移動教室。物理室から美術室まで、廊下、五分。窓の外で、雨が、まだ降っている。
スリッパの底が、リノリウムに、こす、こす、と当たる。左にリン、右にミナ、後ろにリオ。
「雨、続くね」とミナ。
「うん」
「冬の雨、長いって、母が言ってた」とリン。
「冬の雨」とリオがおうむ返しに言った。
廊下の窓から、雨の音が、薄く、続いていた。
「ミナ、雨の日、なにしてる?」
「家で餃子、包んでる」
「雨でも?」
「雨でも、晴れでも、変わんない」とミナ。「家にいる日は、餃子」
「すごい」
「すごい、こと、ない。家にいる日が、たまたま、雨が多い、っていうだけ」
ミナはちょっと笑った。
「リオは?」
「母と、デンマークの古い映画」
「映画」
「母が好きで。雨の日は、特に」
「字幕?」とミナ。
「うん。母は、字幕、読むの、ちょっと苦手で」
「教えるの?」
「うん。雨の日の、宿題」
「宿題」とミナが笑った。
「リンは?」
「祖父母と、ビデオ通話」
「北京の?」
「うん。雨だと、特に、長い」
「なんで」
「外に出れないらしい、北京の祖父母も。家にいる時間が、合う」
「あー」
「祖父が、テレビの音、大きすぎるとか言って、祖母に怒られてるのを、画面の向こうで、聞く」
「祖母の声、聞こえる?」
「聞こえる。雑音みたいに」
「ハナは?」
「うちは、母とお茶を入れる」
「お茶?」
「中国のお茶。湯気が、窓に、薄く、つく」
「あー」
「母が、ふっと、北京の話、するときがある」
「雨の日?」
「雨の日が、多いかな。たぶん」
「いいねー、それ」とミナ。
スリッパの音が、まだ続いている。
廊下の窓の外で、雨は、まだ、降っていた。
「いいね、それぞれ」とミナ。
「いいねー」とリオ。
「いいねー」とリン。
わたしも「いいねー」と返した。
四つの「いいねー」が、廊下に、薄く、揃った。
戸の前で、ふっと、四つの雨の日が、頭の中で、薄く、並んだ。
ミナの台所には、餃子の皮。手が、淡々と動いている。リオの居間には、デンマーク語の字幕。母が、母国語じゃない言葉を、ゆっくり読む横顔。リンの画面の向こうには、北京の祖父母のリビング。雑音みたいな祖母の声。わたしの家の窓には、湯気で、ちょっとくもった、お茶のうつわ。母が、ふっと、北京を話す。
四つの絵。雨が、ぜんぶに、降っている。
美術室の戸が開いた。それぞれ、別の席に、散っていった。
窓の外で、雨は、まだ、降っていた。
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本作は山田花・移動教室の雑談シリーズ #3。物理室から美術室までの廊下で、雨の日の過ごし方の話になる。ミナは雨でも晴れでも家で餃子を包んでいる。リオは母とデンマークの古い映画(母は字幕を読むのが苦手で、雨の日の宿題)。リンは北京の祖父母とビデオ通話(雨だと特に長い、祖父がテレビの音で祖母に怒られているのを画面越しに聞く)。花は母と中国のお茶を入れる、母がふっと北京の話をする。雑談 #1 #2 の「家庭文化の並列カタログ」から離れ、各人の「雨の日の過ごし方」の癖に焦点を当てた。中国系の共鳴は背景に薄く残す。「いいねー」のかたちは保つ。戸の前で、四つの雨の日が並ぶ。雨が、ぜんぶに、降っている。花のシリアス系(花のノート)と同一人物。