アヤ、高校二年。倫理の授業でトロッコ問題を知ってから、二日後の朝。通学路の駅のホームで。
火曜の朝、駅。私は、いつもの時間より、少し早く着いた。授業のプリントを家に忘れて、取りに戻ったから。早く出たのに、結局、ふだんと同じくらいの時間に駅に着いていた。
朝のホームに上がるためのエレベーターのところで、二人の人が、ぽつんと立っていた。ベビーカーを押した若いお母さんと、車椅子に乗ったおじいさん。おじいさんの後ろには、たぶん家族の、四十代くらいの女の人が、付き添っていた。
エレベーターは、一基しかなかった。乗れる人数は、ベビーカーと車椅子の両方は、ぎりぎり、無理そうだった。
お母さんが、おじいさんに、頭を下げた。
「お先に、どうぞ」
おじいさんは、ゆっくり、首を振った。
「いえ、お子さんを、先に」
お母さんは、また、頭を下げた。
「ベビーカーは、たためますから、私が、次を待ちます」
おじいさんは、また、首を振った。
「車椅子は、たためないんですよ。私が、次を待ちます」
付き添いの女の人が、横で、何か言いたそうにして、言わずにいた。
二人の譲り合いは、しばらく続いた。
私は、エレベーターの前で、立ち止まっていた。
譲り合いが、解けない感じがした。お母さんは、お子さんが小さいから、階段は使えない。おじいさんは、車椅子だから、当然、階段は使えない。エレベーターを待つ列に、私が三人目として加わっていることに、二人とも、まだ気づいていない、ようだった。
気づいていないけれど、私は、そこにいた。私が、そこにいる、ということが、二人の譲り合いを、少しだけ、難しくしている、ような気がした。
「すみません、私、階段使いますね」
と、私は言った。声が、思ったより、低くなった。
お母さんとおじいさんは、私のほうを見た。少し、戸惑った顔をしていた。
「あ、いえ、お嬢さんも、ぜひ」
おじいさんが、言った。
「いえ、私、急いでないので」
急いでない、というのは、半分、本当で、半分、嘘だった。プリントを取りに戻ったぶん、ふだんより、急いではいた。けれど、階段を使うのは、嫌ではなかった。
私は、もう一度、頭を下げて、階段のほうへ歩き出した。
後ろで、お母さんとおじいさんが、もう一度、譲り合いの言葉を交わしているのが、聞こえた。それから、ベビーカーの車輪の音が、エレベーターのほうへ、動いた。
階段を、一段ずつ、上がりながら、私は、自分の所作を、頭の中で、もう一度なぞっていた。
私は、自分の身を、ひとつ、引いた。引いた、ということは、選んだ、ということだった。
先週の、犬と猫の路地で、私が「動かなかった」のとは、少し違う。今度は、私が、自分から、何かを、引いた。動かなかった、ではなくて、ずれた、と言ったほうが、正確かもしれない。
身をずらすことが、トロッコ問題の答えになるとは、思わなかった。けれど、エレベーターの前で、私がひとつ、選択肢を減らしたら、二人の譲り合いは、解けやすくなった。
数を比べないで、配分する方法が、あるのかもしれない。
あるのかもしれない、というところで、止まった。あるのかもしれない、と、ある、は、たぶん、違う。
教室についた。自分の席に、プリントを置いた。
火曜の三限まで、まだ、時間があった。
先生が、先週、言っていた言葉が、頭の中で、ふと、立ち上がった。
「結果として、誰かに先に届き、誰かに後で届く」
朝のエレベーターの場面が、その言葉の上に、薄く、重なった。お母さんが先に届き、おじいさんが後で届いた。私は、二人のどちらでもなかった。私は、配分の場から、ひとつ、自分を、引いた。
先生の言っていた、「先に届く、後で届く」というのは、たぶん、こういう感じのことなのかもしれない。たぶん、こういう感じ、というのは、まだ、よく分からない。けれど、先週、教室で、先生の言葉を聞いていたときよりも、少しだけ、近くなった気がする。
近くなった、ということは、私が、納得した、ということではない。納得は、まだ、していない。
ただ、譲り合いの「お先にどうぞ」と、トロッコ問題の「五人と一人」は、何かが、違う。譲り合いには、誰かが「先」を受け取って、誰かが「後」を受け取るのに、強制が、ない。誰も、誰かを、線路に押していない。
強制がない配分、と、強制のある配分、を、同じ「先に届く・後で届く」という言葉で、ひとつにまとめてしまっていいのか、私には、まだ、よく分からない。
三限のチャイムが鳴った。倫理の先生が教室に入ってきた。
今日は、トロッコ問題の続きはなかった。先生は、別の単元の話をした。私は、ノートを取りながら、朝のエレベーターのことを、ときどき、思い出していた。
授業のあとで、先生に話そうかと、一瞬、思った。けれど、話さなかった。話す前に、もう少し、自分の中で、形にしておきたかった。
先生が、教室を出ていく前に、私のほうを、ちらっと見た気がした。気がしただけかもしれない。
納得しないまま、考え続ける。
と、先生は、先週、言っていた。
私は、まだ、納得していない。
ただ、考え続けている、ということは、している。
している、ということが、納得していない、ということと、両立する、ということを、私は、いま、知った。
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【トロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第2話。アヤは、朝のエレベーター譲り合いで、「強制のない配分」を体感し、先生の言葉「先に届く・後で届く」が少しだけ近くなった。けれどまだ納得はしていない。これから、より重いリソース配分の場面(医療、介護、災害など)が、ニュースや日常の中で立ち上がる予定。