ソノダマリ(求人広告事情:タカダユウスケ)
マンション、大学、結婚式場——四原理の外部検証は順調だ。今回は求人広告に踏み込む。広告代理店時代の元同僚で、その後求人広告の世界に移ったタカダユウスケに声をかけた。
彼の第一声が忘れられない。「ソノダ、求人広告はな、マンションポエムより闇が深い」
「成長できる環境があります。」
「風通しのよい社風です。」
「やりがいのある仕事です。」
「あなたの可能性を、ここで。」
見覚えがある構造だ。「成長できる環境」は「上質がそびえる」と同じ——何が上質なのか、どう成長するのか、定義されない抽象語。「風通しのよい社風」は「杜に抱かれて」と同じ——具体的に何がどう風通しがよいのかは不明。
しかし、マンションポエムと決定的に異なる点がある。求人広告のポエムには、読者の人生がかかっている。
タカダユウスケが教えてくれた、求人広告業界の暗黙の法則。
「給料が高い会社は、数字を出す。給料が低い会社は、やりがいを出す。」
年収800万円を提示できる会社は「年収800万円〜」と書けばいい。それだけで応募が来る。ポエムは要らない。しかし年収350万円の会社は、数字を前面に出すと応募が来ない。だから「やりがい」「成長」「仲間」で埋める。
補填の原理の中で最も残酷な適用例だ。マンションのポエムに騙されても引っ越せばいい。大学のポエムに騙されても4年で卒業できる。しかし求人のポエムに騙されると、生活そのものが変わる。
タカダ:「だから俺は、求人広告にポエムが多い会社には気をつけろって、周りにいつも言ってる」
「やりがいのある仕事です」。この一文を蒸発の原理で分解してみよう。
「やりがい」の裏には、少なくとも以下のどれかが蒸発している可能性がある。
「Proud」から arrogance が蒸発したのは無害だった(#7)。しかし「やりがい」から「低賃金」が蒸発するのは有害だ。蒸発の原理が「武器」として機能するか「罠」として機能するかは、ジャンルによって変わる。
マンションでの蒸発:Proud → プラウド(arroganceが蒸発)→ 無害
結婚式場での蒸発:Chapel → チャペル(キリスト教が蒸発)→ 無害
求人での蒸発:低賃金 → やりがい(金銭情報が蒸発)→ 有害
蒸発の原理に倫理的な次元が加わった。蒸発は常に「機能」なのではない。何が蒸発するか、そしてその蒸発が誰を傷つけるかによって、蒸発は武器にも罠にもなる。
マンションは「マンション」を消し、大学は「勉強」を消した(S2#5)。では求人広告は何を消すか。
そして行為者はどうか。求人広告の「あなたの可能性を、ここで」——「あなた」は存在する。結婚式場と同じく、求人も「コト」(働くという体験)を売る広告だから、行為者は消去しにくい。
ただし、消去の仕方に面白い特徴がある。「あなた」は存在するが、「あなたの現在」は消去される。「あなたの可能性」は未来の話であり、今の「あなた」——現在の年収、現在のスキル、現在の不満——は語られない。求人ポエムが見せるのは常に「未来のあなた」であり、「今のあなた」は消去されている。
マンション:「あなた」自体を消去(夢の余白)
結婚式場:「あなた」は消去しない(体験の主体)
求人:「今のあなた」を消去し「未来のあなた」だけ残す
消去の原理の三つ目のバリエーションが見つかった。
アメリカの求人広告(特にテック業界)は、日本とは驚くほど違う。
アメリカ:"We offer $120K+ base salary, stock options, unlimited PTO, and full health coverage."
日本:「やりがいのある仕事です。成長できる環境があります。」
アメリカの求人は数字と条件で勝負する。年収、ストックオプション、有給、保険——具体的な待遇が列挙される。ポエムはほぼない。
これは#21のロンドン・パリと同じ構造だ。語るべき「本物」(高い給料、Grade II指定の建物)があるとき、ポエムは不要になる。日本の求人が「やりがい」でポエム化するのは、語るべき「本物」(高い給料)がないからだ。
翻訳の原理、作動。そして補填の原理の別角度からの確認。
| 原理 | 作動 | 発見 |
|---|---|---|
| 補填 | ◎ | 給料が低いほどポエムが饒舌。最も残酷な適用例 |
| 翻訳 | ◎ | 日本「やりがい」vs アメリカ "$120K+"。本物があればポエム不要 |
| 蒸発 | ◎(有害な蒸発) | 「やりがい」から低賃金が蒸発。蒸発に倫理的次元が追加 |
| 消去 | ○(変形) | 「今のあなた」を消去し「未来のあなた」だけ残す |
四原理すべてが作動。しかし求人広告では蒸発の原理に倫理的次元が加わった。マンションや結婚式場では蒸発は無害だったが、求人では有害になり得る。四原理は普遍的だが、倫理的な重みはジャンルによって変わる。
マンションポエムは楽しい。「上質がそびえる」は笑える。しかし同じ原理が求人広告に適用されるとき、笑えなくなる。
「やりがい」という言葉の裏で何が蒸発しているかを考えるとき、四原理は分析ツールであると同時に、防衛ツールにもなる。ポエムの構造を理解していれば、「この広告は何を補填し、何を消去し、何を蒸発させているか」と問うことができる。その問いは、チラシの前でも、求人サイトの前でも、有効だ。
タカダユウスケの最後の言葉。「マンションポエムは趣味で分析する分には楽しい。でも求人ポエムは、分析できることが身を守るんだよ」