議題、四番目
進学塾アスター、月曜の運営会議——佐藤紗英子の、十一年目

『一人だけ、では』『二人になっても』『「縁がなかった」の、あと』『「お願いします」の、向こう側』に続くシリーズ第五作。視点が、再び、佐藤紗英子に戻る。Part 3 で所長が準備していた運営会議の、当日。

佐藤紗英子。三十五歳。入社十一年目。月曜の朝、九時から、運営会議。

スタッフは二十人。女性は、私と、高橋瑞希さん、二人。

今朝の議題リストが、各自の机に、印刷されて、置いてあった。議題は、五つ。

一、少子化対策。二、ライバル塾の動向。三、講師の労働時間。四、来年度の採用方針。五、教材の更新スケジュール。

四番目に、来年度の採用方針が、書いてあった。

一、二、三

朝の九時、運営会議が始まった。

所長が、議題リストを、読み上げた。

「では、まず、少子化対策から」

議題一は、四十分かかった。生徒数が、緩やかに減っている、という現実の確認と、新規募集のチラシのデザインの議論。

議題二は、二十分。駅前のライバル塾のキャンペーンへの対応。

議題三は、三十分。講師の労働時間が、労働基準法のラインに、近い。残業の管理を、どうするか。

時計を見たら、十時三十分だった。会議の終わりまで、あと、三十分。

四、来年度の採用方針

所長が、議題四を、読み上げた。

「では、四番目、来年度の採用方針」

私は、隣の高橋さんを、ちらっと見た。高橋さんは、議題リストの四番目の文字を、指で、押さえていた。

「来年度、講師を二人、採用したいと考えています」と所長は言った。「専門は、数学と、英語」

所長が言い終わるか、終わらないかのうちに、中堅の田中が、こう言った。

「じゃあ、男性が、いいですね。物理的に、夜の授業が、回せる」

他の講師たちが、何人か、頷いた。

所長は、ちょっと、止まった。止まって、自分のメモを、見た。メモには、たぶん、「来年度、女性スタッフをもう一人、採用する」と書いてある、はずだった。

所長は、メモを、見たまま、何も、言わなかった。

「それで、いいですかね?」と田中が、確認した。

所長は、ようやく、「うん、まあ、その方向で」と、頷いた。

高橋さんの、ペン

高橋さんが、ペンを、止めた。

何か、言いかけた。口を、ちょっと、開けた。けれど、結局、何も、言わなかった。

私も、何も、言わなかった。

言わなかったのは、たぶん、「言ったら、また『女性陣の意見』に括られる」と、二人とも、わかっていたからだった。

括られても、言うべきだった、と、私は、後から、思うかもしれない。高橋さんも、たぶん、思うだろう。

けれど、その瞬間、私たちは、二人とも、止まっていた。

「来月、もう一度」

議題五は、十分で、終わった。教材の更新スケジュール。誰も、特に、意見はなかった。

解散の直前、所長が、ふっと、こう言った。

「あ、四番目の採用方針は、もう少し、考えて、来月の会議で、もう一度、議論しましょうか」

誰も、反応しなかった。田中は、書類を、片付けていた。他の講師も、立ち上がる準備をしていた。

所長は、もう一度、「来月、もう一度」と、ちいさく、繰り返した。

私と、高橋さんは、目で、ちょっと、合図した。

会議の、あと

会議は、十一時すぎに、終わった。

私は、自分のデスクに、戻った。

引き出しを開けて、ナプキンの残りを、確認した。あと、五日分くらい。今日、薬局で、買って帰ろう。

高橋さんが、私のデスクの近くを、通った。

「来月の会議で、議論する、ですか」と、ちいさく、言った。

「うん」

「来月、議題、四番目、ですか?」

「たぶん」

「四番目」

高橋さんは、それだけ言って、自分の席に、戻った。

印刷したまま、の議題リスト

議題リストは、印刷したまま、机の上に、置いてある。

四番目には、来年度の採用方針、と、書いてある。

来月、また、印刷されるだろう。

たぶん、また、四番目に、書かれる。

四番目に書かれることが、それを、四番目のまま、変えない理由になる。

変えない理由を、私たちは、誰も、口に出して、言わない。言わないことが、私たちの、いまの形だった。

← 第四作:「お願いします」の、向こう側(田所美奈子・42歳)
← 第三作:「縁がなかった」の、あと(山田謙一郎・52歳・所長)
← 第二作:二人になっても(高橋瑞希・25歳)
← 第一作:一人だけ、では(佐藤紗英子・35歳)
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本作はシリーズ第五作・第一稿。視点を再び佐藤紗英子に戻し、Part 3 で所長が準備していた運営会議の当日を描く。集合場面でシリーズ4作の視点が物理的に交錯する。議題1(少子化対策)40分、議題2(ライバル塾)20分、議題3(労働時間)30分で時間を消費。議題4「来年度の採用方針」で所長が「講師を二人、採用したい」と切り出すが、即座に中堅の田中が「じゃあ、男性が、いいですね。物理的に、夜の授業が、回せる」と決めてしまう。所長はメモを見たまま何も言わない。高橋瑞希はペンを止めて何か言いかけて結局言わない、佐藤も言わない(「言ったら『女性陣の意見』に括られる」と二人ともわかっていた)。解散直前に所長「来月、もう一度、議論しましょうか」、誰も反応しない。会議のあと佐藤と瑞希「来月、議題、四番目、ですか?」「たぶん」。結語「議題リストは、印刷したまま、机の上に、置いてある。四番目に書かれることが、それを、四番目のまま、変えない理由になる。変えない理由を、私たちは、誰も、口に出して、言わない」。

このページの記事はAI(Claude)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。