カタカナ暗号辞典
——DXポエムの解剖学 #4:「アジャイル」は何の変装か

ソノダマリ(IT業界事情:ナカムラタクミ)

匂わせ暗号#1で、不動産広告の暗号辞典を作った。「閑静な住宅街」→「駅から遠い」。「日当たり良好」→「他にアピールポイントがない」。暗号を平文に戻すだけで、広告の景色が一変した。

ナカムラに言った。「あの辞典、IT業界版も作りたい」

作れるどころか、IT業界のほうが暗号だらけだよ。しかも全部カタカナだから、余計にタチが悪い」

A. 能力系——「すごそうに聞こえる」カタカナ
暗号 本来の意味 LPでの意味
アジャイル スプリント単位で反復する開発手法(スクラム等) なんか速そう
スケーラブル 負荷増大に応じてリソースを拡張できる なんか大きくなりそう
レジリエント 障害発生時に自動回復できる なんか強そう
ロバスト 想定外の入力や外乱に対して安定動作する 壊れなさそう

ナカムラ:「『アジャイル』はいちばんひどい。もとは具体的な開発プロセス——スプリント計画、デイリースタンドアップ、レトロスペクティブ——なのに、LPに書かれると『うちは速いです』程度の意味になる。アジャイル開発をやっていなくても『アジャイルな組織』と名乗れる」

不動産の「閑静な住宅街」と同じだ。「閑静」の定義は曖昧。「アジャイル」の定義もLPでは曖昧。暗号は、定義を曖昧にすることで成立する

B. 方法論系——「賢そうに聞こえる」カタカナ
暗号 本来の意味 LPでの意味
データドリブン 意思決定をデータ分析に基づいて行う なんか賢そう
エビデンスベースド 根拠に基づく実践(医学用語が起源) 根拠ありそう
PDCAサイクル デミングの品質管理手法(Plan-Do-Check-Act) ちゃんとやってそう
KPI 重要業績評価指標(Key Performance Indicator) 数字で管理してそう

「データドリブン」は面白い例だ。「データに基づいて判断する」——そう訳せば当たり前のことだ。データに基づかない判断のほうが問題だろう。しかし「データドリブン」とカタカナで書くと、特別な能力を持っているかのように聞こえる

不動産の「南向き」に似ている。南向きは事実。しかし匂わせ暗号#1で書いたように、「南向き」を前面に出すのは他にアピールポイントがないときだ。「データドリブン」を前面に出すSaaS企業も、同じかもしれない。

C. 統合系——「なめらかに聞こえる」カタカナ
暗号 本来の意味 LPでの意味
シームレス 複数システム間で継ぎ目のない統合 なんかスムーズそう
ワンストップ 一つの窓口で全手続きが完結 全部できそう
エンドツーエンド 入力から出力まで一貫した処理 全部やってくれそう
オールインワン 必要な機能をすべて一つに統合 とりあえず全部入り

ナカムラ:「統合系は高校パンフの『文武両道』と同じなんだよね。『シームレス』も『ワンストップ』も『オールインワン』も、要するに『なんでもできます』って言ってる。でも何でもできるツールは、何かが中途半端なことが多い」

高校パンフ#2の偏差値50台。「文武両道の伝統。充実した設備」——何でもあるが突出するものがない。「オールインワン」は、突出する機能がないことの変装かもしれない。

D. 変革系——「未来っぽく聞こえる」カタカナ
暗号 本来の意味 LPでの意味
DX デジタル技術による事業モデルの根本的変革 IT化っぽいこと全般
イノベーション シュンペーターの「創造的破壊」 なんか新しそう
ディスラプション クリステンセンの「破壊的イノベーション」理論 業界壊しそう
パラダイムシフト クーンの科学革命論における認識枠組みの転換 すごい変化が起きそう

「イノベーション」の本来の意味はシュンペーターの「創造的破壊」——既存の産業構造を根底から覆す変革だ。「ディスラプション」はクリステンセンの「破壊的イノベーション」理論。「パラダイムシフト」はクーンの科学革命論。どれも学術用語から借りてきた重い概念だ。

しかしSaaS企業のLPでは、勤怠管理ツールに「イノベーション」と付き、経費精算ソフトが「DXを加速」し、チャットツールが「パラダイムシフト」を謳う。言葉のインフレ。マンションポエムの「上質」と同じで、全員が使えば誰も特別ではないS2#6)。

E. 安心系——「任せて大丈夫そうに聞こえる」カタカナ
暗号 本来の意味 LPでの意味
エンタープライズグレード 大企業の要件(セキュリティ・可用性・監査対応)に耐える品質 高そう
コンプライアンス 法令・規制・社内規程の遵守 ちゃんとしてそう
ガバナンス 組織の統治構造と意思決定の透明性 管理が行き届いてそう
SLA Service Level Agreement。稼働率や応答時間の保証契約 保証してくれそう

安心系は、高校パンフの「面倒見がいい」(#2)と同じ機能だ。親が「面倒見がいい」に弱いように、企業の決裁者は「エンタープライズグレード」に弱い。不安を解消する言葉は、定義が曖昧でも効く

不動産暗号 vs IT暗号——対応表
不動産暗号 IT暗号 共通の機能
閑静な住宅街 エンタープライズグレード 良く聞こえるが定義が曖昧
日当たり良好 スケーラブル 他に言うことがないとき出てくる
リフォーム済み アジャイル導入済み 具体的に何をしたかは不明
充実の設備 オールインワン 突出する特徴がないことの変装
面倒見がいい 手厚いサポート体制 不安を解消する万能語

業界が違うだけで、暗号の機能は同じ。変装の原理(匂わせ暗号#1)はどこにでもある。

なぜカタカナにすると暗号になるのか

日本語に訳すと検証できる

#1で触れた問いを深堀りする。なぜカタカナだと暗号になるのか。

「俊敏な開発プロセス」と書けば、「何が俊敏なのか? リリースサイクルは何週間か?」と問える。検証可能だ。

アジャイルな開発プロセス」と書くと、問いにくくなる。「アジャイル」が専門用語のように聞こえるから、素人は質問をためらう。カタカナの壁が、問いのハードルを上げる

マンションポエムS1#7でマークが指摘した和製英語の問題と同じだ。「プラウド」は英語話者には「傲慢」だが、日本語話者には「高級感」に聞こえる。言語の壁が意味を変える。カタカナは、日本語の中に「外国語の壁」を作り出す装置だ。

テスト:カタカナを全部日本語に置き換えてみよう。

「アジャイルでスケーラブルなエンタープライズグレードのソリューション」

「俊敏で拡張可能な大企業向け品質の解決策」

……それで、具体的に何ができるの?

日本語にした瞬間、「何ができるのか」が問える。カタカナのときは問えなかったのに。これがカタカナ暗号の正体だ。

まとめ——暗号辞典を持って、LPを読もう

20語の暗号を解読した。ここに挙げた言葉がLPに出てきたら、「本来の意味」の列を思い出してほしい。そして「LPでの意味」の列——「なんか○○そう」——に自分が流されていないか確認してほしい。

ナカムラの最後の助言。

「カタカナを全部日本語に置き換えてみて。
それでも意味が通る文章だけが、本物」

匂わせ暗号#6で「暗号を見抜く技術」をまとめた。高校パンフ#6で「パンフの読み方」を15歳に教えた。このカタカナ暗号辞典は、40代の部長のための「LPの読み方」だ。

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参考文献
このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。バズワードの「本来の意味」は一般的な技術用語としての定義に基づいています。