どっちでもいい、と言われると(v2)
アヤのことばのメモ #1・書き直し

小川アヤ、高校二年、一組。火曜の三限の倫理のあと。中庭の桜は葉ばかりで、ベンチの背もたれに、午後の陽がかすかに当たっていた。

お弁当袋の重さ

「お昼、どこで食べる」とミユが言った。教室の入口で、お弁当袋を片手に提げて、もう片方の手で、髪を耳にかけ直していた。今日のミユの髪は、いつもより、少し、跳ねていた。朝、ヘアアイロンを使い忘れた、と前の休み時間に言っていた。

「どっちでもいいよ」と私は言いかけた。口の中で、「どっ」まで音が出たところで、止めた。止めたあと、口の中に「どっ」の半音だけが、薄く、残った。

残った半音を、私は飲み込んだ。飲み込んでから、「中庭、行こうか」と言い直した。ミユは「うん」と頷いて、先に廊下を歩き始めた。私はそのうしろを、お弁当袋を提げて、ついていった。

ベンチで、玉子焼き

中庭のベンチに二人で並んで座った。ミユのお弁当の蓋が、開いた瞬間に、玉子焼きと鶏のから揚げの匂いが、二色で立った。私のお弁当の蓋を開けると、こちらは麻婆豆腐の残りと、ブロッコリーと、玉子焼き。玉子焼きが、二人とも、入っていた。

「玉子焼き、被ったね」とミユが笑った。

「うん」

ミユは、自分の玉子焼きを、箸で半分に切らずに、まるごと一個、口に入れた。私は、自分の玉子焼きを、箸で半分に切ってから、半分を口に入れた。同じものを食べる、二つの違うやり方が、ベンチの上で並んでいた。

食べながら、私は、さっき口の中で止めた「どっ」のことを、もう一度なぞっていた。あの「どっ」を、最後まで、「どっちでもいいよ」と出していたら、ミユはきっと「じゃあ中庭」と決めた。私はそのあと、ミユのお弁当袋の持ち手の、薄く、たわむあたりを、見ていた気がする。たわんでいる持ち手が、教室で「どっちでもいい」と言われたミユの手の中で、もう一回、たわむ。たわみが、二回続くと、私は、見ていられなくなる、と、思った。

見ていられない、というのは、たいしたことではない。一日経てば忘れる。一日経って忘れる程度のことを、なるべく作らないでおく、というのが、私のたぶん持っている、ちいさな決まりだった。決まりをひとつ守ったので、私の玉子焼きは、半分に切ったまま、おいしかった。

ベンチを離れる

食べ終わって、お弁当の蓋を閉めて、二人でベンチから立ち上がった。立ち上がるとき、ミユのスカートの裾に、ベンチの板の、細い木屑が、一本、貼りついていた。

「ミユ、ついてる」と私が言って、ミユは「え」と振り返って、自分でスカートを払った。木屑は払い落とされて、ベンチの足元の、土の上に落ちた。

私たちは、教室のほうへ、ゆっくり歩き始めた。歩きながら、ミユは、何でもない話をした。明日の数学のテスト範囲のこと、購買の新しいパンのこと、寮で隣の部屋の子が深夜に音楽を聴くこと。私は、相槌を打ちながら、聞いていた。

ミユの話は、途中で、何度か、分岐の選択肢を出した。「明日のテスト、ヤマ張る? それとも、ぜんぶ広く?」とミユが聞いた。私は「広く」と答えた。ミユは「了解」と頷いて、また別の話に移った。広く、と私が答えたのは、本当に、広く、勉強するつもりだったからで、迷いはなかった。迷いがないとき、私は、即答できる。即答できる場面と、できない場面が、私の中にはあって、その違いを、私は、いつも、うまく説明できない。

五限の予鈴

教室に戻る前、廊下の窓ガラスに、自分の顔が、薄く映った。映った顔は、いつもの私の顔をしていて、お昼に何があったかは、顔には出ていなかった。出ていなくて、いい、と思った。

五限の予鈴が鳴った。ミユは「ありがと、中庭、寒くなくてよかった」と言って、自分の席のほうに歩いていった。私は「うん」と返した。返してから、自分の席に座った。

座って、教科書を出しながら、私は、お昼の中庭で、ミユのスカートから木屑を払い落とした、その動作のことを、ちらっと思い出していた。木屑は、ミユには見えていなかったので、私が言わなければ、夕方まで、ミユのスカートに貼りついたままだったはずだった。私が言ったので、土の上に落ちた。落ちた木屑は、もう誰のものでもない。誰のものでもない木屑が、私の中庭の今日に、ひとつ、増えた。

増えた、ということを、私は、少しだけ、覚えておこうと思った。「どっちでもいい」を引っ込めたこととは、たぶん、別のことだった。別のことだけれど、同じ午後に、同じベンチで、両方とも、起きた。両方とも、起きた、ということだけ、私は、いま、覚えている。

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本作はアヤのシリーズ番外編「アヤのことばのメモ」第一作の書き直し版(v2)。v1の「ミユ→母→英語の先生→ミユ→改札」の三方向均等配置を、ミユとの中庭ひとつに絞った。「削れる」のキメ語、ジョーンズ先生の I don't mind セクション、ミユの再構成セリフ「アヤが決めると安心する」、改札前の「納得は、まだ、していない」の結語を、すべて撤去。代わりに、教室の入口で「どっ」の半音だけ出して止めた、その口の中の手触り、ベンチで玉子焼きが被ったこと、ミユのスカートから木屑を払い落とした動作、を残す。「どっちでもいい」を引っ込める、というのは、内省ではなく、その日のひとつの動作の手つき、として置き直した。結尾は、五限の予鈴のあと、自席で、引っ込めた動作と木屑を払った動作を、ふたつとも、覚えておく、で閉じる。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。