送ったのに、夕方になっても来ない。いつもなら「確認いたしました。問題ございません」と1時間以内に返ってくる相手だ。
2通目。教員宛ての会議日程確認。
用件です。
4月2日の学科会議、出席できますか。
返信ください。
これも事実しかない。完璧だ。送信。
……こちらも返信なし。
夕方、事務局から1日遅れで返信が来た。「キリシマ様 いつもありがとうございます。出張申請書、確認いたしました。問題ございません。何卒よろしくお願いいたします」——向こうのメールはポエム満載だった。私のポエムフリーに対して、相手はいつもより丁寧なポエムで返してきた。まるで、こちらの不足を補うように。
Day 1の教訓:ポエムを消すと、返信速度が落ちる。
火曜日。実験2日目。昨日の遅延は偶然かもしれない。続行する。
外部の業者に見積もりの催促メールを書く。いつもなら「お忙しいところ大変恐れ入りますが、先日ご依頼いたしました見積書の件、ご対応状況をお伺いできればと存じます」と書く。変装の技術だ。「催促」を「お伺い」に着替えさせている。
ポエムフリー版。
キリシマです。
3月18日に依頼した見積書がまだ届いていません。
3月28日までに送ってください。
事実。期限。指示。完璧だ。送信。
30分後、電話が鳴った。
業者の担当者だ。声が緊張している。「キリシマさん、あの、先ほどのメール拝見したんですけど……何か、怒ってます?」
怒っていない。事実を書いただけだ。見積書が届いていないのは事実。3月28日までにほしいのも事実。しかし相手は「怒っている」と解釈した。
なぜか。前回のエッセイで書いた通りだ。ポエムの不在そのものがメッセージになる。「お忙しいところ恐れ入りますが」がないメールは、「恐れ入っていない」と読まれる。「恐れ入っていない」は「怒っている」に翻訳される。
電話口で「いえ、怒ってないです、すみません」と10回くらい言った。ポエムを省略した結果、口頭でポエムを補填する羽目になった。効率化のつもりが、電話1本分のコストが増えた。
Day 2の教訓:ポエムを消すと、電話がかかってくる。
水曜日。実験3日目。少しめげているが、科学に犠牲はつきものだ。
先生に書類を送る。いつもなら——
先生
お疲れさまです。キリシマです。
先日ご依頼いただきました科研費の報告書を作成いたしましたので、
ご確認いただけますと幸いです。
修正点等ございましたら、お知らせいただければと存じます。
お手数をおかけいたしますが、ご査収のほどよろしくお願いいたします。
ポエムフリー版。
先生
科研費報告書です。添付参照。
4行が2行になった。情報量は同じだ。添付ファイルがある。確認してほしい。それだけ。完璧——
1時間後、先生から内線がかかってきた。「キリシマさん、ちょっといい?」
呼ばれた。
「あのメール、なんかあった?」
何もない。報告書を送っただけだ。
「いや、『添付参照』って……」先生は少し困った顔をしている。「普段のキリシマさんと違うから、何か問題があったのかと思って」
先生は、メールの内容ではなくメールの温度を読んでいた。「添付参照」という2文字が、「この人は今、不機嫌だ」というシグナルとして受信された。
ソノダの用語で言えば、私はポエムの「消去」をやった。しかし消去したのはポエムではなく、関係性のシグナルだった。「ご確認いただけますと幸いです」は、情報としては空っぽだ。しかし「私はあなたとの関係を大切にしていますよ」というシグナルとしては満タンだ。それを消した。だから「何かあった?」になる。
Day 3の教訓:ポエムを消すと、先生に呼ばれる。
木曜日と金曜日。ここまで学内だけで試していた。そろそろ社外にも展開してみよう。
取引先の出版社に、書類の送付を依頼するメール。
キリシマです。
契約書の原本を郵送してください。
送付先:〒466-XXXX 名古屋市昭和区……
期限:4月3日必着。
完璧な指示書。曖昧さゼロ。蒸発なし。変装なし。補填なし。事実100%。
翌日、返信が来た。
キリシマ様
いつも大変お世話になっております。
平素より格別のご高配を賜り、厚く御礼申し上げます。
さて、先日いただきましたメールの件でございますが、
何か弊社の対応でお気に障ることがございましたでしょうか。
もし至らぬ点がございましたら、ご遠慮なくお申し付けくださいませ。
なお、ご依頼の契約書原本につきましては、
本日中に発送の手配をさせていただきます。
到着まで今しばらくお待ちいただけますと幸いでございます。
今後とも何卒よろしくお願い申し上げます。
読み終わって、しばらく画面を見つめた。
このメール、ポエム含有率が異常に高い。「平素より格別のご高配を賜り」——通常のビジネスメールでもここまで重い敬語は使わない。「何か弊社の対応でお気に障ることがございましたでしょうか」——丁重の極み。「ご遠慮なくお申し付けくださいませ」——「ませ」まで付いている。
私のポエムフリーメールに対して、相手はポエムの大量投入で応じてきた。まるで、こちらが失った緩衝材を、向こうが二重三重に補填しているかのように。
ソノダの6つの操作で分析してみる。
| フレーズ | 操作 | 実態 |
|---|---|---|
| 平素より格別のご高配を賜り | 補填+増幅 | 格別の高配はない。年に数回の取引 |
| お気に障ることがございましたでしょうか | 変装 | 「あなたのメール、怖かったです」の変装 |
| ご遠慮なくお申し付けくださいませ | 消去+増幅 | 当惑を消去し、丁寧さを最大増幅 |
| 今しばらくお待ちいただけますと幸いでございます | 蒸発 | 「今しばらく」がいつまでか蒸発している |
| 今後とも何卒よろしくお願い申し上げます | 蒸発の極致 | 何を「よろしく」するのか不明 |
6つの操作のうち5つが1通のメールに凝縮されている。翻訳だけがない——当然だ、日本語同士だから。
私がポエムを消した結果、相手がポエムを増産した。ポエムの総量は変わらない。いや、増えた。私が3行で済ませたメールに対して、相手は12行で返してきた。差し引き9行のポエムが世界に追加された。
これが「ポエムの保存則」だ。片方がポエムを減らすと、もう片方がポエムを増やして均衡を保とうとする。ポエムフリーは、自分だけでは完結しない。
Day 4-5の教訓:ポエムを消すと、相手がポエムを倍返ししてくる。
週末を挟んで、月曜日。実験6日目。
正直に言う。限界だった。
この1週間で起きたこと。返信の遅延3件。「怒ってます?」の電話2件。先生に呼ばれること1回。取引先からの丁重すぎる問い合わせ1件。同僚からの「最近キリシマさん、なんか冷たくない?」という噂(後から聞いた)。
事実だけを書くメールは、事実だけを伝えない。「ポエムを書かなかった」という事実も伝えてしまう。そしてその事実は、「怒っている」「冷たい」「何かあった」と翻訳される。
6日目の朝、最初のメールを書いた。
平素よりお世話になっております。
キリシマでございます。
書いた瞬間の、あの安堵感。
「平素よりお世話になっております」。平素からお世話になっていない相手に。知っている。ポエムだ。しかしこの一文を書くだけで、メールが「普通」に戻る。私が「普通の人」に戻る。「怒っていない人」「冷たくない人」「何もなかった人」に戻る。
ポエムは嘘ではなかった。鎧でもなかった。空気だった。
水の中にいるとき、水を意識しない。しかし水がなくなったら、息ができない。ポエムとはそういうものだった。あって当然。なくなったら窒息する。
7日目。通常営業。すべてのメールにポエムを戻した。「お忙しいところ恐れ入りますが」も書いた。「ご査収のほどよろしくお願いいたします」も書いた。「何卒よろしくお願い申し上げます」も書いた。
業者から返信が来た。「キリシマさん、いつもご丁寧にありがとうございます!」——先週の「お気に障ることがございましたでしょうか」が嘘のように、軽やかなメールだった。ポエムが戻った途端、関係も戻った。
Day 6-7の教訓:ポエムを戻すと、世界が元に戻る。
1週間の実験結果をまとめる。
| 日 | やったこと | 起きたこと |
|---|---|---|
| Day 1 | 「用件です。」から始めた | 返信が来ない |
| Day 2 | 「○日までに返信ください」と書いた | 「怒ってます?」と電話 |
| Day 3 | 「添付参照」と書いた | 先生に呼ばれた |
| Day 4-5 | 社外にも展開した | 取引先がポエムで反撃してきた |
| Day 6-7 | ポエムを全面復帰させた | 世界が元に戻った |
ポエムフリーの世界は、事実だけが飛び交う殺伐とした世界だった。効率的? たしかに文字数は減った。しかし電話が増えた。対面の確認が増えた。関係修復のコストが増えた。文字のコストを減らした分、それ以外のコストが爆増した。
プログラミングの世界に「早すぎる最適化は諸悪の根源」という格言がある。ポエムの最適化も同じだった。ポエムを「無駄」と判定して消去するのは、コードのコメントを「無駄」と判定して全部消すのに似ている。コメントがなくてもプログラムは動く。しかしコメントがないと、次にそのコードを読む人が困る。ポエムがなくてもメールは届く。しかしポエムがないと、次にそのメールを読む人が怒る。
実験を通じて見えたことがある。
ポエムの不在は、中立ではない。
「平素よりお世話になっております」を書かないことは、「挨拶を省略した」ではない。「挨拶をしなかった」と読まれる。「お忙しいところ恐れ入りますが」を書かないことは、「前置きを省略した」ではない。「恐れ入っていない」と読まれる。
言語学で「有標」と「無標」という概念がある。「無標」は普通の状態。「有標」は特別な状態。日本語のビジネスメールでは、ポエムがあるのが「無標」だ。ポエムがないことが「有標」——つまり特別な意味を持つ状態——になる。
だから「ポエムを消す」は「中立になる」ではない。「攻撃的になる」と解釈される。
これは恐ろしい構造だ。全員がポエムを書いている状態では、ポエムを書かないこと自体がメッセージになる。「あなたにはポエムを書く気もない」というメッセージ。それは丁寧さの欠如ではなく、関係性の拒絶として受信される。
ソノダはポエマイゼーションの記事で「ポエムの不在を問え」と書いた。マンションの広告で価格が書いていなければ、それは高いということだ。しかしビジネスメールでは逆だ。ポエムの不在は、怒りを意味する。書いてないものが語るのは、マンション広告もビジネスメールも同じ。しかし語る内容がまるで違う。
この実験を「アンチポエマイゼーション」と名づけよう。ポエマイゼーションの逆操作。事実をポエムに変えるのではなく、ポエムを事実に戻す。補填を剥がす。変装を脱がす。蒸発したものを復元する。増幅を元に戻す。
理論的には正しい。「お忙しいところ恐れ入りますが」が事実でないなら、消すのが正直だ。「何卒よろしくお願い申し上げます」が意味不明なら、書かないのが合理的だ。
しかし社会は理論で動いていない。
アンチポエマイゼーションの3つの誤り
ソノダは正しかった。「ポエムを愛でながら、騙されない」——これが正解だ。「ポエムを消す」は間違いだった。少なくとも、ビジネスメールにおいては。
マンションポエムでは「具体性を要求しろ」が対抗手段だった。しかしビジネスメールに具体性を要求したら、「お世話になっていないなら書くな」「忙しいか知らないなら書くな」になる。それは対抗手段ではなく、ただの社会的自殺だ。
前回、私は「ポエムを書きながら、ポエムであることを忘れない」と結んだ。
今回、一歩進めて「ポエムを消してみた」。その結果わかったのは、ポエムを意識することと、ポエムを消すことは、まったく別の行為だということだ。
医者が「この薬はプラセボ(偽薬)かもしれない」と知ることと、「プラセボだから処方しない」と決めることは違う。プラセボ効果は本物だ。患者が良くなるなら、それは機能している。「平素よりお世話になっております」も同じだ。全員がポエムだと知っている。しかし全員が、そのポエムによって「この人は敵ではない」と安心している。安心は本物だ。
ポエムは嘘ではなく、潤滑油だった。
エンジンから潤滑油を抜いたら、エンジンは焼きつく。メールからポエムを抜いたら、人間関係が焼きつく。実験で証明された。n=1の、きわめて個人的な実験で。
お忙しいところ恐れ入りますが、
最後までお読みいただき、
誠にありがとうございました。
——今回は、心からそう思っています。
ポエムフリーの1週間は、本当に大変でした。