ソノダマリ・ヨコヤマサトシ
#12で、中国政府が「大洋怪重」(大げさ・洋風・奇怪・重複)の四基準で楼盤名を一斉取り締まった話を紹介した。「マンハッタン」が「マンハ屯」に改名させられた、あの事件だ。
ふと思った。もしあの六部委が日本に来て、同じ基準で日本のマンションポエムを裁いたら、何が引っかかるのだろう?
これは思考実験だ。日本にそんな規制が来ることはまずないだろう。しかし他国の基準というレンズで自国を見ると、普段は見えないものが浮かび上がる。やってみよう。
中国での規制対象:「宇宙」「天下」「万国」「世界」など、実態を著しく超えた誇大な名称
さすがに「宇宙マンション」は日本にもない。しかし#2で紹介した「世界征服系」はどうか。
「都心を、わが手中に。」
都心を「手中に収める」。これは「天下」を取るのと何が違うのか。六部委の基準に照らせば、一介のマンション住民が都心を「手中に収める」のは誇大表現ではないか——という議論は成り立つ。
また、物件名としての "NAGOYA the TOWER"(#5)。定冠詞 "the" は「唯一の」を含意する。名古屋にはタワーマンションが他にもあるのに「THE タワー」を名乗るのは、中国基準では「大」に抵触する可能性がある。
六部委判定:「手中に収める」系=要注意。「THE ○○」=唯一でないなら「大」に抵触。ただし日本の「世界征服系」は物件名ではなくキャッチコピーなので、命名規制の対象外か。
中国での規制対象:「マンハッタン」「ウィーン」「シャンゼリゼ」など外国地名の流用。「崇洋媚外」(外国崇拝)に該当するもの
これは全滅する。
#7でマークと検証した日本のマンションブランド名を、六部委に提出してみよう。
| ブランド名 | 言語 | 六部委判定 |
|---|---|---|
| プラウド(Proud) | 英語 | 洋:崇洋媚外 |
| ブリリア(Brillia) | 造語(英語風) | 洋+怪:存在しない外国語 |
| パークコート(Park Court) | 英語 | 洋:崇洋媚外 |
| グランドメゾン(Grand Maison) | 英仏混成 | 洋:崇洋媚外 |
| シエリア(Cielia) | 造語(仏語風) | 洋+怪:存在しない外国語 |
| ライオンズマンション | 英語 | 洋:崇洋媚外(+「マンション」自体が和製英語) |
日本の主要マンションブランドは全滅だ。プラウド、ブリリア、パークコート、グランドメゾン、シエリア、ライオンズマンション——すべてが外国語由来。六部委基準では「崇洋媚外」に一網打尽にされる。
そもそも「マンション」という語自体が和製英語なのだから、日本のマンション文化は根本から「洋」に染まっている。中国の「マンハッタン→マンハ屯」の改名が衝撃的だったのは、日本が一度もこの問いを突きつけられたことがないからだ。
もし六部委が来たら、「プラウド覚王山」は「誇覚王山」に、「グランドメゾン東山」は「大邸東山」に改名させられるかもしれない。
……「誇覚王山」。漢字にしてみると、案外悪くない。「邸位継承」(#5)に通じる名古屋ポエムの造語力を感じる。
中国での規制対象:意味不明の数字や記号、理解しがたい名称
名古屋のマンションポエムで見た造語たち(#5)を差し出してみよう。
日本のマンションポエムの造語は、漢字の組み合わせとしては比較的透明なものが多い。中国の「怪」基準は主に「99大厦」「加州1886」のような無意味な数字を標的にしているので、日本の漢字造語は意外と生き残れるかもしれない。ただし「邸位継承」は封建色彩で引っかかる。
中国での規制対象:同一地域に同名の物件が乱立
これは痛い。
「プラウド」は野村不動産のブランドとして、全国で数百件の物件に使われている。「ブリリア」も「パークコート」も同様だ。#12で見た台湾の「帝寶」が全国50件でコピーされて問題視されたが、日本の「プラウド」はそれを遥かに超える重複数だ。
ただし、日本のブランドシステムは「ブランド名+地名」の組み合わせ(「プラウド覚王山」「プラウド南麻布」)で個別性を担保している。同じ「プラウド」でも後ろの地名が違えば別物件として識別できる。これは中国の「重」基準が想定する「同一地域に同名が乱立」とはやや異なる。
六部委判定:ブランド+地名の日本方式は、中国基準の「重」にはギリギリ抵触しない。ただし「プラウド」だけで数百件は、世界的に見れば異常な重複率ではある。
中国で明確に禁止されたのは「皇帝、皇庭、御府、帝都、王府、相府、官邸、公馆」だった。日本のマンションポエムで「帝」「皇」を使う物件はまずないので、ここは問題ない。
しかし「邸」はどうか。日本のマンションポエムの頻出語であり、#1の「森→杜、家→邸」の異化技法の核心だ。中国基準の「官邸」は禁止だが、「邸」単体は禁止リストにない。「邸」はセーフ。
「殿」「館」「苑」も日本では物件名に使われることがあるが、中国の禁止リストには入っていない。日本のマンションポエムは、権力を「暗示」するが「宣言」はしない——#3の結論が、ここでも効いている。暗示レベルの語彙は、六部委の網をすり抜ける。
| 基準 | 日本での該当 | 被害規模 |
|---|---|---|
| 大(大げさ) | 「世界征服系」コピー、THE ○○ | 中程度(コピーは命名と別扱いの可能性) |
| 洋(洋風) | プラウド、ブリリア、パークコート、グランドメゾン… | 壊滅的(主要ブランド全滅) |
| 怪(奇怪) | 「四方天空」「邸位継承」等の造語 | 限定的(漢字造語は比較的透明) |
| 重(重複) | 「プラウド」数百件、「ブリリア」多数 | ブランド+地名方式でギリギリ回避 |
結論:日本のマンションポエムが最も脆弱なのは「洋」の基準だ。主要ブランド名がすべて外国語由来であるという構造は、中国基準では致命的に映る。
しかし逆に言えば、これは日本のマンション文化の本質を照射している。#7でマークが指摘した「和製英語の空っぽさは武器」、#9の「蒸発の原理」——日本のマンションブランドは、外国語の音を借りて意味を蒸発させることで成立している。六部委はその「蒸発」を許さない。蒸発を許す社会と、蒸発を取り締まる社会——不動産ポエムの差異は、言葉の自由度の差異でもあるのだ。
本稿は思考実験であり、日本への規制適用を主張するものではありません。中国の「大洋怪重」整治については#12を参照。