先生、納得がいきません
アヤと倫理の授業——トロッコ問題シリーズ #1

アヤ、高校二年。火曜の三限、倫理の授業で、トロッコ問題を知った日の話。

倫理の授業

火曜の三限は倫理だった。先生は、教科書ではない、違うプリントを配った。プリントの上に「トロッコ問題」と書かれていた。

線路を走るトロッコがいる。このまま行けば、線路の先にいる五人が轢かれる。レバーを引けば、トロッコは別の線路に切り替わる。切り替わった先には、一人だけがいる。あなたはレバーを引きますか? 引きませんか?

先生は、プリントを読み上げたあとで、「考えてみてください」と言った。

私は、考えた。考える、というよりは、何かが、息苦しくなった。

クラスの反応

クラスのほとんどは、すぐに、答えを出した。

「五人より一人のほうがいい」「もちろんレバー引く」「一人助かるけど五人死ぬのは、無理」

先生は、それを聞きながら、頷いていた。それから、「では、別のバージョンを聞きます」と言った。

橋の上に立っている。下の線路を、トロッコが走っている。このまま行けば五人が轢かれる。橋の上には、あなたと、体の大きな男の人がいる。その男の人を線路に突き落とせば、その人の体がトロッコを止めて、五人は助かる。あなたは、突き落としますか?

クラスは、しんとなった。

「えー、それは、ちょっと」「同じことなのに、なんか、違う」「人を直接押すのは、ちょっと無理」

先生は、また、頷いていた。

「同じことなのに、違うと感じる、というところが、面白いんです」と先生は言った。

違和感

私は、何も発言しなかった。

私の違和感は、「五人と一人」のどちらを選ぶかではなかった。違和感は、もっと前の段階にあった。

なぜ、最初から、五人と一人を、数で並べるのか。五人がどんな人で、一人がどんな人かを、知らないまま、なぜ選ばせるのか。

数で選ぶ、ということが、私には、すでに、変だった。

授業の終わり頃、先生が「今日の問いは、答えではなく、考える材料です」と言った。「トロッコ問題が問うているのは、人を数で比べるとき、何が起きるか、ということです」

私は、その言葉に、少し救われた。けれど、まだ、何かが、残っていた。

職員室で

放課後、職員室の前で、しばらく迷った。先生に質問する、という行為自体が、なんとなく、堂々としすぎていて、私には合わない。それでも、聞きたいことがあった。

「失礼します」と扉を開けた。先生は、お茶を飲んでいた。

「あ、小川さん、どうしました」

私は、自分の言葉を整えながら、少しずつ話した。

「先生、今日の、トロッコ問題のことで」

「うん」

「私、五人と一人を、数で比べる、ということが、どうしても、納得がいかなくて」

先生は、湯呑を置いた。

「小川さんの違和感は、その思考実験の本質に触れています」と先生は言った。「トロッコ問題は、答えを出すための問題ではないんです。むしろ、私たちが普段、どんな前提で道徳を考えているかを、剥き出しにする装置なんです」

「剥き出しに」

「あなたが『数にしたくない』と感じること自体が、すでに、一つの倫理的立場の表明になっています。義務論、と呼ばれる立場に近いかもしれません」

「義務論」

「ただ、現実の世界では、限られたリソースをどう分配するか、誰に先に届けて、誰に後で届けるか、という選択を、私たちは毎日、している」

「先に、と、後で」

「数で見ないとしても、結果として、誰かに先に届き、誰かに後で届く。そのとき、何を基準にしているのか、を考える材料が、トロッコ問題です」

私は、頷いた。先生の言うことは、分かった。

「先生のおっしゃることは、分かります」

「うん」

「分かるんですけど、私は、まだ、数にしたくありません」

先生は、少し、笑った。

「小川さんは、納得していない目をしていますね」

「すみません」

「謝ることじゃないですよ。納得しないまま、考え続ける、というのが、たぶん、いちばん、倫理に近い態度です」

「ありがとうございます」

私は、お辞儀をして、職員室を出た。納得は、していなかった。

帰り道、犬と猫

住宅街を歩いていた。風が少し強くて、新緑の葉がいっせいに音を立てた。

路地のほうから、犬の声がした。見ると、黒い犬が、灰色の猫を追いかけていた。犬の飼い主のおじさんが、犬の名前を呼んでいた。「クロ! クロ! 戻れ!」。犬は、止まらなかった。

私は、立ち止まった。

その瞬間、いくつかのことが、ほとんど同時に、頭を通り過ぎた。私が走り出して犬を止めれば、猫は助かるかもしれない。けれど、犬は私を噛むかもしれない。私が動かなければ、犬は猫を捕まえるかもしれない。あるいは、猫が自分で逃げきるかもしれない。

私は、動かなかった。

猫は、フェンスに飛び乗って、軽々と逃げていった。犬は、くるっと向きを変えて、おじさんのところに戻った。おじさんは、犬の頭を撫でながら、「すまんね、すまんね」と私に向かって会釈した。私は、お辞儀を返した。

路地を、もう一度、歩き出した。

選んでいた

歩きながら、私は、何かを、選んでいた、ということに、気づいた。

選んでいないと思っていた。ただ立っていた、と思っていた。けれど、立っていた、ということ自体が、選択だった。動くという選択肢と、動かないという選択肢が、私の前に、ほんの数秒、並んでいた。私は、動かないほうを選んだ。

結果として、猫は逃げ、犬は戻った。だから、私の選択は、正しかった、と言えるかもしれない。けれど、それは、結果から見た話だった。私が選んだときには、まだ、結果は、分からなかった。

分からないまま、選んだ。

それは、たぶん、トロッコ問題のこと、と、関係がある。関係がない、かもしれない。今の私には、まだ、よく分からない。

家まで、もう少しだった。

部屋で、夕方

家に帰って、自分の部屋で、ベッドに寝そべって、天井を見ていた。

「数にしたくない」と先生に言った私の言葉と、「動かなかった」という今日の私の所作が、頭の中で、少し近くに、並んでいる。

並んでいる、ということに、私は、まだ、納得していない。

明日、また学校に行く。火曜の三限が、来週も、ある。

先生の言っていた、「誰かに先に届き、誰かに後で届く」というのが、どこかで、また、現れる気がする。気がするだけで、まだ、何も、現れていない。

納得しないまま、考え続ける。

と、先生は言っていた。

天井には、まだ、何も書かれていない。

→ 次話:お先にどうぞ(朝のエレベーター、トロッコ問題シリーズ #2)
パラレルシリーズ:答えは、出る(同じ授業の翌日、二組のジュンが即答する側として登場)
→ 第3話:指揮者を、選ぶ(合唱コンクールの投票、トロッコ問題シリーズ #3)
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【トロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第1話。アヤが先生に問うた「私は数にしたくない」という違和感が、これから、日常やニュースの中で、別のかたちで現れる。先生の言葉「誰かに先に届き、誰かに後で届く」が立ち上がる場面を、これから書き継ぐ予定。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。