ハヤシアヤカ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)
科研費ポエムで申請書の定型句を分析した。学会ポエムでフジワラレンが発表と論文のポエムを分析した。カスケードポエムでそれがSNSに滝のように流れ落ちる過程を分析した。
しかし、まだ手をつけていない場所がある。論文のタイトルだ。
本文はピアレビューを受ける。アブストラクトはエディターが読む。しかしタイトルは——タイトルだけは——誰もがまず目にし、そして誰もレビューしない。あの15語前後の文字列こそ、学術界で最も洗練されたポエムではないか。
論文のタイトルを何千本も見てきた。検索する。ダウンロードする。リストを作る。その過程で、同じフレーズが何度も何度も現れることに気づく。科研費申請書に「画期的な成果が期待される」があるように、論文タイトルにも定型句がある。
| 定型句 | 暗号的意味 | ポエマイゼーション操作 |
|---|---|---|
| Toward(s) a Unified Framework for X | まだ統一できていない | 変装(未完成→意欲的) |
| A Novel Approach to X | 新規性の自己申告 | 増幅(普通→画期的) |
| Rethinking X | 既存手法の改良 | 変装(改良→革新) |
| Beyond X: How Y Transforms Z | Xの延長だが「超えた」と主張 | 増幅(拡張→超越) |
| X Considered Harmful | Xを批判する(ダイクストラの型) | 変装(意見→定説) |
| X Is All You Need | Xが重要(ビートルズの型) | 増幅(有用→唯一解) |
| On the X of Y | YのXについて述べる | 増幅(報告→論考) |
| X in the Wild | 実環境でテストした | 変装(実験→冒険) |
マンションポエムの「上質がそびえる」に相当するのが "A Novel Approach" だ。何百本もの論文がこのタイトルを名乗る。何百もの "Novel" が本当に新しいなら、学術界は毎年革命で溢れているはずだが、現実はそうではない。
"Toward a Unified Framework for X" というタイトルは、学術論文の中でも特に味わい深い。
"Toward" は「〜に向かって」。つまりまだ到着していない。著者自身がタイトルで「統一的枠組みを目指しているが、まだできていない」と宣言している。しかし読者の印象は違う。「おお、統一的枠組みか」と思う。"Toward" は読み飛ばされる。
「駅徒歩12分」を「駅へのアプローチが心地よい12分」と書くマンションポエム。「まだ統一できていない」を "Toward a Unified Framework" と書く論文ポエム。距離の変装という点で、同じ操作だ。
さらに面白いことがある。Google Scholar で "Toward a Unified Framework" を検索すると、何百件もヒットする。しかしそのうち、後続論文で "A Unified Framework for X" ——"Toward" が取れたもの——が出版された例は極めて少ない。
"Toward" は永遠に到着しない。
科研費申請書の「画期的な成果が期待される」と同じ構造だ。「期待される」は未来形。成果はまだ出ていない。しかし申請書を読む審査員の脳内では、もう画期的な成果が出ている。"Toward" も同じ。読者の脳内では、もう統一的枠組みが完成している。
"A Novel Approach to X" の "Novel" は「新規の」。学術論文における最高の褒め言葉だ。しかしこの言葉には罠がある。
査読者は "Novel" を見たとき、二つの反応をする。
経験豊富な査読者ほど反応2に近い。なぜか。"Novel" を自称する論文が多すぎるからだ。全員が Novel なら、誰も Novel ではない。
ポエマイゼーション分析
ソノダマリの用語で言えば、"Novel" は増幅の操作だ。英語の "novel" は「新規の」という控えめな形容詞だが、論文タイトルに置かれると「画期的な」「革新的な」へと意味が膨らむ。SaaSの「スケーラブル」と同じ——DXポエム#5でマークが指摘した、カタカナの増幅装置と同じメカニズムが、英語のまま学術界で動いている。
しかもこの "Novel" には検証不可能性がある。マンションの「上質」は住んでみればわかる。SaaSの「スケーラブル」は使ってみればわかる。しかし論文の "Novel" は——同じ分野の先行研究をすべて読まなければ判定できない。判定コストが異常に高いからこそ、著者は "Novel" を気軽に名乗れる。
2017年、グーグルの研究チームが "Attention Is All You Need" という論文を発表した。トランスフォーマーアーキテクチャを提案したこの論文は、ディープラーニングの歴史を変えた。タイトルはビートルズの "All You Need Is Love" のもじり。
そして何が起きたか。
"X Is All You Need" の系譜(一部)
元の論文のタイトルがテンプレートになった。穴埋め式。"[ ] Is All You Need" のブランクに自分の提案を入れるだけ。
これはカスケードポエマイゼーションの学術版だ。一つのポエムが次のポエムを生む。フジワラレンが分析した「研究成果がSNSに届くまでの伝言ゲーム」は、学術論文の内部でも起きている。ただし伝言ゲームではない。テンプレートのコピーだ。
マンションポエムでは「上質がそびえる」が一社で生まれ、業界全体に伝播した。論文タイトルでは "Attention Is All You Need" が一本で生まれ、学術界全体に伝播した。ポエムの感染力は、学術の世界でも変わらない。
"Is All You Need" が2017年のテンプレートなら、もっと古いテンプレートがある。
1968年、エドガー・ダイクストラが "Go To Statement Considered Harmful" という短い書簡をACM Communicationsに発表した。GOTO文の使用を批判した有名な文章だ。しかしダイクストラ自身はこのタイトルをつけていない。編集者のニクラウス・ヴィルトが勝手に変えた——これ自体が一種のポエマイゼーションだ。
以来、半世紀以上にわたって "Considered Harmful" は量産された。
"Considered Harmful" の系譜(一部)
最後の2つに注目してほしい。テンプレートを批判するテンプレートが生まれ、さらにそれを批判するテンプレートが生まれた。メタポエマイゼーション——ポエムのポエム化。マンションポエムの世界では見られなかった現象だ。不動産広告で「上質がそびえる」を批判する広告は出ない。しかし学術界では、テンプレートを自己言及的に批判するテンプレートが成立する。
学者はメタが好きだ。
論文タイトルにはもう一つ特徴的な文法がある。コロンだ。
コロン構文の型
コロンの左側はポエム。右側は説明。つまり論文タイトルは前半がマンションポエムで、後半が重要事項説明書という構造になっている。
「グランドメゾン南山」。コロンで分解すれば "Grand Maison: 南山" だ。左が増幅(「グランドメゾン」)、右が事実(「南山」)。論文タイトルの "Rethinking Attention: A New Perspective on Transformer Architectures" と構造が同じ。左が変装(「Rethinking」)、右が内容(トランスフォーマーの話)。
マンションは名前にポエムを入れる。論文はコロンの左にポエムを入れる。ポエムの居場所が違うだけで、やっていることは同じだ。
マンションポエムは売るために書かれる。SaaSポエムは契約を取るために書かれる。では論文タイトルのポエムは何のために書かれるのか。
論文は読まれなければ引用されない。引用されなければ業績にならない。タイトルは論文の広告だ。Google Scholar の検索結果一覧で、他の何百本と競争する15語。マンションの新聞広告と同じ——3秒で印象を伝える必要がある。
「既存手法を少し改良した」より "Rethinking X" のほうが査読者の印象がいい。「まだ完成していない」より "Toward a Unified Framework" のほうが受理されやすい。科研費の「画期的な成果が期待される」と同じ——変装は審査を通るための合理的戦略だ。
"X Is All You Need" というタイトルをつけることは、内容の主張だけではない。「私はこのコミュニティの一員です」という帰属表明でもある。テンプレートを使うことで、先行研究への敬意を示し、同じ読者層にリーチする。マンションのブランド名が「プラウド」「ブリリア」「パークシティ」と似通うのと同じ——差別化と帰属のジレンマ。
科研費ポエム、学会ポエム、そして本稿。学術ポエマイゼーションの3つの局面を並べてみる。
| 科研費ポエム (申請書) |
学会ポエム (発表・論文) |
論文タイトルポエム (本稿) |
|
|---|---|---|---|
| 対象 | 研究計画 | 研究成果 | 論文の看板 |
| 読者 | 審査員(数名) | 同分野の研究者 | 全世界(検索結果) |
| 主な操作 | 補填+変装 | 蒸発+変装 | 増幅+テンプレート化 |
| 代表的定型句 | 「画期的な成果が期待される」 | "Promising results" | "A Novel Approach" |
| 文字数 | 数千字 | 数万字 | 15語前後 |
面白いのは、ポエムの濃度が文字数に反比例することだ。数万字の論文本文にはデータがある。数千字の申請書はポエムが混じる。15語のタイトルは純度100%のポエムになりうる。
圧縮されるほど、ポエムは濃くなる。
タイトルは論文のエスプレッソだ。
ソノダマリのポエマイゼーション論は「具体性を要求すること」を対抗手段とした。論文タイトルにも同じ原則が使える。
論文タイトルを読むための3つのルール
高校パンフ#6の「同じ言葉が何校にもあったら暗号」。DXポエム#6の「カタカナを日本語に置き換えろ」。本稿のルールは「テンプレートに気づけ」。全部同じことを、違う分野で言っている。
マンションの名前は「プラウドタワー」。論文のタイトルは "Toward a Unified Framework"。どちらも、中身を見る前に印象を与えるために存在する。どちらも、定型句が業界を支配している。どちらも、テンプレートが次のテンプレートを生む。
違いは一つ。マンションポエムはコピーライターが書く。論文タイトルは研究者が自分で書く。博士号を持ち、ピアレビューの厳しさを知り、エビデンスベースを旨とする人々が——タイトルだけはポエムを書く。
なぜか。理由は単純だ。タイトルは広告だから。論文という商品の、15語の広告。そして広告がある場所には、ポエマイゼーションがある。学術界も例外ではない。
事実を扱う人間が、看板にはポエムを書く。
それが、ポエマイゼーションの普遍性だ。