地図アプリのある時代の
英語教科書のフィクション #2 道案内

モチヅキカナデ(授業資料制作アシスタント)

教材ウェブ版レビューの続き。第二章「道案内」のページに進む。中学英語の教科書では、定番中の定番のシーンだ。

A: Excuse me. Could you tell me the way to the station?
B: Sure. Go straight, and turn right at the second corner. You'll see it on your left.
A: Thank you very much.
B: You're welcome.

最後に道を尋ねた日

このダイアログを読んでから、私は思い出そうとした。私が最後に、知らない人に「駅はどこですか」と尋ねたのは、いつだったか。十年は経っているような気がした。十五年かもしれなかった。スマートフォンを手に持って、地図アプリで現在地と目的地を確認する習慣が、いつの間にか、知らない人に道を尋ねるという行為を、私の生活から、ほぼ消していた。

同じく、私が最後に、知らない人から「駅はどこですか」と尋ねられたのも、思い出せなかった。観光地で外国人観光客に英語で道を聞かれたことは、二度くらいあったかもしれない。だが、その時も、相手はスマートフォンの地図画面を見せながら「ここに行きたいんだけど、行き方が分からない」と言うのが多くて、純粋に口頭で道案内するシーンは、ほとんどなかった。

道案内という社会的な行為は、過去十年から十五年のあいだに、地図アプリの普及で、急速に縮小してきた。縮小したあとでも、教科書の「道案内」のページは、二十年前と同じ密度で、生徒に教えられている。

過剰な丁寧構文

もう一度、ダイアログを見る。"Could you tell me the way to ◯◯?" は、英語のなかでは、十分に丁寧な依頼の構文だ。"Could you" は仮定法の助動詞で、相手の承諾の余地を残す。"Tell me the way to" は、目的の場所までの道の説明を依頼する定型。実際のネイティブの口語では、"Where's the station?" だけで済ませる場面も多い。

教科書が "Could you tell me the way to ◯◯?" を選ぶのは、(a)仮定法の文法練習を兼ねている、(b)知らない人に話しかけるときの礼節を、形式として教えている、(c)テストで「丁寧表現の英訳」を出題したときに、この形が標準解答になりやすい、という三つくらいの設計理由が、たぶん同時に働いている。

"Where's the station?" だけで通じる、というのを教えてしまうと、テストの採点基準が揺れる。標準的な解答に揃えるために、教科書は丁寧構文を選ぶ。選ばれた構文は、現代の口語よりもフォーマル過剰の側に振れる。第一回で書いた "I'm fine, thank you" と、構造として同じパターンだ。

"Go straight" の動作の機械性

応答の側、"Go straight, and turn right at the second corner. You'll see it on your left" も、独特な機械性がある。

命令形が並ぶ。「まっすぐ行って、二つ目の角で右に曲がって、左に見える」。この命令形のシーケンスは、文法として、命令形と序数詞(second corner)と方向の前置詞(on your left)を一つの応答に集約している。文法練習の素材として、極めて効率的だ。

ただし、現実の道案内では、こうきれいに命令形が並ぶことは、少ない。実際の英語ネイティブの応答は、もっと不揃いだ:"Yeah, just keep going down this street, and... uh, you'll see a Starbucks on the corner, and turn right there. The station is, like, two blocks down on the left, I think." という感じで、躊躇い、間投詞、保留語("I think")が混ざる。教科書の応答は、それらを全部取り除いた、クリーンな命令形のシーケンスを提供している。

クリーンであることは、教育設計として正しい。混乱の素を取り除いた状態で、命令形と序数詞と前置詞を、生徒に提示する。生徒は、混乱なしに、文法項目を覚える。覚えた後で、ネイティブの「躊躇い込みの応答」に出会ったときに、自分の頭のなかで、騙された感じを持つ。教科書のクリーンさは、教育設計の合理性であり、同時に、現実との乖離の発生源である

クリーンさは、教えやすさのために必要で、同時に、現実との乖離を生む。

「Thank you very much / You're welcome」の終止符

最後の二行も、見ておきたい。"Thank you very much" / "You're welcome" は、第一回で扱った "Nice to meet you" / "Nice to meet you, too" と同じく、ペアワーク用の鏡像構造になっている。生徒のペアの一方がAを言って、もう一方がBを返す。役割の交代も、容易だ。

実際のネイティブの応答では、"You're welcome" は意外と少ない。"No problem" "Sure" "Anytime" "My pleasure" などの方が、状況によっては自然なこともある。だが、教科書は "You're welcome" を採用する。理由は、第一回と同じで、地域差・世代差で揺れない、テスト採点で標準化できる、ペアワークで対称的に交代できる、という設計上の合理性に集中している。

道案内が消えていく社会で

このダイアログ全体を、現代の社会に照らして、もう一度見直すと、別の不自然さが浮かぶ。それは、ダイアログが想定する「人に道を尋ねる場面」自体が、現代社会から消えつつある、という不自然さだ。

2026年の中学生が、卒業して社会に出る頃には、人に道を尋ねる必要が、ますます減っているはずだ。スマートグラス、AR地図、音声アシスタント、自動運転車のナビ。これらの技術が広がるほど、口頭で道を尋ねる場面は、減る。減ったあとで、彼らが「道案内」の英語を使う機会は、ほぼ、海外旅行中の地図アプリが通信圏外になった瞬間ぐらいに、限定される。

では、教科書から「道案内」のページを削るべきか、と問われると、私はそう即答できない。命令形・序数詞・方向の前置詞を、自然な文脈で集中して練習できる素材として、道案内のシーンは、教育設計のうえで、まだ価値がある。価値があるのは、英会話の実用性ではなく、文法練習の素材としての効率のほうだ。道案内のページは、英会話の練習ではなく、文法練習の素材として、生き残っている

教材ウェブ化で、何が足せるか

教育工学の現場で、私が最近関わっている案件のなかで、英会話教材のウェブ版に「地図連動」を加えてみたものがある。学習者がブラウザで道案内のダイアログを練習するときに、画面の右半分に簡易地図が表示されて、ダイアログの命令形("Go straight, turn right" など)に応じて、地図上のポインタが動く。

これは、教育工学的には、文法項目の理解を視覚的に支える効果があるが、副作用として、現代社会の「道案内が地図アプリに置き換えられている」事実を、教材のなかで暗黙に示すことになる。学習者は、ダイアログを読みながら、画面の右半分の地図を見ることで、「これは現実には、こちらの地図で済む話だな」と、無意識に気づく。気づいたあとに、ダイアログを練習する動機は、文法のためになる。文法練習として割り切ったほうが、学習者の納得感が高くなる、という、設計上の発見が、たぶんあった。

このウェブ版は、まだ採用されていない。出版社の側で、地図連動が必要かどうか、議論中だ。

クリーンさと、現実との隙間

道案内のダイアログは、フォーマル過剰の依頼構文と、機械的な命令形の応答と、鏡像の感謝のやりとりで、できている。これらは全部、教育設計の合理性のなかで選ばれている。生徒に文法を教えやすくし、テストの採点を揃えやすくし、ペアワークで対称的に練習させやすくする。

その合理性の代償として、ダイアログ全体が、現代の口頭の道案内とは、かなりの距離を持つ。距離があること自体は、教科書英語の運命のようなもので、避けられない。避けられないなら、距離を学習者に明示するか、あるいは、距離があることを前提として、教材の周りに別の補助ツール(地図連動、音声例の脇置き、現代の口語例の補足)を組み込んでいくか、どちらかになる。

本回で書きたかったのは、それだけだ。教科書のクリーンさを、批判するのではなく、その合理性と限界を、両方見ること。

——補記:この第一稿は公開後に辛口レビューを受け、第二稿で書き直しました。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。本文中の教科書ダイアログは構文を再現した架空合成例で、特定の教科書版への言及ではありません。