ソノダマリ(大学業界事情:アンドウユイ)
ここまで四原理をマンションポエムの中だけで鍛えてきた。しかし本当に「普遍原理」なら、マンションの外でも通用するはずだ。今回から、四原理を他のジャンルの広告にぶつけていく。
最初のターゲットは大学の入試広告。大学の仕事に詳しい友人のアンドウユイに声をかけた。「大学の広告って、マンションポエムと同じ構造じゃないですか?」「……言われてみれば、そうかもしれない」
日本の大学の入試広告やパンフレットからキャッチコピーを採取した。
「未来を切り拓く。」
「個性が、チカラになる。」
「世界を変える人になる。」
「ここから、はじまる。」
……これ、マンションポエムだ。
「未来を切り拓く」は「人生に、南麻布という贈り物」と同じ構造——抽象的で、具体性がなく、何にでも当てはまる。「個性が、チカラになる」は「上質がそびえる」と同じ——主語が抽象名詞で、何が上質なのか・何が個性なのかは定義されない。「ここから、はじまる」は「あなたの物語が、はじまる」の大学版だ。
アンドウユイに聞いた。「大学の広告って、どういう物件——じゃなくて、どういう大学ほどポエムが饒舌になりますか?」
答えは即座だった。「偏差値で勝負できない大学ほど、キャッチコピーが長く、抽象的になります」
東大は「東京大学」の五文字で十分だ。ポエムは要らない。ブランド力が100%だから。これはニューヨークの "432 Park Avenue"(#8)と同じ構造——住所(大学名)がすべてを語るとき、ポエムは不要になる。
しかし偏差値で差別化しにくい大学は、「個性」「未来」「チカラ」で埋めるしかない。偏差値という具体的な訴求ポイントが薄いから、ポエムで補填する。
マンション:訴求ポイントが薄い物件ほどポエムが饒舌(#14コピーライター証言)
大学:偏差値で勝負できない大学ほどポエムが饒舌(アンドウユイ証言)
補填の原理、大学広告でも完全に作動。
マンションポエムの最大の特徴は「マンションを隠す」——頻出語1位が「街」で、「マンション」が出てこない(#1)。では大学広告は「大学を隠す」だろうか?
答えはノーだ。大学の広告には必ず大学名が入る。「○○大学」は消去されない。
なぜか。アンドウユイの説明はこうだ。「マンションは物理的にどこにでもあるから、個別のマンションを消去しても成立する。でも大学は出願先として特定される必要がある。名前を消したら誰も出願できない」
ただし、消去されるものは別にある。「勉強」が消える。大学の広告で「勉強しましょう」と言っているコピーはほとんどない。「未来を切り拓く」「世界を変える」「個性がチカラに」——すべて、大学の本質的機能である学問と教育を回避している。マンションが「マンション」を隠すように、大学は「勉強」を隠す。
マンションポエムが消去するもの:マンション、住む人、隣人、価格
大学ポエムが消去するもの:勉強、授業、試験、偏差値
消去の原理、作動。ただし消去される対象が違う。売りたいものの核心——マンションにとってのマンション、大学にとっての勉強——がまさに消去される。
日本の大学ポエムが「未来を切り拓く」なら、アメリカの大学は何と言っているか。
"Veritas" — Harvard(真理)
"Lux et Veritas" — Yale(光と真理)
"Think Different" — Apple(大学ではないが、教育的文脈で頻用)
ハーバードの "Veritas" は一語。イェールは三語。日本の大学が「未来を切り拓く個性あふれるグローバル人材の育成」と15語かけて言うことを、ハーバードは一語で済ませる。
これは#8の「432 Park Avenue」(住所だけでブランド)と同じだ。名前のブランド力が高いほど、ポエムは短くなる。ハーバードは「Harvard」の六文字がすべてを語るから、モットーは一語でいい。
翻訳の原理、作動。同じ「大学の価値」が、日本語では長い抽象文になり、英語(特に名門)では一語に凝縮される。
日本の大学広告で最も乱用されている外来語の一つが「グローバル」だ。「グローバル人材の育成」「グローバルな視野」「グローバル教育」。
英語の "global" には「地球規模の」という具体的な意味がある。しかしカタカナの「グローバル」は、#7で分析した「プラウド」と同じ蒸発を起こしている。英語の具体的意味が蒸発し、「なんとなく国際的で良さそう」というイメージだけが残る。
「グローバル人材」とは具体的に何か。英語が話せる人? 海外で働ける人? 異文化を理解できる人? 定義は曖昧だ。その曖昧さこそが「グローバル」の武器であり、蒸発の産物だ。
Proud → プラウド:arroganceが蒸発し「誇り」だけ残る
Global → グローバル:具体的定義が蒸発し「国際的で良さそう」だけ残る
蒸発の原理、完全に作動。
| 原理 | 作動するか | マンションとの違い |
|---|---|---|
| 補填 | ◎ 完全に作動 | 偏差値が薄いほど饒舌(マンションの訴求ポイントと同構造) |
| 翻訳 | ◎ 作動 | Harvard "Veritas" vs 「未来を切り拓く」。名門ほど短い |
| 蒸発 | ◎ 作動 | 「グローバル」=「プラウド」と同じ蒸発構造 |
| 消去 | ○ 変形して作動 | 大学名は消去しない(出願に必要)。代わりに「勉強」を消去 |
四原理中四つが作動。うち三つ(補填・翻訳・蒸発)はマンションとほぼ同じ形で、消去は対象が変わって作動。四原理はマンションの外でも通用する。
四原理の「マンション外検証」第一弾、大学広告。結果は合格だ。
特にアンドウユイの「偏差値で勝負できない大学ほどポエムが饒舌」という証言は、#14のコピーライターの「訴求ポイントが薄いほど饒舌」と見事に対応する。業界が違っても、補填の力学は同じ。
そして「勉強が消去される」という発見は、消去の原理に新しい一般化を加えた。売りたいものの核心こそが消去される——マンションが「マンション」を消し、大学が「勉強」を消す。売りたいものを直視すると、「それだけ?」と思われるリスクがあるからだ。
次は、もっと違うジャンルで検証したい。