※本エッセイはすべて創作です。登場する自治体名・返礼品・出来事はすべて架空のものであり、実在のいかなる地方公共団体・事業者とも関係ありません。
「北佐久郡蒼月町の、澄み切った空気の中で育った和牛を、
町民一同の感謝のお気持ちと共に、あなたのもとへお届けします。」
自治体ポータルサイトのふるさと納税ページから、ほぼ原文のまま採取したコピーである(ただし地名は架空)。
この短い文には、いくつかの不思議な出来事が起きている。第一に、ここは「北佐久郡蒼月町」である必要があるのだろうか。第二に、和牛は「澄み切った空気の中で」育ったらしい。第三に、この和牛は商品ではなく、「感謝のお気持ち」と一緒に届くらしい。
マンションポエムで「上質がそびえる」を解剖し、謝罪会見で「遺憾に思います」を分析してきた。同じ解剖を、ふるさと納税のコピーでやってみる。
自治体ポータルを数百ページ眺めてみて、コピーには4つの共通原理があることがわかった。
最初に目につくのは、「ふるさと」の語の不思議な使われ方だ。
「蒼月町は、あなたの第二のふるさとです。」
蒼月町に行ったことはない。親戚も住んでいない。しかし寄付をした瞬間、その町は「あなたの第二のふるさと」になる。
本来「ふるさと」とは、生まれ育った場所、あるいは親族の墓がある場所のことである。しかしふるさと納税ポエムの語法では、寄付額が擬似的な血縁を生成する。1万円で「第二のふるさと」、5万円で「第二の故郷」、10万円で「いつでも帰ってきてください」——段階的に関係が深まる。
注意深く読むと、書き手は「あなたのふるさと」とは言っていない。「第二のふるさと」と言っている。第一のふるさとがあることを前提に、余剰分の帰属先として自治体が名乗りを上げる構造だ。本来ひとつしかないはずの「ふるさと」が、ポータル上で急に複数形になる。
ふるさと納税で送られてくるものは、法律上は「返礼品」である。しかしコピー上では、これは決して「商品」とは呼ばれない。
「町民一同の感謝のお気持ちを込めた、ささやかなお礼の品です。」
ここには不思議な二重構造がある。寄付者は制度上、税の控除を受けるために金を払っている。自治体は制度上、その見返りに返礼品を送る義務がある(正確には、ほぼ義務化されている)。ビジネスとしては単なる取引だ。
しかしコピー上では、この取引が「感謝の気持ち」で包装される。寄付は「ご支援」になり、返礼品は「お礼」になる。取引の両辺が同時に贈与に変装する。これはマンションポエムが「購入」を「贈り物」に変える技術と相似形だ(「人生に、南麻布という贈り物」)。購入者が自分で金を払って買っているのに、何かをもらった気分になれる。
さらに巧妙なのは、「町民一同の」という主語だ。返礼品の和牛を選定したのは町の担当課と契約事業者であって、町民全員ではない。町民の大多数は、あなたに何が送られるかすら知らない。それなのにコピー上では、町民全員があなたに感謝していることになっている。感謝の主体が、事務的処理から町民全員に水増しされている。
寄付金の使途は、ふるさと納税ポエムで最も詩的になる箇所だ。
「あなたのご支援は、
蒼月町の棚田を守り、次世代へと繋いでまいります。」
何がどう繋がるのか。具体的には、棚田の補修費、若手農家への補助金、見学会の運営費、あたりだろう。しかしコピー上では、金額と用途の具体が完全に蒸発している。
この蒸発を埋めるのが「次世代」「未来」「繋ぐ」といった時間語だ。実際に次世代の誰が受益するのか、何年後にどんな状態になっていれば成功なのか、そこは書かれない。「未来」は検証期日が無限に先送りされる便利な言葉である。
マンションポエムの「刻」や「歴史」が空間に時間的奥行きを付与するのと同じ構造で、ふるさと納税ポエムの「未来」「次世代」は、寄付金の用途に時間的奥行きを付与する。どちらも、対象の輪郭を時間で曖昧にする技法だ。
最後の原理は地名そのものの処理だ。
「美しい蒼月町の棚田と、
澄み切った空気の中で育まれた、この和牛を。」
「美しい」「澄み切った」「育まれた」——これらはすべて形容の結果であって、検証可能な記述ではない。どの自治体のページにも、ほぼ同じ三点セットが出現する。蒼月町が「美しい」のは、隣の月ノ浦町が「美しい」のと、同じ意味において美しい。どの地名にも貼れる標準装備の形容詞である。
マンションポエムの「杜」「邸」「刻」が日常の漢字をわずかに格上げするのと同じく、ふるさと納税ポエムの「美しい」「澄み切った」「豊かな自然」は、日本のどの地方にも遍在する景観を、わずかに格上げして詩的に見せる装置だ。
興味深いのは、ふるさと納税ポエムを書いている自治体が、同じ自治体であるという事実だ。
同じ蒼月町が、住民向けには別の文体で書いている。
【蒼月町広報・10月号より(架空)】
・11月1日からごみ収集日が変更になります。可燃ごみは月・木曜日。
・11月15日(土)、町民センターで健康診断。対象:40歳以上。
・水道管工事のため、11月8日9時〜15時、○○地区で断水します。
同じ週、同じ自治体が、ふるさと納税ポータルにはこう書いている。
【ふるさと納税ポータル・蒼月町ページ(架空)】
「澄み切った空気と、豊かな自然に抱かれた蒼月町。
町民一同、あなたのご支援に心から感謝申し上げます。
あなたのご寄付は、蒼月町の未来を守る大切な力となります。」
文体の差は歴然だ。住民向けは事務的・指示的・列挙的。寄付者向けは感情的・修飾的・詩的。同じ町が、相手によって別の声帯を使い分けている。
住民は税を払って、町にごみ収集を期待する。寄付者は税の経路を変更して、町に和牛を期待する。同じ「税を払う人」でも、前者には事務が返され、後者には「感謝の気持ち」が返される。感謝は、寄付者にだけ生成される。町民は感謝されない。町民は断水される。
この二重文体は、ふるさと納税ポータル側の問題というより、制度そのものがポエムを要求している、と見たほうがいい。寄付を呼び込むには、事務的な記述では弱い。「あなたは和牛を買っています」では勝てない。「あなたは蒼月町の未来を支えています」と言わないと、隣町の和牛に負ける。自治体同士の寄付獲得競争が、ポエムを量産させている。
ここまで書いておいて、告白しなければならないことがある。
数年前、私もふるさと納税をやった。初めてだった。ポータルのランキングを眺めて、A5和牛の切り落としを選んだ。寄付額は1万5千円、返礼品の想定原価は4千〜5千円くらい、と聞いていた。ビジネスとしては、自分にとっても自治体にとっても悪くない取引だ。
2週間ほどして、宅配便が届いた。冷凍便の箱を開けると、発泡スチロールの中に、真空パックの和牛と、手書き風のカードが入っていた。
「このたびは、△△町へのあたたかいご支援を、
誠にありがとうございました。
町民一同、心より感謝申し上げます。
どうぞ、△△町の恵みをお楽しみください。」
そのカードを読んでいる30秒ほど、「絆」に近い何かを、確かに感じた。
会ったことのない△△町の町民が、私に感謝してくれている。書かれた文字の向こうに、顔のない「町民一同」の温かみがあるような気がした。和牛を解凍しながら、普段よりも少しだけ丁寧に塩をふった。これが、自分が少しだけ支えた町から届いた肉なのだ、と思いながら。
その30秒は、本物だった。本物の感触だった。
けれど、あのカードを書いたのは町民一同ではない。担当課の職員か、委託された業者のスタッフが、テンプレート文に町名を差し込んで印刷したものだ。私が感じた「絆」は、ポータルの管理画面で「返礼品:A5和牛500g」と「同梱カード:テンプレート3番」が機械的に結合された結果、私の脳内に発生した感情だった。絆の発生源は町ではなく、私の側の読解プロセスだった。
それを知ってもなお、あの30秒が偽物だったとは、今でも思わない。読んだ瞬間の温かみは確かに存在した。ただ、その温かみの宛先が、私が思っていた場所と違っていただけだ。町民一同に宛てたつもりのその気持ちは、実際にはテンプレート3番に宛てられていた。
ふるさと納税ポエムの恐ろしさは、ここにある。コピーが嘘だと指摘するのは簡単だ。しかし、そのコピーを読んだときに読み手の中に生じる感情までは、嘘ではない。ポエムは嘘かもしれないが、ポエムが起こす情動は本物である。
マンションポエム、DXポエム、謝罪会見、そしてふるさと納税ポエム。同じポエマイゼーションの技法が、異なる場面で異なるものを釣る。
| ジャンル | 釣り対象 | 主な操作 |
|---|---|---|
| マンションポエム | 住む人(購入意欲) | 補填・変装 |
| DXポエム | 決裁者(稟議予算) | 翻訳・増幅 |
| 謝罪会見ポエム | 世論(沈静化) | 消去・蒸発 |
| ふるさと納税ポエム | 税の経路 | 擬血縁化・贈与変装 |
マンションポエムが「住む人」を釣るのなら、ふるさと納税ポエムが釣っているのは税の経路だ。すでに国や地方に納められることが決まっている金の、流れる先を、他の自治体から奪う。寄付者個人は新たに金を出しているわけではない(多くの場合、自己負担は2千円だけだ)。変わるのは、税が蒼月町に行くか、月ノ浦町に行くかだけである。
この制度のもとでは、自治体は、住民向けサービスの質ではなく、ポエムの質で競争する。よいポエムを書いた町が、よりよい返礼品を提示できた町と並んで、税の経路を獲得する。行政の一部が、コピーライティング業務になる。
それが良いか悪いかは、ここでは論じない。観察される事実として、自治体のウェブ担当者が、コピーの行末の一文字まで気を配って書くようになった、ということだけがある。広報の前線で、言葉が商品として扱われている。
ふるさと納税ポエムは、一見すると素朴な郷土愛の語りに見える。澄み切った空気、美しい棚田、町民一同の感謝。しかしその下には、4つの操作が静かに働いている。
擬血縁化で寄付者を町の外縁にぶら下げ、感謝の二重売りで取引を贈与に変装させ、未来託しで金額と用途の具体を蒸発させ、地名の詩化でどこにでもある景観に固有性を付与する。
マンションポエムの住人は、物件を買って住む。ふるさと納税ポエムの寄付者は、税の経路を変えて、和牛を受け取る。前者は所有の言葉を、後者は贈与の言葉を使う。しかし両方とも、金額とサービスの交換であるという事実を、別の語彙で上書きしている点では同じだ。
次に返礼品の箱を開けたとき、同梱カードを読んでみてほしい。「町民一同」の「感謝の気持ち」が、テンプレート何番から生成されているか、想像しながら。それでも30秒は温かくなれる、とも思う。あの30秒を失うのも、惜しい。
書き手・ソノダマリ(マンションポエム国際比較調査員)