赤ペンを止めた日のこと
——肩を貸される側から

母さんがこのシリーズにエッセイを書いてるの、知ってる。読んだ。

「子の宿題に、どこまで赤ペンを入れるか」。自分のことが書いてあった。小1のとき、ひらがなの「い」が離れすぎてた話。読書感想文を母さんがほぼ書いてた話。で、最後に「赤ペンに伸びかけた手を、私は今でも止める」って書いてあった。

母さん側の話はわかった。じゃあ、赤ペンを止められた側はどう思ってたか。それは書いてなかった。

書く。

横で本を読んでいる人

最近、母さんが宿題のとき横で本を読んでる。

見てない、ふりをしてる。でも見てる。

消しゴムの音がすると、ほんの少しだけ本から目を上げる。ため息をつくと、ページをめくる手が止まる。「ねえ、ここ分からない」って言うと、本を伏せて隣に来る。

母さんのエッセイには「見守っているが、覗き込んではいない」って書いてあった。

覗き込んでないのは本当だと思う。でも、見守ってるのはバレてる。消しゴムの音で反応してる時点で、バレてる。

それが嫌かって言われると、嫌じゃない。たぶん。ただ、ちょっとだけ居心地が悪い。見てないふりをしている人が隣にいるのは、見られているより少し複雑な感じがする。

赤ペンがなくなった日

小学校の3年か4年くらいだったと思う。ある日、母さんが宿題に赤ペンを入れなくなった。

それまでは入れてた。漢字の止め・はね・はらいとか、算数の途中式とか。母さんの字は丸くてきれいで、先生に「お母さん几帳面ですね」って言われたことがある。俺の字が下手だから、余計に目立った。

で、ある日それがなくなった。

最初は気づかなかった。何日かして、「あれ、直されてない」って思った。漢字が間違ってるまま提出して、先生に直された。母さんなら提出前に直してくれてたのに。

正直に言う。ちょっとさみしかった。

赤ペンは、見てくれてる証拠だった。間違いを直す行為は、面倒くさい行為だ。面倒くさいことをわざわざやってくれるのは、見てくれてるからだ。それがなくなったとき、俺は「見捨てられた」とまでは思わなかったけど、「ああ、もうそのフェーズは終わったんだな」とは思った。小学生なりに。

聞かれてない

母さんのエッセイに、介入の4段階が書いてあった。レベル1からレベル4。環境を整えるところから、答えを書いてあげるところまで。

あのレベル分け、母さんは自分の頭の中でやってる。宿題を見ながら「今、私はレベル何?」って自分を採点してる。カフェで友達にも相談してたらしい。

で、ひとつ思ったことがある。

俺に聞いた?

赤ペンを入れるかどうか。横で見守るかどうか。ヒントを出すかどうか。全部、母さんが決めてる。母さんが「今日はレベル2にしよう」って判断して、母さんが実行して、母さんが自分を採点してる。

俺は、その判断に参加してない。

「手伝ってほしい?」って聞かれたことが、あったかな。あったかもしれない。でも覚えてない。覚えてないくらい少ないか、聞き方が形式的だったか、どっちかだ。

田代さんのエッセイ

このシリーズの別のエッセイで、車椅子の人が書いてた。72歳の元国語の先生。

エレベーターの前で見知らぬ人が「先にどうぞ」と道をあける。譲られると、譲られた人になる。1日に何回も譲られて、歩く——進む速さが自分のものじゃなくなる、って。

読んで、ちょっとだけわかる気がした。

俺の宿題のことで母さんが「レベル2にしよう」って決めるのと、車椅子の人の前で「先にどうぞ」って言うのは、似てる。どっちも、やってる側に悪意はない。むしろ善意だ。でも、やられる側は、自分のペースを少し奪われてる。

田代さんは怒ってなかった。俺も怒ってない。ただ、気づいてる。

もし聞かれたら

じゃあ、母さんに「手伝おうか?」って聞かれたら、俺は何て答えるか。

たぶん、「いい」って言う。

17歳の男子高校生が母親に「宿題手伝って」って言うのは、けっこうハードルが高い。言えない。友達にも聞かれたくない。だから「いい」って言う。

でも。

聞かれることと、聞かれないことは、違う。「いい」って断るのと、最初から聞かれないのは、違う。断る権利があるのと、断る機会もないのは、違う。

留学生の人も書いてた。「あなたたちのため」と言われて制度ができたけど、留学生には聞いてなかった、って。あの人が怒ってたわけじゃない。ただ「聞いてほしかった」って書いてた。

俺も、それに近い。「手伝おうか」って聞かれて「いい」って断りたかった。断れる状況が、ほしかった。

でも

ここまで書いて、ちょっと後悔してる。

母さんは、たぶんこのエッセイを読む。読んで、傷つくかもしれない。「ちゃんと考えてたのに」って。

わかってる。母さんがちゃんと考えてたのは、わかってる。赤ペンを止めるのにどれだけ迷ったかも、横で本を読みながら消しゴムの音を聞いてるのがどれだけしんどいかも、たぶんわかってる。エッセイに書いてあった。「10年前と同じだ。たぶん、これからもずっと、止め続ける練習をする」って。

だから、こう書いておく。

母さんが赤ペンを止めてくれたから、俺は自分の字で宿題を出せるようになった。下手な字のまま。先生に直されながら。でも、自分の字だ。それは、たぶん、良かったんだと思う。

ただ、一回でいいから聞いてほしかった。「手伝おうか」って。俺が「いい」って言う場面を、作ってほしかった。それだけだ。

肩を貸すかどうかを決めるのは、貸す側だ。
でも、貸してほしいかどうかを決めるのは、貸される側だ。
その順番が、たまに逆になっている。

タケウチ ソウタ(17歳)