蓮見、高校二年、三組。土曜の昼前、祖父が離れの縁側で「これ、駅前の数珠屋に出してきてくれ」と僕に布袋を渡した。布袋は古い手ぬぐいを縫い直したもので、口がきゅっと絞れる紐がついていた。なかには祖父が普段使っている数珠が入っているはずだった。「立て替えで頼む。いくらだったか、帰ったら教えてくれ」と祖父はそれだけ言って、また縁側で湯呑みに口をつけた。湯呑みは祖父が長く使っている灰色のやつで、縁が一か所欠けている。
布袋を、自転車のかごに入れた。かごには新聞が一部、まだ残っていた。今朝、母が住居から本堂に運ぶときに使ったのを戻し忘れた、と思う。新聞を脇にどけて、布袋をその空いたところに置いた。布袋は思ったより軽い。中身が玉の連なりだけだから、こんなものか、と漕ぎ出してから考えた。
寺の門を出て、坂を下りて、川沿いの道に出る。ここまでが寺から駅前までのいちばんの直線で、信号がふたつある。一つ目の信号で止まったとき、かごのなかの布袋を一度、手に持ち上げてみた。ぶら下げて重さを確かめる、というのは、祖父が新しい数珠の説明を昔、檀家のお年寄りにしていたときの動作だった。「重みでね、糸の張りが分かる」と祖父はそのとき言っていた。たぶん、いま僕がやっているのは、その動作の真似だが、僕の手では張りが分かったかどうかは分からなかった。
分からなかった、という結論を持ったまま、青信号で漕ぎ出した。重さを確かめる動作は、たぶん何度もやっている人にだけ意味があって、初めての人にとっては動作の真似で終わる。終わっていい、と思った。終わっていい動作も、家のなかにはある。
駅前のアーケードを入って、二軒目に「念珠・数珠 仕上直し承ります」と縦書きの木札を出した店があった。店の戸はガラスの引き戸で、開けると上で鈴が鳴る。父が前に「あそこの主人は、もう四代目だ」と言っていた店だが、四代目がいま店番をしているのか、別の代の人がいるのかは、店内に入っただけでは分からなかった。眼鏡をかけた六十代くらいの男の人が、奥のカウンターで何かを台のうえで作業していた。
「すみません、これ、お願いします」と布袋をカウンターに置いた。「南山町の蓮見さんから」と続けて言うと、店主は「ああ、はいはい」と顔を上げた。布袋を受け取って、口の紐をほどいて、なかから数珠を取り出した。机のうえの黒い布に置いて、両手で輪を整えた。
「ああ、ここね」と店主は数珠の一か所を指で指した。僕にはまだどこのことか分からなかった。「親玉の二つ手前、ここの糸が、もう、長くなってる」と店主は言った。長くなっている、というのが、新しいうちは短い糸の繊維が、使い込まれて伸び、束のなかでたわんでいる、ということを言っているのだろう、というところまでは、なんとなく分かった。それ以上の説明はあったが、店主の口調は早く、僕は半分くらいしか覚えていなかった。覚えていなかったのは、僕がそのあたりの語彙を持っていなかったからで、店主の説明が悪いわけではなかった。
「いま、修理、混んでます?」と聞いた。父によく頼まれるパターンの聞き方で、店主は「来週の水曜には仕上がります」と言った。預かり証を一枚、書いてくれた。蓮見の名前と、預かった日付、仕上がり予定、概算の金額が書かれていた。三千円弱。「立て替え、お願いします」と店主は言った。財布から出して、払った。預かり証は折って、自転車のかごの新聞のあいだに挟んだ。なくしたら祖父に怒られる、というほど祖父は怒らないが、なくしたくはなかった。
店を出て、自転車のかごを見たら、布袋もなくなって、新聞だけが残っていた。新聞のあいだに預かり証が一枚、挟まっている。さっきまであった布袋ぶんの空間が、かごのなかで、空いていた。
空いた空間を見ながら、行きにあった重さのことを、もう一度考えた。重さがあったときには、かごの底が布袋で埋まっていて、新聞だけがあるいまよりも、たぶん、見た目の収まりがよかった。空いてみると、収まりがよかった、という記憶のほうが、後付けで立ち上がった。布袋がそこにあったあいだ、自分が「収まりがいい」と思っていたかどうかは、本当のところは分からない。
分からないものを後付けで分かった気になる、というのは、しょっちゅうあることで、家の物が誰かの手から誰かの手に渡るときには、特に、ありがちなことかもしれなかった。布袋を駅前まで運んだ三十分のあいだ、僕はかごの収まりについて何も考えていなかった。空いてから、初めて考えた。
帰り道は来た道の逆。川沿いを上って、坂を上って、寺の門に戻る。坂は行きでは下りだったぶん、帰りは上りで、自転車を降りて押した。押しながら、預かり証の三千円弱について考えていた。祖父に渡すときは、預かり証と一緒に、いくらだった、と言葉でも言うのが、家の作法だった。「三千円弱」と言うのか「二千八百円」と言うのか、預かり証の金額の桁を、もう一度、自転車を停めて新聞のあいだから出して確かめた。二千八百円。「二千八百円でした」と言えばよかった。
確かめてから新聞のあいだに戻して、自転車をまた押した。坂の途中で、向こうから自転車に乗った高校の同級生がひとり下りてきて、すれちがいざまに「おっす」と片手を挙げた。三組ではない、二組の誰か。僕も片手を挙げた。すれちがって振り返ったら、向こうもちらっと振り返って、お互いまた前を向いて進んだ。
寺の門に戻ったとき、祖父はもう縁側にはいなかった。本堂のほうに行ったか、離れの奥に下がったか、どちらかだった。湯呑みは縁側に置いたままで、なかの茶はもう、ない。僕は布袋ぶんの預かり証を、まず祖父の机のうえに置こうかと思って、やめて、本堂のほうへ歩いた。祖父が本堂にいたら、その場で渡すほうが早い。
祖父は本堂の縁に腰掛けて、足を組んで、何もせずに座っていた。何かを待っているのでもなく、何かを終えたあとでもなく、ただ座っている時間が、祖父には日に何度かある。
「二千八百円でした」と僕は言って、預かり証を祖父に渡した。祖父は受け取って、預かり証の文字を眼鏡をずらして読んで、「うん」と言った。「水曜、また頼んでいいか」とだけ続けて、預かり証を縁の柱の溝に挟んだ。柱の溝に紙を挟むのは祖父の癖で、紙が落ちないし、目につくし、忘れない、という三点を満たすらしい、と前に説明されたことがある。
「いいです」と僕は答えた。水曜は午後、部活がない曜日なので、夕方なら駅前まで行ける。
祖父はそれ以上は何も言わず、本堂の天井のほうを見ていた。僕は本堂の縁から下りて、住居のほうに歩き出した。歩き出してから、預かり証の柱の挟まり具合を、もう一度確かめたほうがいいかと思って、振り返ったが、振り返って確かめても僕の側でできることはない、と気づいて、また向き直って歩いた。住居の戸を開けると、母が昼食の支度をしていた。「数珠、出してきた?」と母が聞いた。「水曜に取りに行く」と僕は答えた。母は「あ、そう」とだけ言って、また鍋の方を向いた。
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本作は蓮見のシリーズ番外編「蓮見のことばのメモ」第三作・書き直し版(v2)。v1の「破断点による逆説的可視化」「祖父の格言『触ってもいいから、引っ張るな』」「結語『玉は玉の影に、引っ込んだ』」「去年の夏の数珠が切れた回想」「『見ないままに、見るしかない』の格言化」「サマリーに密かに残った英訳の影」を撤去。代わりに、祖父に頼まれて、駅前の数珠屋まで自転車で修理に出しにいく、という外出と立て替えと預かり証の手続きの場面に振り替えた。糸の逆説的可視化は蓮見の発見として書かず、店主の業務的な説明として一回だけ通り過ぎる。最終文は預かり証を柱の溝に挟む祖父と、水曜に取りに行く約束、母の「あ、そう」で閉じ、状態保持型の余韻倒置を回避した。寺の地続き空間からも一度離れ、駅前のアーケードと川沿いの坂で本作の三分の二が進む。