キリシマミサキ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)
メールポエム3部作を書き終えて、すっきりした。ビジネスメールのポエム構造を解剖し、消してみて大惨事になり、退職メールでポエムの必要不可欠性を確認した。
ところが先日、友人の結婚式の招待状を受け取って、手が止まった。
句読点がない。
「このたび 私たちは 結婚式を挙げることとなりました」——読点の代わりにスペース。句点なし。文章としておかしい。しかし結婚式の招待状としては正しい。ビジネスメールの「平素よりお世話になっております」どころの話ではなかった。ポエマイゼーションが、文法そのものを書き換えている。
結婚式の招待状には句読点を打たない。これは日本の慶事の文書に広く共有されたルールだ。
句読点あり(普通の日本語)
このたび、私たちは結婚式を挙げることとなりました。つきましては、ご多忙中誠に恐縮ではございますが、ぜひご出席賜りたく、ご案内申し上げます。
句読点なし(結婚式の招待状)
このたび 私たちは 結婚式を挙げることとなりました
つきましては ご多忙中誠に恐縮ではございますが ぜひご出席賜りたく ご案内申し上げます
なぜ消すのか。「句読点は区切りを意味する。区切りは終わりを連想させる。終わりは縁起が悪い」。だから消す。
ソノダのポエマイゼーションの用語で言えば、これは消去だ。都合の悪いものを意図的に消す。マンションポエムでは隣のビルの写真を消す。SaaSの導入事例では解約した企業を消す。結婚式の招待状では、「終わり」を連想させる句読点そのものを消す。
しかし、マンションポエムの消去とは次元が違う。マンションポエムが消すのは「不都合な事実」だ。結婚式の招待状が消すのは「文法記号」だ。事実の消去ではない。文法の消去。ポエマイゼーションが言語のインフラ層にまで到達している。
ビジネスメールで私がやっていた消去は「急いでほしい」という本音を消すことだった。退職メールでは「給料が安い」という理由を消した。どちらも意味の消去だ。結婚式の招待状は、意味ではなく記号そのものを消す。「。」と「、」という、日本語の最も基本的な構成要素を。
句読点の消去だけではない。結婚式の招待状には忌み言葉という禁止語リストがある。
| カテゴリ | 禁止語 | 連想される不吉 |
|---|---|---|
| 別離 | 切る 別れる 離れる 去る 帰る | 離婚 |
| 終了 | 終わる 最後 果てる 絶える 消える | 関係の終了 |
| 繰り返し | 再び また 繰り返す 重ねて 戻る | 再婚(=一度失敗した) |
| 不幸 | 死ぬ 病む 苦しむ 痛い 壊れる | 不幸全般 |
| 不安定 | 浅い 冷える 褪せる 飽きる 忙しい | 関係の劣化 |
これは異常なことだ。
マンションポエムには「使ってはいけない言葉」のリストはない。コピーライターは自由に書ける。「上質がそびえる」でも「暮らしが薫る」でも何でもいい。SaaSのLPにも禁止語はない。「DXを加速する」でも「イノベーションを創出する」でも好きに書ける。高校パンフレットにも「この言葉は使うな」という明文化されたリストはない。
結婚式の招待状だけが、明示的な消去リストを持っている。ソノダが分析した50本の記事で扱った全領域を通じて、「この言葉を使ってはいけない」というブラックリストが社会的に共有されているのは、結婚式だけだ。
しかも「忙しい」が禁止語だ。ビジネスメールでは「お忙しいところ恐れ入りますが」が必須ポエムだった。結婚式の招待状では「忙」は「心を亡くす」と読めるから使えない。ビジネスメールの必須ポエムが、結婚式の禁止ポエムになる。ポエムの世界にも、領域ごとのローカルルールがある。
退職メールで分析した「こととなりました」の構造が、ここにもある。
退職メール:退職することとなりました
結婚式招待状:結婚式を挙げることとなりました
どちらも自分で決めたことだ。退職も結婚も、意志による決断だ。しかしどちらも「こととなりました」と書く。自分の意志が蒸発して、あたかも自然現象のように書く。台風が来たかのように。「そうなりました」。
退職メールの場合、意志を見せると理由を問われるからだった。「辞めると決めました」と書くと「なぜ?」と追及される。「こととなりました」と書けば追及をかわせる。
結婚式の招待状の場合、理由は違う。「結婚します」と書いても追及はされない。ここで意志を蒸発させるのは、謙虚さの演出だ。「私たちが決めました」ではなく「そういう運びになりました」。まるで天の采配のように。運命がそう導いたかのように。
同じ「こととなりました」が、退職メールでは防御のために使われ、結婚式の招待状では美化のために使われる。文法は同じ。機能が違う。消去の操作は同じだが、消す対象が「不満」か「自己主張」かで意味が変わる。
結婚式のポエムは、招待状を受け取った側にも感染する。返信はがきだ。
返信はがきの「御」消しルール
ここで「寿」消しという技法がある。二重線の代わりに、「御」の字の上に「寿」と書いて消すのだ。消去ではなく、上書き。不要な文字を祝い言葉で塗りつぶす。
これを考えていて、気がついた。
「御」を消す行為そのものがポエムだ。
「御出席」の「御」は、招待状の差出人が受取人に対して使った敬称だ。受取人が返信するとき、自分に対する敬称を消す。「私に『御』は不要です」という謙譲の表明。これは意味のある行為なのか。もちろんない。「御」を消さなくても郵便局は届けてくれる。出席の意思は伝わる。
しかし消す。全員が消す。消さないと「マナーを知らない人」になる。消去という行為が儀式になっている。ビジネスメールの「平素よりお世話になっております」を書かないと失礼になるのと同じだ。ポエムを書かないことがメッセージになる。「御」を消さないことがメッセージになる。
退職メールの返信が「ポエムの交換儀式」だったように、結婚式の返信はがきもポエムの交換儀式だ。ただし退職メールの儀式は言葉を「書く」ことで成立する。結婚式の儀式は文字を「消す」ことで成立する。書くポエムと消すポエム。
メールポエム3部作で分析した消去と、結婚式の消去を並べてみる。
| 消去の対象 | 消去の方法 | 消去のルール | |
|---|---|---|---|
| ビジネスメール | 不満・本音 | 変装・敬語 | 暗黙のマナー |
| 退職メール | 退職理由 | 「一身上の都合」 | 暗黙の慣習 |
| 結婚式(語彙) | 忌み言葉 | 禁止語リスト | 明文化されたルール |
| 結婚式(文法) | 句読点 | スペースに置換 | 明文化されたルール |
| 結婚式(返信) | 「御」の文字 | 二重線 or 寿消し | 明文化されたルール |
パターンが見える。ビジネスメールと退職メールの消去は「暗黙」のルールだ。誰もマニュアルには書かない。空気で覚える。先輩の真似をする。結婚式の消去は明文化されている。「結婚式 招待状 マナー」で検索すれば、禁止語リストが何百件もヒットする。冠婚葬祭のマナー本に載っている。ウェブサイトに一覧表がある。
消去が制度化されている。これが結婚式のポエムの特異性だ。
ビジネスメールでは「急いでほしい」を消すかどうかは個人の判断だ。消さない人もいる(そして「あの人は直接的だ」と言われる)。退職メールでは「一身上の都合」を使わない人もいる(そして「あの人は正直すぎる」と言われる)。結婚式では選択の余地がない。句読点を打ったら「マナーを知らない人」。忌み言葉を使ったら「非常識な人」。消去が義務なのだ。
忌み言葉リストの中でも特に面白いのは、重ね言葉の禁止だ。
結婚式で使えない重ね言葉
理由は「繰り返し」が「再婚」を連想させるから。つまり「結婚が繰り返される=一度離婚する」という連想の連鎖。「たびたび」と書いたら「結婚がたびたびある」と読める——読めない。誰もそんな連想をしない。しかし「念のため」消す。
ここで面白いことに気づいた。退職メールの頻出ポエムに「ますますのご活躍をお祈り申し上げます」がある。出現率90%と前回書いた。しかし「ますます」は結婚式の忌み言葉だ。退職メールの必須ポエムが、結婚式では禁止ポエムになる。
「お忙しいところ」がビジネスメールでは必須で結婚式では禁止(「忙」の字が不吉)。「ますますのご活躍を」が退職メールでは定番で結婚式では禁止(重ね言葉)。ポエムの世界には、領域ごとに正反対のルールが共存している。同じ日本語を使いながら、文脈によって許可と禁止が反転する。
招待状のポエム制約は、披露宴のスピーチにも感染する。
友人代表のスピーチ。上司の祝辞。乾杯の挨拶。全部に忌み言葉ルールが適用される。しかも口頭で。書き言葉なら検索して確認できる。スピーチでは、リアルタイムで禁止語を避けながら話さなければならない。
スピーチで言い換えを強制される例
「ケーキを切る」が言えない。ケーキ入刀の場面で「切る」と言えない。事実を述べることが禁止されている。事実の消去がリアルタイムで要求される。
これはソノダの言う消去とは質的に違う。マンションポエムの消去は、チラシの制作段階で行われる。コピーライターがデスクで「隣のビルの写真は使わない」と判断する。時間がある。推敲できる。結婚式のスピーチでは、話しながらリアルタイムで消去する。頭の中に禁止語リストを常駐させて、出力をフィルタリングしながら話す。CPUの負荷が違う。
秘書として何百通もビジネスメールを書いてきた私でも、結婚式のスピーチは緊張する。ビジネスメールのポエムは「書く」から修正できる。送信前に見直せる。スピーチは「話す」から取り消せない。ポエムの制約がリアルタイムに適用される、最もハードモードなポエマイゼーションだ。
ここまで見てきた結婚式のポエム制約を俯瞰する。
結婚式のポエム制約一覧
6層すべてにポエムの制約がかかっている。文法も語彙も形態素も敬語も文字も口頭も。言語のあらゆる層に消去が侵入している。
ビジネスメールのポエマイゼーションは主に語彙と敬語の2層で動いていた。退職メールはそこに「一身上の都合」という語彙消去が加わって3層。結婚式は6層。ポエマイゼーションの密度が桁違いだ。
| 場面 | ポエム層の数 | ルールの性質 | 違反の代償 |
|---|---|---|---|
| ビジネスメール | 2層 | 暗黙 | 「冷たい人」 |
| 退職メール | 3層 | 暗黙 | 「社会人として終わった人」 |
| 結婚式招待状 | 6層 | 明文化 | 「非常識な人」 |
ポエム濃度の法則を思い出す。「ポエム濃度は、次の接触機会の期待値に反比例する」と書いた。退職メールは「二度と会わない」からポエム最大。
結婚式はどうか。退職と違って「二度と会わない」ではない。むしろ「これからずっと一緒にいる」宣言だ。それなのにポエム濃度が退職メールを超える。退職メールの法則では説明できない。
結婚式のポエム濃度が最大になる理由は別にある。「一生に一度」だからだ。退職は何回でもできる。転職のたびに退職メールを書ける。結婚式は(建前上)一度きり。一度きりだから、ポエムの制約が最大化する。重ね言葉を禁止するのも「一度きり」への執着だ。「繰り返す」を消すことで「これは一度きりだ」と宣言している。
ポエムフリー宣言のノリが抜けない。やってみたい。結婚式の招待状からポエムを全部消したら、何が残るか。
ポエムフリー結婚式招待状
タナカとスズキです。結婚します。
式は4月12日(土)11時、ホテルオークラ東京です。
来てください。
来られない人は3月20日までに言ってください。
以上。
……4行で済んだ。
もう少し事実を盛ってみよう。
完全事実版・結婚式招待状
タナカタロウとスズキハナコです。付き合って3年で結婚することにしました。
理由:そろそろいい歳だし、親がうるさいし、結婚したら家賃が半分になるし。
式:4月12日(土)11時。ホテルオークラ東京。
料理:フレンチのコース。ご祝儀3万円で元は取れると思います。
来る場合:同封のはがきに名前を書いて返送してください。「御」とか消さなくていいです。
来ない場合:その旨ご連絡ください。別に怒りません。
以上。終わり。
「終わり」と書いてしまった。忌み言葉だ。しかしポエムフリーの世界なので問題ない。
読んでみて思う。これは誠実だ。嘘がない。ポエムがない。しかし送れない。絶対に送れない。退職メールのポエムフリー版は「社会人として終わった人」で済んだ。結婚式の招待状のポエムフリー版は「人間として終わった人」になる。
「ご祝儀3万円で元は取れる」——事実かもしれない。しかし事実を書いたら関係が壊れる。「親がうるさいし」——本音かもしれない。しかし本音を書いたら、この招待状を読んだ親が泣く。
退職メールでは「事実の角が人を傷つける」と書いた。結婚式の招待状では、事実の角がさらに鋭い。なぜなら結婚式は祝いの場だからだ。祝いの場で事実を突きつけるのは、誕生日パーティーで「あなた老けたね」と言うようなものだ。場の空気を壊す。空気を壊すどころか、場そのものを破壊する。
メールポエム3部作で、私はポエマイゼーションの6つの操作のうち特に「消去」に注目してきた。ビジネスメールでは本音を消した。退職メールでは理由を消した。
結婚式の招待状は、消去の究極形だ。
本音を消す(ビジネスメール)
理由を消す(退職メール)
句読点を消す(結婚式)
言葉そのものを消す(忌み言葉)
文字を消す(返信はがきの「御」)
消去は意味の層から文法の層へ、文法の層から文字の層へ、
どこまでも深く侵入する。
ソノダがポエマイゼーションで定義した「消去」は、「都合の悪いものを意図的に消す」だった。結婚式の招待状はその定義を拡張する。「不吉なものを、言語のあらゆる層から、制度的に消す」。マンションポエムの消去が「写真から隣のビルを消す」なら、結婚式の消去は「日本語から句読点を消す」だ。
3部作のまとめで私は「ポエムは嘘ではない。緩衝材だ」と書いた。結婚式のポエムはさらに先を行く。ポエムは結界だ。句読点を消し、忌み言葉を消し、重ね言葉を消し、「御」を「寿」で上書きし——あらゆる不吉を言語の力で排除する。その結界の中でだけ、「永遠の愛」が成立する。結界の外には、離婚率35%の現実がある。しかし招待状は結界の中の文書だ。
秘書として数万通のメールを書いてきた。そのどれよりも、結婚式の招待状のポエム密度は高い。そしてそのどれよりも、ポエムの必要性が切実だ。「平素よりお世話になっております」がなくても仕事は回る。「一身上の都合」がなくても退職はできる。しかし句読点のある結婚式の招待状は——たぶん、結婚式の招待状ではない。
ポエムが文書の本体になっている。事実(日時と場所)は添え物にすぎない。結婚式の招待状は、ポエムそのものが本文である、究極のポエム文書だ。
このたび 筆者は 本稿を書き終えることとなりました
つきましては ここまでお読みいただきましたこと
心より御礼申し上げます
——句読点 打ちませんでした
打ったら 終わってしまうので