住宅街の小さなコンビニ。深夜二時から朝五時の店番、レー・バー・タン(ベトナム、二十代後半、特定技能で来日二年目)。客のひとりは、近所のマンションに住む三十代の女性。半年通って、客はタンの名札で名前を知っているが、タンは客の名前を知らない。会話のラベルは「タン」と「客」。複数の夜が、同じカウンターで重なっていく。
小雨の夜。店内の蛍光灯が白い。客がドアを押して入ってくる。傘から水滴が落ちる。買い物を終えてレジへ。
タンいらっしゃいませ
客お願いします
タンお弁当、温めますか
客お願いします
タン何分、くらい
客二分で
タン……二分、ですね
他の品物のバーコード音、ピッ、ピッ。電子レンジの起動音。
タンお箸、つけますか
客お願いします
タン千二十円です
客PayPay で
タンありがとうございます
電子レンジが鳴る。タン、ふり返って取り出し、袋に入れる。
タンお弁当、できました
客ありがとうございます
タンありがとうございました。お気をつけて
客はい
夏の夜。店の外で蝉。エアコンが効いている。客、レジへ。
タンいらっしゃいませ
客タンさん、こんばんは
タンあ、こんばんは。今日も、お弁当
客今日は、おにぎりだけ
タン……おにぎり、高くなりましたね
客高いですね
タン私の国も、最近、高くなった、お米
客ベトナムも
タン同じですよ、たぶん
客同じおにぎりを、ね
タン同じおにぎり?
客すみません、独り言です
タンふふ、独り言
短い間。ピッ、ピッ。
タン百八十円です
客はい
タン温めますか
客おにぎりは、いいです
タンあ、そうですね、すみません。私、いつも聞いちゃう
客癖になりますよね
タン儀式、みたいなもの、です
客儀式
タン変な日本語、すみません
客いえ、いい言葉です
十月の終わり。店の中、外より暖かい。客、ホットコーヒーをひとつ持ってレジへ。
タンいらっしゃいませ
客タンさん、今日、おひとり
タンそうです、もう、ひとり
客前にいた、女性の方
タンマイさん。帰りました、ベトナムに
客そうですか
タンお父さん、具合、悪くて
客お父さん
タン私の同期、最近、どんどん、帰ります
客帰る
タン円安、給料、上がりません。日本、生活、まだ、たいへん
客そうですか
タンでも、私は、もう少し、いる
客そうですか
タン百三十円です
客はい
タンお気をつけて
客タンさんも
早春の夜。桜はまだ咲いていない。客、いつものお弁当を持ってレジへ。
タンいらっしゃいませ。あ、お客さん
客タンさん
タン私、来月、帰ります、ベトナムに
客来月
タンお父さん、具合、悪くて。マイさんと、同じ
客そうですか
タン三年、いました。ありがとう、ございました
客こちらこそ
タン三年、短い? 長い?
客三年は……短くも、長くも、なる時間ですね
タン短くも、長くも
短い間。レジの音は、まだ、しない。
客お互いさま、ですね
タンお互いさま?
客日本も、ベトナムも、それぞれ、たいへん
タンああ、お互いさま、ですね
客お互いさま、ですね
タン、レジを打ち始める。ピッ、ピッ。
タンお弁当、最後に、温めますか
客最後に、お願いします
タン二分、ですね
客二分で
電子レンジが回る。深夜のコンビニ、蛍光灯が、いつも通り、白い。レジの外で、誰かが自転車を停める音。客は、お弁当ができるのを、すこし長く待っている。
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