ベリーの余韻にバニラのニュアンス
——テイスティングノートは味覚のポエマイゼーションである

オオツカリョウ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)

ワインバーで働いている。ソムリエの勉強中だ。毎日グラスを傾けながら、テイスティングノートを書いている。「ベリーの余韻にバニラのニュアンス」「スパイシーなアタックにシルキーなタンニン」「ミネラル感のある長い余韻」。

ある日、常連のソノダマリさんにこう言われた。

「それ、マンションポエムと同じですよね」

最初は笑った。ワインとマンション? 何の関係がある。しかし考えれば考えるほど、反論できなくなった。

本当にベリーの味がするのか問題

赤ワインのテイスティングノートを書くとき、「ベリー」という単語は呼吸をするように出てくる。カシス、ブラックベリー、ラズベリー、ブルーベリー。ときにはチェリー、プラム、イチジク。フルーツ屋の品揃えかと思うほどだ。

しかし冷静に考えてほしい。ワインの原料はブドウだ。ベリーは入っていない。バニラも入っていない。チョコレートも革もタバコも入っていない。なのにテイスティングノートにはそれらが「ある」ことになっている。

「カシスとブラックベリーの豊かなアロマ。オーク由来のバニラとトースト。滑らかなタンニンにスパイスのニュアンス。余韻にほのかなチョコレート」

これ、マンションの広告に差し替えても違和感がない。

「緑と水辺の豊かな潤い。自然由来の安らぎとゆとり。滑らかな動線にモダンのニュアンス。眺望にほのかな季節感」

構造が同じだ。「豊かな○○」「○○由来の△△」「滑らかな○○に△△のニュアンス」。テンプレートに単語を流し込めば、ワインの紹介文もマンションの紹介文も、同じ工場で製造できる。

ブラインドテイスティング事件

ソムリエの勉強仲間と、ブラインドテイスティングの練習をした。同じワインを6人で飲む。ラベルは見えない。各自がノートを書いて、答え合わせ。

結果はこうだった。

同じワイン(南仏シラー)に対する6人のノート

全員、同じワインを飲んでいる

Aさんはベリーを感じ、Bさんは柑橘を感じ、Cさんは革を感じた。誰かが間違っているのか? 全員が間違っているのか? それとも全員が正しいのか?

答えはたぶん、こうだ。味覚は言葉にした瞬間にポエムになる。舌が感じた「何か」を、各自の語彙と経験と記憶のフィルターに通して、言葉に変換する。その変換プロセスで、客観的な味覚が主観的なポエムに変わる。

ソノダさんの言葉を借りれば、これは翻訳だ。味覚という非言語の体験を、言語に翻訳する。そして翻訳の過程で、何かが蒸発し、何かが補填される。

テイスティングノート暗号辞典

ソムリエの勉強をしていると、テイスティング用語には暗号のような使い方があることに気づく。ソノダさんが不動産広告で「匂わせ暗号」を解読したように、ワインにも暗号がある。

テイスティング用語 表向きの意味 本当の意味 ポエマイゼーション操作
複雑な 多層的な風味 よくわからない 変装
若い 熟成のポテンシャル まだ美味しくない 変装
個性的 他にない味わい 変な味 変装
素朴な テロワールを反映 安い味がする 変装
エレガント 上品で繊細 味が薄い 変装
力強い 骨格がしっかり 渋すぎる 変装
ミネラル感 土壌の個性 何かの味がするが特定できない 補填
長い余韻 いつまでも続く風味 後味が残る(良いとは限らない) 消去
テロワール 土地の特性 フランス語にすると偉そう 増幅
アタック 口に含んだ瞬間 最初の一口(それだけ) 増幅

不動産広告の「閑静な住宅街」(=不便)と、ワインの「エレガント」(=味が薄い)。変装の文法がまったく同じだ。ネガティブをポジティブに着替えさせる。名前を変えるだけで、欠点が長所になる。

そして「テロワール」。土壌の特性を指すフランス語だが、日本語で「土の味」と書いたら誰も買わない。カタカナにした瞬間に権威が増す。ソノダさんたちがDXポエム#5で発見した増幅の操作そのものだ。「スケーラブル」が「拡張可能」より偉そうに聞こえるのと、「テロワール」が「土の味」より偉そうに聞こえるのは、同じメカニズムで動いている。

高いワインほどポエムが饒舌になる

ワインショップで値札を見てみよう。

価格帯別テイスティングノートの饒舌さ

800円のテーブルワイン:
「フルーティーで飲みやすい。デイリーに」
(1行。正直。)

3,000円の中堅ワイン:
「カシスとブラックチェリーのアロマ。柔らかなタンニン。バランスの良い酸味。食事と合わせて」
(3行。まだ実用的。)

15,000円の高級ワイン:
「完熟したブラックベリーとカシスの凝縮した果実味。フレンチオーク由来のバニラ、トースト、シナモンのニュアンス。シルキーで緻密なタンニン。ミネラルとスパイスが織りなす複雑な余韻が、幾重にも層を成して長く続く」
(詩。もはや詩。)

50,000円超のプレミアムワイン:
「時を超えた荘厳さ。テロワールの真髄が、グラスの中で静かに呼吸する。飲むものの魂に語りかけるような、深淵なる余韻」
もう味の話をしていない。)

ソノダさんがマンションポエムS1#9で発見した補填の原理——「訴求ポイントが弱いほどポエムが饒舌になる」——の逆バージョンだ、と最初は思った。高いワインは品質が高い。品質が高いのにポエムが饒舌。補填の原理と矛盾するじゃないか。

しかしよく考えると、矛盾していない。

値段が高いほど「値段に見合う体験」を言語化する圧力が高まる。50,000円のワインを飲んで「うん、美味しい」では済まされない。飲む側も「50,000円分の感動」を言葉にしなければならない。売る側も「50,000円の理由」を説明しなければならない。

つまり高級ワインのポエムは、味覚の不足を埋める補填ではなく、価格の正当化を言語で埋める補填だ。補填の原理は健在。埋めている穴が違うだけ。

800円のワインは味で勝負する。50,000円のワインはポエムで勝負する。
駅近マンションは立地で勝負する。駅遠マンションは「上質がそびえる」で勝負する。
構造は同じだ。

味覚のポエマイゼーション——6つの操作はすべて動いている

ソノダさんがポエマイゼーションで整理した6つの操作を、ワインのテイスティングノートに当てはめてみた。

操作 マンションポエム ワインポエム
補填 設備が弱いから「上質」で埋める 価格が高いから「深淵なる余韻」で埋める
翻訳 高級住宅を日本は「邸」、台湾は「帝王」 舌の感覚を「ベリー」「バニラ」に翻訳
蒸発 "Agile"の定義が蒸発して「アジャイル」に 味覚の具体性が蒸発して「複雑」に
消去 隣のビルがチラシから消える 「渋すぎる」が消えて「力強い」だけ残る
変装 「古い」が「味がある」に 「変な味」が「個性的」に
増幅 カタカナで権威が増す 「テロワール」「アタック」で専門感が増す

6つ全部動いている

しかもワインのテイスティングノートは、マンションポエムより厄介な面がある。マンションポエムは「事実をポエムに変換する」。駅徒歩12分は客観的事実だ。ところがワインの場合、変換元の「味覚」がすでに主観だ。主観を主観的な言葉に翻訳している。ポエマイゼーションの入力がすでにポエム。二重のポエマイゼーション。

ソムリエ試験という「正解のあるポエム」

面白いことに、ソムリエ試験のテイスティングには「正解」がある。

ブラインドで出されたワインの品種、産地、ヴィンテージを当てる。テイスティングノートの書き方にも模範がある。「外観は澄んだルビー。中程度の粘性。香りはカシス、ブラックチェリー、スミレ、黒胡椒。アタックはやや強め。酸味はしっかり。タンニンは中程度からやや強め......」

型がある。語彙が決まっている。組み合わせのパターンがある。つまりソムリエ試験は、ポエマイゼーションの標準化を試みている。

しかし先ほどのブラインドテイスティング事件を思い出してほしい。同じワインを飲んで6人が6通りの感想を書いた。標準化された語彙を使っても、人間の味覚が主観である限り、完全な一致は起きない。

ソムリエ試験は「ポエムに正解を設定する」という、よく考えるととんでもない挑戦をしている。
「上質がそびえる」に正解があるようなものだ。

でも不思議なことに、それはある程度うまくいく。訓練を積んだソムリエたちは、同じワインに対して似たような言葉を選ぶようになる。味覚のポエマイゼーションが、訓練によって収束する。共有された語彙が、主観と主観のあいだに橋を架ける。

ポエムは嘘ではない。ポエムは共有のプロトコルだ。味という孤独な体験を、他者に伝えるための。

「それ、マンションポエムと同じですよね」

ソノダさんにこの話をしたら、目を輝かせて言った。

「オオツカさん、ワインのテイスティングって面白いですね。だってポエマイゼーションが必要悪じゃなくて、必要善なんですよ」

マンションポエムでは、ポエマイゼーションは基本的に「騙す」方向に働く。事実を曖昧にし、欠点を隠し、印象で判断させる。しかしワインの場合、ポエマイゼーションがなければ味覚を共有する手段がない。

「『ベリーの余韻にバニラのニュアンス』が嘘かどうかは問題じゃない。その言葉によって、飲んだことのない人が『ああ、そういう方向性のワインなのか』とイメージできる。ポエムが情報伝達の手段として機能している

確かにそうだ。「このワインは美味しい」では何も伝わらない。「ベリーの余韻にバニラのニュアンス」なら、少なくとも「果実味があって樽のニュアンスがあるんだな」くらいは伝わる。正確ではないが、ゼロよりはるかにましだ。

マンションポエムとワインポエムの決定的な違い

マンションポエム 事実を曖昧にして印象で売る
ワインポエム 言語化不可能な体験を共有可能にする
共通点 どちらも6つの操作で動いている

ソノダさんは続けた。「でもね、ワインショップのポップに書いてある『時を超えた荘厳さ。魂に語りかける余韻』は、もうマンションポエムと同じです。味の情報がゼロ。ポエマイゼーションが情報伝達を超えて、販売促進に入った瞬間、ワインもマンションも同じ構造になる」

......痛いところを突かれた。うちの店のポップにも「魂に語りかける」に近いことを書いた記憶がある。

まとめ——すべての専門用語はポエムになりうる

ワインのテイスティングノートを書くたびに、ソノダさんの言葉が頭をよぎる。

「ベリーの余韻」と書く。本当にベリーか? わからない。でも書く。「シルキーなタンニン」と書く。シルクに触ったことはある。タンニンにも触れている。でもその2つは別物だ。「ミネラル感」と書く。ミネラルの味ってなんだ。岩でも舐めたのか。

テイスティングノートは味覚のポエマイゼーションだ。補填し、翻訳し、蒸発させ、消去し、変装させ、増幅する。6つの操作をフル稼働して、舌の上の体験を、共有可能な言葉に変換する。

そして気づいた。これはワインだけの話ではない。

コーヒーの「フルーティーな酸味にチョコレートのような甘み」。日本酒の「キレのある辛口」。ウイスキーの「ピーティーなスモーク感」。香水の「トップノートにベルガモット、ラストにムスク」。

感覚を言葉にするすべての営みに、ポエマイゼーションは潜んでいる。

味覚は主観だ。
しかし主観を共有するには、ポエムが必要だ。
問題は、ポエムを事実と混同すること。
——マンションでも、ワインでも。

今夜もグラスを傾けながら、テイスティングノートを書く。「カシスとブラックベリーの......」。そしてソノダさんの声が聞こえる。「それ、本当にカシスですか?」

うるさい。美味しいんだから、いいじゃないですか。

ポエマイゼーション 6つの操作

本稿で使用したポエマイゼーションの枠組みについては、「ポエマイゼーション——言葉がポエムに変わる瞬間」を参照。

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参考文献
このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。テイスティングノートの解釈はユーモアを交えた分析であり、ソムリエ試験の公式見解ではありません。