ソノダマリ(結婚式業界事情:ミヤケサキ)
前回の大学広告に続き、四原理の外部検証第二弾。今回は結婚式場の広告。大学時代の友人で元ウェディングプランナーのミヤケサキに協力してもらった。
「結婚式場の広告って、マンションポエムと似てると思うんだけど」と言ったら、ミヤケサキは笑った。「似てるどころじゃない。同じ人種が書いてる。広告代理店の制作チームが、マンションの次の案件で結婚式場をやってたりするから」
「ふたりだけの、特別な一日。」
「永遠の誓いを、この場所で。」
「大切な人と、かけがえのない時間を。」
「あなたらしさが輝く、最高の瞬間。」
……句点の多用。抽象的な品質語。体言止め。「あなた」への呼びかけ。マンションポエムの文法がそのまま転用されている。
しかし一つ、決定的な違いがある。
S2#4で発見した「行為者不在」——日本のマンションポエムには能動的な行為者がいない。しかし結婚式場の広告では、行為者が堂々と存在する。
なぜか。ミヤケサキの説明は明快だった。
「結婚式は人間が主役のイベントだから。マンションは物件を売るけど、結婚式は体験を売る。体験には体験する主体が必要。ふたりを消したら、式場の広告として成立しない」
マンションは「モノ」を売る。だから「モノ」を隠す(アポファシス)ことで、モノ以上のもの(ライフスタイル、夢)を語れる。しかし結婚式場が売るのは「コト」——体験だ。体験から体験者を消したら、何も残らない。
マンション(モノを売る)→ 行為者を消去できる。夢の余白が生まれる
結婚式場(コトを売る)→ 行為者を消去できない。体験には主体が必要
大学(コトを売る)→ 行為者は曖昧。「未来を切り拓く」の主語は消えかけている
消去の原理に適用条件が見えてきた。「モノを売る」広告では行為者が消去できるが、「コトを売る」広告では消去しにくい。
ミヤケサキが苦笑いしながら教えてくれた。
「全国に何千もの結婚式場があって、その全部が『特別な一日』を謳っている。全員が特別なら、誰も特別じゃない。でもそう書くしかないの。『普通の一日をお過ごしください』なんて書けないでしょ?」
これはマンションポエムの「上質」インフレ(#10の2000年代)と同じ構造だ。「上質」が当たり前になったから「至高の上質」に、「特別」が当たり前になったから「かけがえのない特別」に。言葉のインフレは、差別化の困難さから生まれる。
では、結婚式場で補填されているのは何か。ミヤケサキの答え:「式場間の差の小ささ。正直に言うと、チャペルの設備、料理のグレード、スタッフの質——ある価格帯以上では、差はほとんどない。だから言葉で差をつけるしかない」
マンションの「訴求ポイントが薄いほど饒舌」(#14)が、ここにもある。補填の原理、作動。
アメリカの結婚式場の広告を覗いてみると、面白い対比が浮かぶ。
日本:「ふたりだけの、特別な一日。」——「特別」を強調。静かで抒情的
アメリカ:"Your Day, Your Way." ——「あなたのやり方で」。主体性と自由を強調
日本の結婚式広告は「特別さ」を補填する。アメリカの広告は「自由さ」を補填する。何が不足しているかが文化で異なるから、補填の方向が変わる。日本のカップルが恐れるのは「ありきたりな式」であり、アメリカのカップルが恐れるのは「型にはめられた式」なのだろう。
翻訳の原理、作動。
日本の結婚式場の多くに「チャペル」がある。キリスト教の礼拝堂だ。しかしそこで挙式するカップルの大半は、キリスト教徒ではない。
「チャペル」という英語が日本に輸入されたとき、宗教的意味が蒸発した。残ったのは「白い空間、ステンドグラス、荘厳な音楽」というビジュアルのイメージだけ。"Chapel" から "Christian" が蒸発し、「おしゃれな挙式空間」だけが残った。
これは「Proud」から "arrogant" が蒸発したのと(#7)、同じ原理の別の顕れだ。
ミヤケサキ:「式場の営業研修で『チャペルの宗教的背景について質問されたら』というQ&Aがあったけど、実際に聞かれたことは一度もなかった。お客さんにとってチャペルは白くて綺麗な場所であって、宗教施設ではないの」
蒸発の原理、見事に作動。
| 原理 | 作動 | 発見 |
|---|---|---|
| 補填 | ◎ | 全式場が「特別」→インフレ。差が小さいほどポエムが饒舌 |
| 翻訳 | ◎ | 日本「特別」vs アメリカ "Your Way"。恐れるものが違う |
| 蒸発 | ◎ | 「チャペル」からキリスト教が蒸発。白い空間だけ残る |
| 消去 | △ 不作動 | 行為者(ふたり)は消去されない。「コトを売る」広告では消去が効かない |
四原理のうち三つが作動、一つ(消去)が不作動。これは大きな発見だ。
| 売るもの | 例 | 行為者の消去 |
|---|---|---|
| モノ(物件) | マンション | ◎ 消去される |
| コト(体験) | 結婚式 | × 消去されない |
| ヒト(能力開発) | 大学 | △ 曖昧化される |
消去の原理は「モノの広告」で最も強く作動し、「コトの広告」では弱まる。これが二つ目のジャンルで見えた消去の境界条件だ。
大学広告(S2#5)では四原理が全作動。結婚式場では三つが作動、一つが不作動。不作動の発見のほうが、全作動よりも価値がある。なぜなら、原理の適用範囲が明確になるからだ。
四原理は万能ではない。しかし「どこで効かないか」がわかれば、「なぜ効くのか」の理解も深まる。消去が効くのはモノの広告。コトの広告では体験の主体を消せない。この区別は、マンションポエムの中だけでは見えなかった。外に出て初めて見えた境界線だ。
ミヤケサキに最後に聞いた。「チャペルからキリスト教が蒸発してるって気づいてた?」。彼女は笑った。「現役のときは全然。辞めて外から見て、初めてわかった」。渦中にいると見えないものが、外から見ると見える。それはポエムの分析だけでなく、ポエムを書く側にも言えることだろう。