最適解
ジュンと防災訓練、東階段の動線——ジュンのトロッコ問題シリーズ #5

ジュン、高校二年、二組。サイドバックの分析から、十日ほど経った火曜の朝。テレビのニュースで、東北で地震があったことを、知った。

朝のニュース

火曜の朝、テレビをつけたまま、朝食を、食べていた。震度五弱の地震が、東北の小さな町で、起きていた。死者は、出ていなかった。けれど、避難所への移動で、車椅子の高齢者が、三十分以上、外で待たされた、というニュースが、流れていた。

「避難経路の優先順位が、決まっていなかったため、混乱が起きた」と、リポーターが、言っていた。

母が、「新潟のほうじゃなくて、よかったね」と、言った。新潟の、母方の祖母は、ひとり暮らしだった。地震のニュースが流れると、母は、いつも、自分の母のことを、思い出す。

「混乱、というのは、設計の問題だ」と、言った。

「設計?」

「経路の優先順位を、事前に決めておけば、混乱は、減らせる」

「ジュン、それは、当事者じゃないと、分からないこと、多いよ」

「当事者じゃなくても、データで、分かる」

母は、何も、言わなかった。

学校で

学校に着いて、教室の前の掲示板に、「防災訓練、来週の月曜、三時間目」と、貼ってあった。年に二回の、定例の訓練だった。

クラスの防災委員は、モリだった。同じ二組の、無口な、まじめな子。掲示板の前で、モリが、防災訓練のプリントを、配っていた。

「モリ、過去の訓練の、所要時間、知ってる?」と、聞いた。

「えっ?」

「全校生徒が、教室から、校庭に、避難するまでの、時間」

「データ、あったかな。職員室で、聞いてみる」

「お願い」

モリは、しばらく、こちらを、見ていた。

「ジュン、なんで、急に」

「気になる、だけ」

分析

放課後、モリが、職員室で、先生から、過去三年の、訓練記録を、もらってきた。コピーで。

家に帰って、ノートを、開いた。父にもらった、白紙のノート。「同期しない、二人」「分析は、愛だ」と、最初の二ページに、書いてあった。新しいページを、開いた。

過去三年の、訓練記録を、整理した。

全校生徒:八百九十二人
平均避難時間:八分四十秒
最も時間がかかる場所:三階の、五組から七組(中央階段に集中)
最もスムーズな場所:一階の、一組から三組

校舎の、図面も、調べた。学校のホームページに、防災用の図面が、PDFで、公開されていた。

校舎には、階段が、三つあった。中央階段、東階段、西階段。中央階段が、最も大きく、教室から近い場所が、多かった。だから、避難経路として、中央階段が、ほとんどの教室に、指定されていた。

けれど、データを、見ていくと、三階の、五組から七組の生徒が、中央階段に殺到することで、二階の生徒の流れと、合流するボトルネックが、できていた。一秒に、八人しか、通れない、計算になっていた。

三階の生徒のうち、半分を、東階段に、振り分けたら、どうなるか。

東階段は、図面で見ると、三階から、東側の昇降口に、直接、降りられる経路があった。これまでの訓練では、なぜか、使われていなかった。

シミュレーションを、してみた。手元の電卓で、各教室から、各階段までの距離、各階段の幅、合流地点での待ち時間。条件を変えて、何度も、計算した。

結論:三階の、五組から七組のうち、五組と六組を、東階段に、振り分けると、平均避難時間が、八分四十秒から、五分五十秒に、短縮される。三十二パーセント減。

ノリの経路

もうひとつ、気になるデータが、あった。

過去三年の、訓練記録に、こう、書かれていた。「車椅子使用者一名、エレベーター使用不可のため、職員二名が、補助して、中央階段を、降下。所要時間、約十二分」

車椅子使用者、というのは、たぶん、ノリのことだった。同じ二組の、ノリ。事故で、車椅子に乗っている。エレベーターは、地震のときに、使えない。だから、職員が、車椅子を、抱えるようにして、階段を、降りていた。十二分間。

中央階段は、ボトルネックだった。ノリと、職員二人が、階段にいる間、他の生徒は、通れない。だから、ノリの避難が遅れることで、後ろの生徒の、避難も、遅れていた。

東階段なら、どうか。

図面を、見直した。東階段は、中央階段より、幅が狭い。けれど、ノリと職員二人だけなら、十分、通れる。そして、東階段の昇降口は、校庭への、最短ルートだった。

ノリを、東階段の専用に、すれば、ノリの避難時間も、短縮できる。中央階段が、空く。全員の避難時間が、さらに、短縮される。

計算:ノリの避難時間、十二分から、七分に、短縮。全員の避難時間、五分五十秒から、五分十秒に、さらに短縮。

ノートに、表と、図面のコピーと、計算結果を、まとめた。

エクセルで

夜、パソコンで、エクセルを、開いた。手書きのノートを、データに、入力し直した。

シートを、三枚、作った。一枚目:現状の避難経路と所要時間。二枚目:提案する経路と所要時間の差分。三枚目:車椅子使用者の経路の最適化。

グラフも、作った。改善前と、改善後の、比較棒グラフ。色は、地味に、青と灰色。

USBメモリに、保存した。

翌朝、学校で、モリに、渡した。

「これ、見て」

モリは、図書室のパソコンで、ファイルを、開いた。

「ジュン、これ……」

「東階段を、使えば、避難時間が、三十二パーセント、短くなる。ノリの経路も、最適化される」

「これ、すごい」

「データだから、すごくない。ただの、計算」

「先生に、見せる」

「うん」

教頭室

その日の、放課後。モリと、教頭室に、呼ばれた。教頭の机の上に、自分のエクセルが、印刷されて、広げられていた。

教頭が、「これ、本当に、君が、作ったの?」と、聞いた。

「はい」

「市の防災担当の人に、確認したら、計算は、合っているそうだ」

「はい」

「来週の防災訓練、この経路で、やってみたい。職員会議で、提案する」

「お願いします」

教頭は、こちらの顔を、しばらく、見ていた。

「君、進路、どうするの」

「まだ、決めてません」

「そうか」

月曜の防災訓練

月曜の、三時間目。サイレンが、鳴った。

放送で、「これは、訓練です。防災訓練です」と、流れた。

三階の、五組と六組の生徒は、東階段から、降下した。中央階段は、三階の七組と、二階の生徒だけが、使った。

ノリは、東階段の専用経路で、職員二人と、降下した。

校庭に、全校生徒が、集まったとき、放送が、「避難完了、所要時間、五分九秒」と、流れた。

過去三年の、平均より、三分三十一秒、短かった。

校長が、マイクで、「今回、生徒からの提案で、経路を、最適化しました。皆さん、ご協力、ありがとうございました」と、言った。

クラスから、軽い拍手が、起きた。

何も、言わなかった。表に立つのは、モリと、教頭で、よかった。

ノリの「ありがとう」

その日の、放課後。教室で、宿題を、片付けていた。

ノリが、車椅子を、押して、机の前に、来た。

「ジュン、ちょっと、いい?」

「うん」

「今日の、避難訓練、いつもより、ずっと、楽だった」

「うん」

「いつもは、職員に抱えられて、十分くらい、階段を、ゆっくり、降りるんだ。みんなが、待っているのが、分かる。ごめんなさい、って、毎回、思う」

「うん」

「今日は、東階段で、僕と、職員さんだけ。みんなを、待たせなかった」

「うん」

「ありがとう」

その「ありがとう」は、いつもの、誰かの「ありがとう」とは、違う温度だった。

違っていた、けれど、ノブの「悪いな」とは、また、別の方向に、違っていた。

「データだから、手柄じゃない」と、答えた。

「データを、見たのは、ジュンでしょ」

「うん」

「データを、見ない、人もいる。ジュンは、見た。それで、僕は、助かった」

ノリは、車椅子を、ゆっくり、押して、教室を、出ていった。

しばらく、机の前で、座っていた。

部屋で

夜、自分の部屋で、ノートを、開いた。「同期しない、二人」「分析は、愛だ」のページの、次に、もうひとつ、書いた。

「数を、見ない、ということは、数の中の、誰かを、見ない、ということ、かもしれない」

書いてみて、しばらく、見ていた。

合理的に、避難時間を計算する、というのは、八百九十二人を、ひとつの数として、見る、ということ、ではなかった。八百九十二人の、ひとりひとりが、何分で避難できるか、ということを、見る、ということだった。

とくに、ノリのような、平均から外れる人を、見る、ということだった。

平均だけ見ていたら、ノリは、見えない。データの全部を、見たら、ノリの十二分が、目立つ。目立てば、改善できる。

合理性は、多数を、見ることで、ひとりも、見落とさない、ことを、目指す道具なのかもしれない。

のかもしれない、で、止まる。

止まるけれど、止まったあとに、何かが、残らなかった。残らなかった、ということは、これは、たぶん、自分にとって、いちばん、馴染む、合理性の、形だった。

自分は、合理性が、好きだった。

好きだった、ということを、はっきり、書いていいのか、自信が、なかった。けれど、書いた。書いてみて、書いたまま、ノートを、閉じた。

→ 次話:ゼロじゃない(ジュンとハル、初試合の日、ジュンのトロッコ問題シリーズ #6)
← 前話:サイドバック(ジュンのトロッコ問題シリーズ #4)
← 関連:岐阜にいる、もうちょっと(同じ三週間、別のクラスの一組のアヤ。アヤは「本人の声」で第四の選択肢を発見した、ジュンは「データ」で全校生徒の避難時間を最適化した)
← 関連:トロッコ問題シリーズの種明かし
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【ジュンのトロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第5話。ジュンの合理性が、初めて、自分のクラスを超えて、学校全体を、救った。「数を、見ない、ということは、数の中の、誰かを、見ない、ということ」——多数を見るからこそ、ひとりも見落とさない、合理性の輝き。次話、シリーズ最終話。二組のジュンが、別のクラスの一組の生徒と、初めて、出会う。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。