「考えとく」のいくつか
アヤのことばのメモ #2——アヤのシリーズ番外編

小川アヤ、高校二年、一組。火曜の三限の倫理の、また別の週。中庭の桜は、もう、葉ばかりだった葉が、深い緑になって、それから、また少しずつ、色を抜き始めていた。

ミユの、考えとく

木曜のお昼、ミユと、また、中庭のベンチに座っていた。お弁当を、半分くらい、食べたあとだった。

「土曜、新しくできた本屋、行かない?」と、私が、誘った。駅前の、二階建ての、古本も新刊も置いている、という店のことだった。

ミユは、玉子焼きを、口に運びながら、ちょっと、考える顔をした。「考えとく」と、ミユは、言った。

「うん」と、私は、頷いた。頷いて、それから、自分のお弁当の、ブロッコリーを、箸で、つまんだ。

「考えとく」の三音は、ミユから、私に、わたされた。わたされたものを、私は、受け取って、ポケットに、しまうように、頷いた。頷いたあとで、ポケットの中の三音が、何の形をしているのか、私は、まだ、分かっていなかった。

三音の、いくつかの形

五限の英語の授業を、半分くらい、聞きながら、私は、ノートの隅で、「考えとく」の三音のことを、考えていた。考えていた、というよりは、その三音が、自分の中で、いくつかの形に、変わっていく、のを、ぼんやり、見ていた。

ミユの「考えとく」は、本当に、考えるのか。それとも、断りの、やわらかい言い方なのか。あるいは、「いま決めない」と、保留にしているだけなのか。

本当に考える、なら、土曜までに、ミユは、行くか行かないか、決めて、私に、返事をくれる。断りなら、土曜が、近づいても、ミユから、何も、来ない。来ないまま、土曜が、過ぎる。保留なら、土曜の朝に、「やっぱり、ちょっと無理」とか「行こうか」とか、どちらかに、振れる。

三つの形は、口から出た三音の中に、畳み込まれていて、私には、見分けがつかなかった。「どっちでもいい」のときと、似ていた。同じ三音の中に、ちがう中身が、いくつか、入っている。中身を、開きながら、わたすことは、できない。畳んだまま、わたすしか、ない。

夏期講習、考えとく

その晩、お母さんが、夕飯のあと、台所で、お皿を洗いながら、私に、「夏期講習、どうする」と、聞いた。

「考えとく」と、私は、答えた。答えて、すぐに、「考えとく」と、自分が言ったことに、気づいた。

気づいたあとで、私は、本当に、考え始めた。考え始めた、ということは、たぶん、私の「考えとく」は、断りでも、保留でも、なくて、本当に、考えるほうの「考えとく」だった、ということになる。なる、けれど、口から出たときには、どの「考えとく」かは、自分でも、決まっていなかった。

夏期講習を、受けるなら、数学と英語と、もう一つ、何か。受けないなら、夏休み、図書館で、自分で、進めることになる。図書館で進めるほうが、たぶん、私には、合っている。合っているけれど、塾で、決まった時間に、決まった席に、座る、というのも、自分には、ない型だから、いったん、入ってみる、というのも、ありうる。

お母さんは、お皿を、伏せて、布巾で、手を、拭いた。「考えとく、ね」と、お母さんは、繰り返した。繰り返したあとに、お母さんは、台所の電気を、半分、消した。お母さんの「考えとく、ね」は、私の「考えとく」を、念押し、するためでも、信じる、ためでも、なかった。ただ、私の三音を、もう一度、空気の中に、置き直した、という感じだった。

先生に、考えてみます

金曜の朝、職員室の前を、通った。鈴木先生が、ちょうど、廊下に、出てきていた。火曜の三限の、倫理の、先生だった。

「小川さん、進路、考えてみてね」と、先生は、廊下で、言った。前の週の、進路希望調査の、紙のことだった。私は、白紙のまま、出していた。

「はい、考えてみます」と、私は、答えた。お辞儀をして、教室に、向かった。

歩きながら、「考えてみます」の、五音のことを、口の中で、もう一度、なぞった。「考えとく」と、「考えてみます」は、たぶん、ちがう三音と、五音だった。「考えてみます」のほうが、丁寧で、儀礼的で、相手に、ちゃんと届く形を、している。届く形をしている、ということは、その分、中身が、薄くても、形だけで、成立してしまう、ということだった。

私の「考えてみます」が、薄かったか、濃かったか、自分では、分からなかった。先生に、お辞儀した瞬間、中身を、ちゃんと量らないまま、五音だけが、出ていった。五音は、儀礼として、正しく、機能した。機能した、ということは、先生には、届いた、ということだった。届いた中身が、私の中の、本当に考える「考えてみます」と、合っていたか、合っていなかったか、まだ、確かめていない。

I'll think about it と、Maybe later

その日の英語の授業のあと、辞書を、引いた。「考えとく」を、英語にしたら、どうなるか、というのを、自分で、調べてみたかった。

I'll think about it。直訳すれば、「私は、それについて、考えるつもり」。I'll consider it。「考慮します」。Let me think。「考えさせて」。Maybe later。「たぶん、また今度」。

I'll think about itは、約束に、近い、と思った。「考える」と、自分が、宣言している。宣言したからには、考えないと、嘘になる。だから、英語でI'll think about itと返したあと、本当に考えない人は、たぶん、約束を破った人として、相手に、薄く、登録される。

Maybe laterは、断りに、近い。「たぶん、また今度」と、訳されるけれど、「また今度」は、日本語でも、しばしば、来ない。来ない「また今度」を、お互い、知っていながら、それでも、その三音、四音を、わたし合う。わたし合うことで、断りが、やわらかくなる。やわらかくなった断りは、傷を、薄く、する。

「考えとく」の三音は、I'll think about itMaybe laterの、両方を、一語で、運んでいる、と思った。約束の方向と、断りの方向の、両方。聞いた相手は、その三音の中で、どっちが、強いのか、温度を、推し量る。推し量って、外したら、約束だと思っていたのに、来なかった、とか、断りだと思っていたのに、本当に考えてくれていた、とか、ずれが、あとで、出る。

英語にしたら、たぶん、選ばないと、いけない。I'll think about itと、Maybe laterのどちらか、口から出る前に、選ぶ。日本語の「考えとく」は、選ばないまま、出せる。出せる、ということが、ありがたい場面と、困る場面と、両方、ある。

土曜の、朝

土曜の朝、ミユから、メッセージが、来た。「考えてたんだけど、今日、ちょっと、家のことあって、行けない。ごめん、また誘って」。

「うん、また誘うね」と、私は、返した。返したあとで、画面を、しばらく、見ていた。

ミユの「考えとく」は、結果から見れば、断りに、近かった。けれど、「考えてたんだけど」と、ミユは、書いてくれた。「考えてた」という四文字を、書いてくれた、ということは、ミユは、本当に、二日間、ちょっとは、考えてくれた、のかもしれない。考えたあとで、家のことが、入って、行けない、になった、のかもしれない。

かもしれない、を、私は、確かめない。確かめないまま、「また誘うね」と、返した。「また誘う」のは、私が、ミユを、責めない、という、私のほうの、薄い、表明だった。

ミユの「考えとく」を、断り、と決めつけて、もう誘わない、というのも、できた。けれど、それをすると、ミユの中の、本当に考えてくれた、かもしれない部分を、私が、ゼロに、してしまう。ゼロにするのは、ちがう、と、私は、思った。本当に考えてくれた、かもしれない、を、残したまま、また誘う。残った部分は、削れない、と、私は、思っている。思っているだけで、まだ、確かめていない。

夏期講習、もう一度

日曜の夕方、私は、お母さんに、「夏期講習、申し込まないことにする」と、言った。図書館で、進める、と、言った。

お母さんは、新聞から、顔を上げて、「分かった」と、言った。「考えたんだ」と、続けた。

「考えた」と、私は、答えた。本当に、二日間、考えていた。授業の合間にも、駅のホームでも、お風呂の中でも、ちょっとずつ、考えていた。考えた結果、申し込まない、になった。

お母さんは、「考えとく、って、ちゃんと、考えるんだね」と、笑った。笑って、新聞を、もう一度、開いた。

私は、ちょっと、嬉しかった。「考えとく」と言ったあと、本当に考えた、ということが、お母さんに、伝わっていた。伝わったのは、結論ではなくて、二日間、考えていた、という時間のほうだった。時間が、伝わると、結論が、申し込まない、であっても、「考えとく」は、断りでは、なかった、ということになる。なる、と、私は、思った。

けれど、たぶん、いつも、こうではない。私の「考えとく」が、いつも、本当に考える「考えとく」だとは、限らない。今度、ちがう「考えとく」を、口から出すとき、そのちがう温度を、自分で、ちらっと、見る、ということを、私は、しないといけない。しないまま、出すと、相手の中で、ずれが、薄く、積もる。積もったずれは、結果には、出ない。出ないまま、関係の、底の方で、削れる。削れるのを、私は、選びたくない。

ミユに、もう一度

月曜の昼休み、ミユと、中庭のベンチに、座った。「土曜、ありがとうね、また誘うね」と、私は、もう一度、口で、言った。

ミユは、ちょっと、笑った。「アヤ、考えとく、って、私が言ったあと、何回くらい、考えた?」

「私? 私は、考えてないよ。考えるのは、ミユのほうでしょ」

「アヤは、私の考えとく、を、考えてた、でしょ」

私は、ちょっと、黙った。考えていた。たしかに、考えていた。ミユの三音が、どの形なのか、二日間、ちらっと、ちらっと、考えていた。

「考えてた、かも」と、私は、言った。

「アヤ、たぶん、私の言葉、私より、長く、持ってる」

「持ってる」

「私が、口から出して、忘れたあとも、アヤの中で、まだ、立ち上がってる」

立ち上がっている、というのは、私には、心当たりがあった。「どっちでもいい」も、「考えとく」も、私の中では、口から出たあとで、しばらく、立っていた。立ったまま、私の周りを、ちょっとずつ、動かしていた。

「ごめんね、長く、持っちゃって」と、私は、言った。

「謝ることじゃないよ」と、ミユは、言った。「アヤが、長く持ってくれるから、私、雑に、しゃべれる」

雑に、しゃべれる、というのは、たぶん、ミユの方の、安心の、置き方、なのかもしれなかった。私が、長く持つ、ということが、ミユの、雑な、三音を、許している。許す、というか、受け取って、しまっておく、ということを、私は、勝手に、している。していることが、ミユには、伝わっている。伝わっているなら、それは、それで、いい、と、私は、思った。思った、けれど、まだ、確かめていない。

改札の前で、もう一度

放課後、駅の改札の前で、ミユは、右に、私は、左に、別れた。「お疲れ」「お疲れ」と、いつもの言葉を、交わした。

歩きながら、私は、「考えとく」の三音のことを、もう一度、なぞった。本当に考える、断りの婉曲、保留の意味、儀礼の応答、自分への先送り。同じ三音に、いくつかの、ちがう中身。「どっちでもいい」のときと、似ている。似ているけれど、ちがうのは、「考えとく」のほうは、時間が、入っている、ということだった。「考えとく」と言ったあと、その三音は、二日間、三日間、私と相手のあいだに、ぶら下がる。ぶら下がっている時間に、考えるのか、忘れるのか、振れるのか、決まる。

時間が、入っている言葉を、雑に、出すのは、たぶん、相手の時間も、雑に、扱うことに、なる。私は、それを、したくない。したくないから、私の「考えとく」は、できれば、本当に考える「考えとく」にしたい。できなかったときは、できなかった、と、あとで、ちゃんと、添える。添えるための言葉を、私は、まだ、十分には、持っていない。持っていない、ということは、これから、持っていく、ということだった。

家の最寄りの駅で、降りて、住宅街を、歩いた。風が、葉を、揺らしていた。葉は、もう、深い緑からは、ちょっとだけ、外れ始めていた。納得は、まだ、していない。していないまま、玄関に、着いた。

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本作はアヤのシリーズ番外編「アヤのことばのメモ」第二作。木曜のお昼、ミユを土曜の本屋に誘って「考えとく」と返ってきたところから始まる。同じ三音のなかに、本当に考える、断りの婉曲、保留、儀礼の応答、自分への先送り、いくつかの中身が、畳み込まれている。アヤは、夏期講習をめぐる母との「考えとく」、進路をめぐる先生への「考えてみます」、英語のI'll think about itMaybe laterの温度差、土曜の朝のミユからの返信、月曜のミユとのやりとり、を順に、なぞる。「どっちでもいい」と似ているのは、同じ短い音の中に、いくつかの中身が畳まれていること。ちがうのは、「考えとく」のほうには、時間が、入っていること。義務論者のアヤは、相手の三音を、相手より長く、持ってしまう。納得は、まだ、していない。(本作は第一稿。批判ページと第二稿あり。)

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。