聞いたことない、と三人が言った
訳せないことば #2 Pisan zapra(マレー語) 第二稿

ササキハルカ(旅行プランナー)

クアラルンプール国際空港、第二ターミナル、出発ロビー。フライトの遅延案内が掲示板に出ていた。一時間ぶん、空いた。同行のお客様三人は搭乗口の近くで、お茶を買いに行ったり、子どもと窓の外を眺めたりしていた。私は手持ち無沙汰で、ガイドブックを開いていた。マレー語の章に、「ピサン・ザプラ:バナナを食べるあいだ。約二分。マレー人がよく使う時間の単位」と書いてあった。

最初に聞いたとき

地上係員のフィルダウス(仮)さんが、私たちの様子を見にきてくれたとき、私はその語を、軽く振ってみた。「ピサン・ザプラ、って言いますか、まだ」。フィルダウスさんは、いったん私の顔を見て、それから少し笑った。「ピサン・ザプラ。んー、聞いたことあるかも。でも、自分は使わないですね」。

使わないと聞いて、私は引き下がった。それ以上聞くと、ガイドブックの記述を彼に検閲させているような気まずさがあった。でも、機内で、私は手帳に、「ピサン・ザプラ。フィルダウス(30代男性、KL近郊出身):聞いたことあるかも、自分は使わない」と書いた。サンプルが一しかない、ということを、書きながら自覚していた。

二人目と、三人目

名古屋に戻って二週間後、別のお客様の手配でマレーシア在住の日本人ガイドさん(四十代女性、KL在住十年)に電話した。仕事の用件のあとに、ピサン・ザプラの話を振った。彼女は笑って、「あ、それ、観光客の方が時々聞いてくるんですよ。私の周りでは、聞かないですね。たぶん、書き言葉でしょう、それは」。書き言葉、と彼女は言った。書き言葉、と私は手帳に書き写した。

三人目は、別の機会だった。マレーシア人の留学生(二十代男性、ペナン出身)が大学で講演をしたあとの懇親会で、私は名刺を交換するついでに、Pisan zapra のことを聞いた。彼は、そう言われればうちの祖母が言っていた気がする、と答えた。「Tunggu sekejap, sepisan zapra(ちょっと待って、バナナ一本ぶん)みたいな。でも自分は言わない」。彼は二十三歳だった。彼の祖母は八十代だった。語の住みかが、その年齢のあいだのどこかに、あった。

三人とも「自分は使わない」と言った。一人は「祖母は言ったかも」と言った。

語の住みか

三人だけだから、サンプルとしては足りない。でも、足りない三人のなかでも、語の位置はだいたい見えてきた。Pisan zapra は、現代のマレー語の日常会話には、ほとんど住んでいない。住んでいる場所があるとすれば、八十代以上の世代の口、児童書のなかの言い回し、あるいは、外国人向けのガイドブックの紹介ページ。

そこで気になるのは、ガイドブックが「マレー人がよく使う」と書いていたことだ。「よく使う」の根拠が、どこにあったのか。たぶんそれは、別の英語の本に書いてあったから、別の英語の本は、さらに前の英語の本に書いてあったから、最初の本は、おそらく、児童書のセリフを切り出していた。よく使う、ということばが、何度かの引用を経るうちに、検証されないまま定着した。

日本語のほうの貧しさ

同じ手帳に、私は日本語の似た言い方を二つだけ書いた。お茶を一杯飲むあいだ。タバコ一本ぶん。三つ目を書こうとしてやめた。三つ目以降は、行為で時間を呼ぶ慣用ではなく、もっと曖昧な「ちょっと」とか「あと少し」になる。

日本語にも、行為で時間を呼ぶ言い方は二つくらいしかない。タバコ一本ぶんが、職場から喫煙が消えたあとに、世代によって通じなくなりつつあることを思うと、お茶一杯ぶん、を残してあと一つ、ぐらいの貧しさだ。Pisan zapra が「マレー人がよく使う」と紹介されるとき、そこにはたぶん「マレー語にはこういう詩的な単位があって、効率重視の現代日本語にはない」という対比の物語が、暗黙に組み込まれている。実際には、マレー語の側もそんなに豊富ではない。語彙の貧しさは、両側にある。

それでも、伝えたい

そう書いてしまうと、「Pisan zapra は紹介する価値がない」というふうに読めるかもしれないが、私はそうは思っていない。八十代の祖母が孫に「ピサン・ザプラぐらい、待ってな」と言ったかもしれない、というその情景は、現代マレーシアの空港の同僚同士で使われていなくても、別の意味でちゃんと存在している。その語を子どものころ聞いた人が、今も住んでいる国がある、ということ自体は、語の事実だ。

だから、お客様から「面白いマレー語を教えてください」と聞かれたら、私は次のように答えるつもりだ。「ピサン・ザプラ、というのがあります。バナナ一本ぶんの時間。たぶん八十代以上の方が使っていた言い方で、いまの若い同僚にこの言葉で『ちょっと待って』と言うと、変な顔をされます。でも、おばあさんの世代には、生きているかもしれません」。

長い説明だが、ガイドブックの一行と、マレー人の同僚の苦笑のあいだの距離を、お客様にも持って帰ってもらいたい。これは、自分が空港で経験した距離でもある。

手帳に残ったもの

結局、その日の私の手帳に残ったのは、三つの短いメモだった。「フィルダウス:使わない」「KLガイド:書き言葉」「ペナンの留学生:祖母は言ったかも」。三つのメモを並べておくほうが、「マレー人がよく使う」という一行よりも、私には正直な記録に思える。

面白いマレー語、というラベルから、ピサン・ザプラを少し外して、八十代の祖母の口から孫に渡された語、というラベルに張り替える。それだけのことを、私はこの第二回で書きたかったらしい。書いたあとで、まだ書ききれていない感じもある。三人だけで結論にするには、やはり足りない。次にマレーシアに行ったら、もう何人か聞いてみる。

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このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。Pisan zapra の現地での流通度合いについての記述は、限定的なヒアリングに基づいており、地域・世代差を含めた網羅的な調査ではありません。