小川アヤ、高校二年。トロッコ問題の授業から、十日くらい経った日。クラスで合唱コンクールの指揮者を投票で選ぶ日のこと。
朝のホームルームで、担任の先生が「合唱コンクールの指揮者、立候補者は」と言った。
二人が、手を挙げた。ハルカと、ナナ。
ハルカは、明るくて、声が大きくて、クラスの中心にいる子だった。「私、ピアノやってたから、テンポは取れると思う」。みんなが、ふんふん、と聞いていた。
ナナは、静かに、手を挙げた。「私も、立候補します」。声は小さかったけれど、はっきりしていた。「合唱は、中学のときから、やってて」。それだけ言って、ナナは、座った。
教室は、二人の声で、しばらく、静かだった。
昼休み、私は、教室の自分の席で、お弁当を食べていた。
頭の中で、ハルカとナナの顔が、交互に出てきた。
ハルカは、たぶん、指揮者をやれば、クラスを盛り上げる。みんな、彼女の指示で、楽しく歌うだろう。
ナナは、たぶん、指揮者をやれば、合唱の精度が上がる。彼女の音感は、クラスの誰よりも、しっかりしていた。
どっちを選ぶか、ということは、何を取って、何を取らないか、ということだった。
私は、「数にしたくない」と先生に言ったときの、自分の声を、ふと、思い出した。今、私は、二人を、数の対象にしていた。投票という形で、二人のうちひとりに、票を入れる。それは、まさに、二人を、数で並べる、ということだった。
数にしないで、二人を選ぶ方法は、たぶん、ない。投票という制度の中で、私は、数を選んでいる。
六時間目の前、私は、もうひとつの選択肢を、考えていた。
白票。投票しない、という選択。
白票を入れれば、私は、二人のどちらにも、票を入れない。「数にしたくない」という私の立場を、形の上では、守れる。
けれど、白票も、結果としては、ひとりが選ばれて、ひとりが選ばれない、という結果に、影響する。私が白票を入れることで、二人それぞれの相対的な票数の重みが、わずかに、変わる。
つまり、投票しない、という選択も、結果としては、配分の場に、加わっている。
先週の、駅のエレベーターのことが、ふと、頭に浮かんだ。あのとき、私は、自分から、配分の場を、引いた。階段を選ぶ、という形で。
今日、白票を入れることは、それと、同じだろうか。違うだろうか。
少しだけ、違う気がした。エレベーターのときは、私が引くことで、譲り合いの場が、解けやすくなった。今日、白票を入れても、ハルカとナナのどちらかが選ばれる、という結果は、たぶん、解けない。
同じ「身を引く」でも、場が解ける場合と、解けない場合が、ある。
六時間目の終わり、担任の先生が、紙を配った。
「指揮者の名前を、書いてください。立候補した二人のどちらか、または、どちらでもない、と書いても結構です」
私は、紙を、しばらく、見ていた。
それから、ハルカ、と書いた。
書いた後で、自分でも、なぜハルカ、と書いたのか、よく分からなかった。ただ、ナナ、と書くよりも、ハルカ、と書くほうが、軽かった。軽い、ということに、私は、何かを、選んでいた。
紙を、二つに折って、教卓のほうに、回した。
集計が終わって、担任の先生が言った。
「指揮者は、ハルカさんに、決まりました」
クラスから、軽い拍手が起きた。ハルカが、笑って、立ち上がった。「がんばります」と言って、お辞儀をした。
ナナは、そのまま、座っていた。表情は、いつもと、それほど、変わらなかった。けれど、ほんの少しだけ、口元が、堅かった気がした。
気がしただけかもしれない。
ハルカが指揮者になったあと、クラスメイトが何人か、ナナのところに行って、「ナナも、すごくよかったよ」「ナナが指揮者やりたかったの、知らなかった」と、声をかけていた。ナナは、薄く笑って、頷いていた。
帰り道、私は、ひとりで、駅まで歩いていた。ミユは、今日、塾の日で、別の方向だった。
歩きながら、私は、自分が書いた「ハルカ」という三文字を、頭の中で、もう一度、見ていた。
私は、二人を、数で並べた。並べた結果、ひとりに、票を入れた。投票したあと、ナナの口元が、ほんの少しだけ、堅かった気がした。
先生の言葉が、教室の場面の上に、薄く、重なった。
「結果として、誰かに先に届き、誰かに後で届く」
今日は、ハルカに、先に届いた。ナナには、後で、届いた。届かなかった、と言ってしまうと、強すぎる気がした。後で届く、というほうが、たぶん、正確だった。
ただ、ナナのところに、何が、後で届くのか、私には、まだ、分からなかった。
「次は私が指揮者をやりたい」という気持ちかもしれないし、「合唱には別のかたちで関わりたい」という気持ちかもしれないし、「もう指揮者は懲り懲りだ」という気持ちかもしれない。届くものは、ナナのところで、ナナの形で、これから、現れる。
私が、それを、決めることはできない。私は、ただ、票を入れた。入れたことに、加わったことだけが、私の所作だった。
家に帰って、自分の部屋で、ベッドに寝そべって、天井を見ていた。
私は、投票した。数で並べた。並べた結果に、加わった。
それは、「数にしたくない」と先生に言ったときの、私の立場と、ずれている。ずれているけれど、矛盾、と言うほどでもない、気がする。
「数にしたくない」と思っていても、数で決めなければならない場面がある。そのとき、私は、数で並べる側に、立つ。立った上で、数で並べたあとの結果に、何が後で届くか、を、見届けようとする。
たぶん、それが、いまの私にできる、いちばん、の対応だった。
納得しないまま、考え続ける。
と、先生は、最初に言っていた。
納得は、まだ、していない。考え続けることだけが、している。
火曜の三限が、来週も、来る。
天井には、まだ、何も書かれていない。
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【トロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第3話。アヤは「数にしたくない」と思いながら、投票という形で「数で並べる側」に立った。「身を引く」が場を解く場合と解かない場合がある、と気づく。次話以降、より重いリソース配分(医療、介護、災害など)が立ち上がる予定。