移動教室。数学の教室から音楽室まで、廊下、四分。スリッパの底が、リノリウムに、こす、こす、と当たる。
左にミナ、右にリン、後ろにジュリとリオ。久しぶりに、五人で。
「ねえ」とジュリが、後ろから言った。
「もうすぐ、バレンタイン」
「もう?」
「来週」
「来週かー」とミナが、ちょっと驚いたように言った。
「忘れてた」
「忘れてた、ハナも?」とリオ。
「うん、忘れてた」
「みんな、覚えてないんだ」とジュリが笑った。
「ミナ、作る?」
「うん。今年も、母と」
「お母さん、上手?」
「上手、というか、わたしより、慣れてる。型抜きが、きれい」
「型抜き」
「クッキー型の、ハート型。子供のころから、変わってない」
ミナはちょっと笑った。
「ジュリは?」
「今年も、友チョコ。二十個くらい」
「二十!」
「コンビニの詰め合わせ、買って、ラッピングし直すだけ」
「ラッピング」
「リボン、変えるだけで、十分、見えるから」
リンが「効率、いいね」と笑った。
「効率、大事」
「リオは?」
「母と、デンマークのクッキー、作る。父にあげる」
「あー、家族で」とミナ。
「クリスマスのほうが、本気だから。バレンタインは、ちょっと、軽くやる」
「クリスマス、本気なんだ」
「うん。バレンタインは、副菜」
「副菜」とジュリが笑った。
「リンは?」
「うちは、たぶん、あげない」
「えっ」
「中国は、男の人が女の人にあげる日のほうが、ちょっと、メインで」
「あー」
「だから、バレンタインに、自分から渡す感じが、なんとなく、ピンと来ない」
「あー、そうなんだ」とジュリ。
「気が向いたら、自分で食べる用の、チョコ、買う」
「それ、いいね」とミナ。「気楽で」
「気楽」
「ハナは?」
「うちは……まだ、決めてない」
「決めてない?」とミナ。
「うん。母にあげるか、ジュリの友チョコに、乗っかるか、何もしないか」
「友チョコ、乗っていいよ」とジュリ。
「ありがと。考える」
スリッパの音が、まだ続いている。
音楽室の戸が、もうすぐそこ。
「いいね、いろいろ」とミナ。
「いろいろ、だよね」とリオ。
リンも「うん」と頷いた。
戸の前で、ふっと、五つのバレンタインが、薄く、並んだ。ミナの母とハート型。ジュリの詰め合わせ。リオの父にあげるクッキー。リンの自分用のチョコ。わたしの、まだ、決めてない、なにか。
音楽室の戸が開いた。それぞれ、別の席に、散っていった。
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本作は山田花・移動教室の雑談シリーズ #4。バレンタイン一週間前の二月、数学の教室から音楽室までの廊下で四分、五人(花・ミナ・ジュリ・リオ・リン)で交わす雑談。ジュリが #1 ぶりに合流。ミナは母とハート型のクッキー(子供のころから変わらない)、ジュリは友チョコ二十個(コンビニ詰め合わせをリボンで変える効率派)、リオは母とデンマークのクッキーを父に(「クリスマスが本気だから、バレンタインは副菜」)、リンは「中国は男の人が女の人にあげる日のほうがメイン」だからピンと来ず自分用のチョコを買う、花は「まだ決めてない」(母にあげるか・ジュリの友チョコに乗るか・何もしないか)。文化要素は薄く、各人のバレンタインのスタンスの個性が並ぶ。花が「決めてない」立ち位置にいるのは、雑談 #3 v2 で「窓を開けて雨音を聞くだけ」に振った流れ(hua-03『両方しないことにした』との通底)を継承。花のシリアス系(花のノート)と同一人物。