小川アヤ、高校二年。前夜、アヤは父に「おばあちゃん、自分でどう思ってるかな」と一言、入れた。今夜、その電話が、かかる。
火曜の夜、夕食を食べ終えて、お父さんが、リビングのソファに座って、携帯を持った。お母さんは、ダイニングで、お茶を淹れていた。私は、その横で、お皿を洗う担当だった。
「電話、かけるよ」と、お父さんが言った。
私は、お皿を、ゆっくり洗っていた。お皿の音を、できるだけ、立てないようにした。電話の声を、聞きたかったから。
呼び出し音が、スピーカーから、漏れて聞こえた。三回。四回。五回。
「もしもし」
おばあちゃんの声だった。少し、ガサガサしていて、ゆっくりしていた。
「ばあちゃん、おれだ」
「ああ、お前さんか、今日はどうしたんや」
お父さんは、しばらく、世間話を、した。おばあちゃんが、最近、どうしているか。畑のこと、近所の人のこと、テレビで何を見ているか。
それから、お父さんは、ゆっくり、本題に入った。
「ばあちゃんよ、こっちでね、ちょっと、相談しててな」
「うん」
「ばあちゃんに、こっちに来てもらうか、近くの施設に入ってもらうか、岐阜の隣町の施設に入ってもらうか、そういう話を、してたんだ」
「うん」
「ばあちゃんは、どう思う」
電話の向こうで、おばあちゃんが、しばらく、黙っていた。
私は、お皿を、もう一枚、ゆっくり、洗っていた。
「あのな」と、おばあちゃんが、言った。
「岐阜に、おる、もうちょっと」
お父さんは、何も、言わなかった。
「家がな、慣れとるからな。畑もあるし。隣のミヨちゃんが、毎日、来てくれるしな。そんなに困っとらん」
「うん」
「もうちょっと、ここで、おる。だめか」
「だめじゃ、ない、けど」と、お父さんは言った。「転んだだろ、半年前」
「転んだな。けど、今は、立っとる」
「ばあちゃんよ」
「うん」
「もし、また、転んだら」
「そうしたら、考える。今は、考えん」
お父さんは、しばらく、黙っていた。お母さんは、お茶を持って、ソファのところに、ゆっくり、移動してきた。
お父さんが、私のほうを、見た。
「アヤ、ばあちゃんと、話すか」
私は、お皿を置いて、手を拭いて、ソファのほうに、行った。
携帯を受け取った。
「もしもし、おばあちゃん」
「ああ、アヤちゃんか」
「久しぶり」
「久しぶりやな。元気にしとるか」
「元気だよ」
「学校は、楽しいか」
「うん、まあ」
「『まあ』か。アヤちゃんは、いつも『まあ』言うな」
私は、少し、笑った。
「おばあちゃん」
「うん」
「岐阜に、もうちょっと、おるって、決めたんだね」
「決めた、というか、まだ、決めん。決めるのは、もうちょっと、後でいい、と思っとる」
「うん」
「お父さんは、心配しとるな」
「うん、心配してる」
「心配は、ありがたい」
「うん」
「アヤちゃん、お父さんに、伝えてくれな。心配は、ありがとう、と。けど、もうちょっと、おばあちゃんは、おばあちゃんで、考える、と」
「分かった」
「アヤちゃんが、聞いてくれたって、お父さんが言うとった」
「あ」
「ありがとうな」
「いや、別に、何もしてない」
「何もしてないんが、なんか、よかったらしい」
私は、そこで、しばらく、何も、言えなかった。
「うん」と、ようやく、言った。
「うん」と、おばあちゃんも、言った。
電話を切ってから、お父さんは、ソファに、深く、座っていた。お母さんが、お父さんの隣に、座った。
しばらく、誰も、何も、言わなかった。
「岐阜に、おるってさ」と、お父さんが、言った。
「うん、聞こえてた」と、お母さんが、言った。
「困ったな」
「困った、けど」と、お母さんが、言った。「ばあちゃんが、そう言うなら、それも、ひとつ」
お父さんは、頷いた。それから、私のほうを、見て、「アヤ、聞いてくれて、ありがとな」と言った。
私は、何も、答えなかった。答えようが、なかった。
夜、自分の部屋で、ベッドに寝そべって、天井を見ていた。
「岐阜にいる、もうちょっと」というおばあちゃんの言葉が、頭の中で、まだ、鳴っていた。
それは、AホームでもBホームでもなかった。家でもなかった。第四の選択肢だった。私たちが並べていた選択肢の、外にあった。
トロッコ問題には、五人と一人しか、いなかった。レバーを引くか、引かないか、しか、選べない設定だった。
けれど、現実には、第三の人がいて、第四の人がいて、それぞれの人に、声があって、声を発する場面が、ある。発する場面を、家族が、与えると、選択肢が、変わる。
選択肢が変わる、ということが、トロッコ問題の枠の、外にあるのかもしれない。
先生の言葉が、頭の中で、また、立ち上がった。
「結果として、誰かに先に届き、誰かに後で届く」
今夜、おばあちゃんに、何が、先に届いたのか。たぶん、聞かれた、ということ。何が、後で届くのか。たぶん、いつかの、決断。
聞かれることが、先に届けば、決断は、後で、来てもいい。先に届いた「聞かれた」が、後の決断の、土台になる。
それは、トロッコ問題の答えとは、違うかたちだった。違うかたち、というのが、現実の倫理なのかもしれない。
なのかもしれない、で、止まる。
止まるけれど、また、少しだけ、考える材料が、増えた。
「何もしてないんが、なんか、よかったらしい」
と、おばあちゃんは、言った。
動かなかった、ということが、選択だった、と気づいたのは、犬と猫の路地のときだった。あれから、二週間も、経っていない。あのときの「動かなかった」と、今夜の「何もしてない」は、たぶん、少し、違う。けれど、近いかもしれない。
近いかもしれない、で、止まる。
明日、火曜の三限が、また、来る。
天井には、まだ、何も書かれていない。
→ 次話:もうちょっと、を、続ける(土曜の朝の電話、トロッコ問題シリーズ #6)
→ パラレルシリーズ:最適解(同じ頃、二組のジュンは防災訓練の経路最適化で全校生徒を救う)
← 前話:おばあちゃんに、聞こう(トロッコ問題シリーズ #4)
← シリーズ #3:指揮者を、選ぶ
← シリーズ #2:お先にどうぞ
← シリーズ #1:先生、納得がいきません
← 関連:持ってきな(介護世代の親子の電話・別の家族)
← 関連:ミユがサカモトだったときのこと(アヤの独白)
← 関連:会話劇五景——シリーズの裏の狙い
← シリーズ目次に戻る
【トロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第5話。アヤの「本人に聞く」介入が実り、おばあちゃんの「岐阜にいる、もうちょっと」という第四の選択肢が現れる。トロッコ問題は選択肢を二つに固定するが、現実には当事者の声で選択肢そのものが変わる、というシリーズ最大の発見。次話以降、より大きなリソース配分(自動運転、災害、医療)が立ち上がる予定。