美容院のメニュー表はカタカナ暗号辞典である
——イルミナカラーを求めるお客さまは、何を求めているのか

コバヤシユキ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)

美容師歴12年。毎日メニュー表を見ている。いや、正確に言うと、メニュー表と格闘している

先日、お客さまが言った。「イルミナカラーにしてください」。私は聞いた。「どんな仕上がりをイメージされてますか?」。お客さまは少し困った顔をして、こう答えた。

「えっと……イルミナっぽい感じで

イルミナっぽい感じ。それはどんな感じなのか。透明感のことか。ツヤのことか。ダメージが少ないことか。インスタで見た色味のことか。私にはわからない。お客さまにもたぶんわからない。でも「イルミナ」という言葉だけが、二人の間に確かに存在している。

ソノダマリがDXポエム#4でカタカナ暗号辞典を作ったとき、私は膝を打った。うちのサロンのメニュー表、まったく同じ構造じゃないか

美容院のカタカナ暗号辞典

ソノダのカタカナ暗号辞典にならって、美容院版を作ってみた。

メニュー名 技術的な意味 お客さまの理解
イルミナカラー ウエラ社の特定カラー剤(マイクロライトテクノロジー使用) なんか高級なカラー
髪質改善トリートメント 酸熱トリートメント等。髪の結合を一時的に再構築 髪質が変わりそう
透明感カラー 赤みを抑えて寒色系に振ったカラーリング なんか透明になりそう
ダメージレス縮毛矯正 低アルカリの薬剤を使用。ダメージは「ゼロ」ではなく「少ない」 傷まなさそう
バレイヤージュ フランス語で「掃く」。ホイルを使わず手で塗るハイライト技法 おしゃれそう(何をするかは不明)
インナーカラー 髪の内側のみを染色。見せたいときだけ見える配色設計 内側が派手になりそう
酸性ストレート 酸性域の薬剤で行う縮毛矯正。毛髪膨潤が少ない 縮毛矯正より優しそう

DXポエム#4の「LPでの意味」欄と見比べてほしい。「なんか速そう」「なんか大きくなりそう」「なんか強そう」。美容院は「なんか高級そう」「なんか優しそう」「なんかおしゃれそう」。「なんか○○そう」の構造が完全に一致する

「イルミナ」の増幅——商品名が概念になるとき

ソノダが定義したポエマイゼーションの6つの操作で、美容院のメニューを分析してみる。まずは増幅から。

「イルミナカラー」は、ウエラ社のカラー剤のブランド名だ。正式には「イルミナカラー」という製品を使ってカラーリングすること。ただそれだけ。

しかしインスタグラムで「#イルミナカラー」のハッシュタグが広まり、美容系メディアが「イルミナカラーで透明感を」と書き、お客さまが「イルミナにしたい」と言い始めたとき——「イルミナ」は商品名から概念に昇格した

「イルミナ」=透明感+ツヤ+ダメージが少ない+高級感+インスタ映え

……これは全部、ウエラの公式が謳っていることではない。消費者とメディアが勝手に増幅した

DXポエム#5でマークが言った。「"Scalable"は英語では平凡。『スケーラブル』は日本語では特別に聞こえる」。同じだ。"Illumina"はラテン語系の「照らす」にすぎない。しかし「イルミナ」とカタカナで書くと、光り輝く何かが起きそうに聞こえる。カタカナは美容院でも権威の増幅装置だ。

私の悩みはここにある。お客さまが「イルミナで」と言うとき、求めているのは「ウエラのイルミナカラーという薬剤で染めること」ではない。「イルミナ」という言葉が増幅したイメージ——透明感があってツヤツヤでインスタで見たあの感じ——だ。でもそのイメージは、イルミナでなくても出せることがある。別のカラー剤のほうが合う髪質もある。しかし「イルミナで」と指定されると、説明が難しい。

「髪質改善」の蒸発——何を改善するのか

次は蒸発

「髪質改善トリートメント」。この言葉を100回聞いた美容師として言う。「髪質改善」の定義は存在しない

DXポエム#4で「アジャイル」の本来の意味はスプリント単位の反復型開発手法だと書いてあった。しかしLPでは「なんか速そう」に蒸発する。「髪質改善」も同じだ。

「髪質改善」で行われている施術の実態

全部違う技術。全部「髪質改善」と名乗っている。

「改善」の意味が蒸発している。何を、どのように、どの程度改善するのか。それは「アジャイル」で何を、どのように、どの程度速くするのかが蒸発するのと同じだ。残っているのは「なんか良くなりそう」という印象だけ

しかも「改善」と言いながら、効果は永続しない。2ヶ月もすれば元に戻る。髪の「質」そのものが変わるわけではない。表面を一時的にコーティングしているだけだ。これは変装でもある。「一時的なコーティング」を「髪質改善」に着替えさせている。

「ダメージレス」の変装——ゼロではない

「ダメージレス縮毛矯正」。ここに変装がある。

「レス(-less)」は英語で「ない」を意味する接尾辞。"homeless"は家がない。"careless"は注意がない。だから"damageless"はダメージがない——と読める。

ダメージがゼロの縮毛矯正は、物理的に存在しない

縮毛矯正は髪のシスチン結合を切断し、ストレートの状態で再結合させる化学処理だ。結合を切断している時点でダメージはゼロではない。「ダメージレス」は、正確には「従来の縮毛矯正と比較してダメージが少ない」という意味だ。

「ダメージが少ない」→「ダメージレス」

「駅から遠い」→「閑静な住宅街」

変装の原理は、美容院でも不動産でも同じだ。

匂わせ暗号#1の変装の型。ネガティブをポジティブに着替えさせる。「ダメージがある」→「ダメージレス」。名前を変えるだけで、欠点が消える。いや、消去だ。「ダメージがゼロではない」という事実が意図的に消されている。変装と消去の合わせ技。

価格のポエマイゼーション——6,600円と3,300円の間にあるもの

ここからが、美容院ならではの話だ。ソノダのシリーズで扱っていない領域に踏み込む。価格のポエマイゼーション

美容院のメニュー表には、たとえばこう書いてある。

カット

問いたい。「スタイリスト」と「トップスタイリスト」と「ディレクター」の技術差は、何で測定されているのか。

経験年数? 指名数? コンテスト入賞歴? それとも店長が決めた? お客さまにはわからない。メニュー表に書いてあるのは肩書きと価格だけだ。技術の具体的な差は——消去されている。

「ディレクター」。これもカタカナだ。英語の"director"は映画監督や取締役。美容院では「いちばん上手い人(たぶん)」。増幅が効いている。「店長」と書くより「ディレクター」のほうが2,200円高い理由になりそうに聞こえる。

肩書き 日本語に置き換え 価格差の根拠
スタイリスト 美容師 基準価格
トップスタイリスト 上手い美容師(たぶん) +1,100円の根拠は不明
ディレクター いちばん上手い美容師(たぶん) +2,200円の根拠は不明

SaaS企業のプラン名を思い出す。「スタンダード」「プロ」「エンタープライズ」。価格が上がるにつれてカタカナが豪華になる。美容院の「スタイリスト」「トップスタイリスト」「ディレクター」も同じ構造だ。カタカナの豪華さが、価格差の説明を代行している

トリートメントの補填——メニューが饒舌になるとき

ソノダのポエマイゼーションの第一操作、補填。不在を言葉で埋める。訴求ポイントが弱いほどポエムが饒舌になる。

美容院のメニュー表で最もポエムが饒舌になるのは、トリートメントだ。

あるサロンのトリートメントメニュー(実際のメニュー表を参考に再構成)

3,300円は1行。8,800円は3行。価格が上がるほど、言葉が増える

高校パンフ#2の発見を思い出す。偏差値が低い高校ほどパンフレットのポエムが饒舌だった。トリートメントも似ている。ただし方向が逆だ。高校パンフは弱さを隠すために言葉が増える(補填)。トリートメントは高い価格を正当化するために言葉が増える。でも機能は同じだ。「このお値段に見合う価値がありますよ」を言葉で埋めている。

「生まれ変わったような」——髪は死んだ細胞だ。生まれ変わらない。「至福のケア」——至福かどうかは施術を受けてみないとわからない。「最高級成分」——何の成分が最高級なのか。全部ポエムだ。

マンションポエムS1#9の「上質がそびえる」と同じ。「ラグジュアリー」も「至福」も、具体性のない言葉で不在を埋めている

不動産暗号 vs IT暗号 vs 美容院暗号

ソノダがDXポエム#4で作った「不動産暗号 vs IT暗号」の対応表に、美容院の列を足す。

不動産暗号 IT暗号 美容院暗号 共通の機能
閑静な住宅街 エンタープライズグレード ダメージレス 良く聞こえるが定義が曖昧
日当たり良好 スケーラブル 透明感カラー 他に言うことがないとき出てくる
リフォーム済み アジャイル導入済み 髪質改善済み 具体的に何をしたかは不明
充実の設備 オールインワン トータルビューティー 突出する特徴がないことの変装
面倒見がいい 手厚いサポート体制 カウンセリング重視 不安を解消する万能語

3つの業界で、暗号の構造が一致する。ソノダが言う「ポエマイゼーションは領域を超える」とは、こういうことだ。

美容師の日常——カタカナと翻訳の現場

美容師は毎日、翻訳をしている。ソノダの6操作のうちの「翻訳」だ。ただし逆方向の翻訳。

お客さまはポエムで注文する。私はそれを技術に翻訳する。

美容師の翻訳業務(日常の一コマ)

お客さま 美容師の脳内翻訳
「イルミナカラーで」 → 透明感がほしいのか、ダメージが気になるのか、インスタで見た色にしたいのか。要ヒアリング
「バレイヤージュにしたい」 → グラデーションのことかハイライトのことか。インスタの画像を見せてもらおう
「髪質改善したい」 → 広がりが気になるのか、パサつきが気になるのか、くせ毛をなんとかしたいのか。全部違う施術になる
「ダメージレスでお願い」 → ダメージゼロは無理。「なるべく傷まない方法で」と翻訳して対応

お客さまの言葉がポエムなのは、お客さまのせいではない。メニュー表がポエムなのだ。メニュー表がカタカナと横文字で埋まっているから、お客さまはカタカナで注文するしかない。そしてカタカナで注文された美容師は、「それは具体的にどういう意味ですか」と聞かなければならない。

ソノダのポエマイゼーションの対抗手段を思い出す。「具体性を要求すること」。美容師は、お客さまのポエムに対して毎日それをやっている。カウンセリングとは、ポエマイゼーションの逆変換だ。

なぜ美容院のメニューはポエムになるのか

ここまで書いて、一つ気づいた。美容院のポエマイゼーションには、SaaSとも不動産とも違う理由がある。

技術の差が、目に見えないからだ

マンションなら内見できる。SaaSならトライアルできる。高校なら説明会に行ける。しかし美容院の技術差は——カットの上手さ、カラーの繊細さ、薬剤選定のセンス——施術が終わるまでわからない。いや、終わってもわからないことがある。「なんかいい感じ」か「なんか違う」しか言えない。

技術が目に見えないから、言葉で埋めるしかない。これが補填だ。

そして技術が目に見えないから、カタカナのブランド名が選択基準になる。「この美容師さんが上手いから」ではなく「イルミナだから」で選ぶ。これが増幅だ。

見えないものほどポエムが必要になる。
見えないものほどカタカナが効く。
美容院は、その両方が最大化する場所だ。

まとめ——ポエムで注文して、技術で返す

正直に言う。美容師として、メニュー表のポエマイゼーションを完全に否定はできない。

「酸熱処理による一時的な毛髪結合の再構築」と書いたら、お客さまは来ない。「髪質改善トリートメント」と書くから来てくれる。「低アルカリ薬剤による縮毛矯正」と書くより「ダメージレス縮毛矯正」のほうが安心してもらえる。

ソノダがポエマイゼーションで書いた通りだ。「コピーライターは3秒で印象を伝えるためにポエムを書く。それは合理的な技術だ」。美容院のメニュー表も同じだ。3秒で「良さそう」と思ってもらうために、ポエムは必要悪でもある。

しかし美容師には、もう一つの仕事がある。カウンセリングだ。

お客さまがポエムで注文する。「イルミナで」「髪質改善したい」「ダメージレスで」。美容師はそのポエムを聞いて、「具体的にどうなりたいですか」と問い、お客さまの本当の希望を技術に翻訳する。

ポエムで注文を受けて、技術で返す。
それが、美容師の仕事だ。

メニュー表はカタカナ暗号辞典でいい。ただし美容師が、暗号の翻訳者であり続ける限り。

ポエマイゼーション操作の出現マップ
操作 美容院での例
補填 価格が高いほどメニュー説明が饒舌になる
翻訳 お客さまのポエムを技術仕様に逆変換するカウンセリング
蒸発 「髪質改善」——何を改善するかの定義が蒸発
消去 肩書き別価格差の技術的根拠が消去されている
変装 「ダメージレス」=ダメージが少ない(ゼロではない)
増幅 「イルミナ」が商品名から高級カラーの代名詞に昇格

6つの操作がすべて確認できた。ポエマイゼーションは、不動産にも、SaaSにも、高校パンフにも、そして美容院にもある。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。美容施術の技術的説明は一般的な知識に基づいており、個別のサロンや製品の品質を評価するものではありません。