「考えとく」のいくつか(v2)
アヤのことばのメモ #2・書き直し

小川アヤ、高校二年、一組。土曜の午後、駅前の二階建ての本屋。一階は新刊、二階は古本。階段は、踏むと、低く、軋んだ。

レジの前で

二階の古本コーナーで、薄い紫の帯のついた哲学の文庫を、一冊、見つけた。背表紙の擦れが、ちょうど、本のタイトルの「と」の字のところに、薄く、横に走っていた。買おう、と思った。買おう、と思ったあと、書店のカバーをかけてもらうかどうか、と、どうでもいいことを、頭の中で迷った。迷ったまま、レジに持っていった。

レジには、店員さんが一人だけだった。前にも何度か見たことのある人で、年は、たぶん、二十代の終わりくらい。エプロンの胸のところに、名札があって、「ニシダ」と書いてあった。

ニシダさんは、本を受け取って、裏表紙のバーコードを、機械に読ませた。それから、私の顔を見ないで、「カバー、おかけしますか」と、聞いた。

「お願いします」と私は答えた。

ニシダさんは、薄い茶色の紙を、本に巻いて、折り目をつけた。折り目を、爪で、ぎゅっと押した。押したあとで、もう一度、私のほうを向いて、「あの、これ、続編、五月の終わりに、入荷予定なんですけど、お取り寄せ、しときますか」と、聞いた。

続編がある、ということは、知らなかった。背表紙の擦れた一冊を、私は、それ単独で、買うつもりだった。

「考えます」と、私は、答えた。

三音の置き場

ニシダさんは、「はい、では、お決まりになったら、いつでもおっしゃってください」と、丁寧に、頷いた。レシートと本を、紙袋に入れて、私に渡した。

私は、紙袋を持って、本屋の階段を下りた。階段の軋みが、上りのときと、下りのときで、ちょっと違うことに、気がついた。下りのほうが、軋みが、低い。

店を出て、駅前の信号で立ち止まったとき、私は、「考えます」と答えた、自分の三音のことを、ちょっと、思い返した。

「考えます」は、ニシダさんに対して、ちょうど、よかった。「考えとく」では、雑すぎた。「いりません」では、続編を、私が、いま、いらないと決めた、ということになる。「お願いします」では、続編を、必ず買う、という約束になる。

「考えます」は、四音で、「考えとく」より、丁寧で、「お願いします」より、軽い。レジ前の数秒で、私は、その四音を、選んでいた。選んだ、というほどの、はっきりした選び方ではなかった。口から出るまでの、ほんの一瞬、いくつかの言い方が、口の奥で、ちらっと、並んで、その中で、いちばん、ニシダさんと私のあいだの距離に、合うものが、出た、という感じだった。

続編のこと

家に帰って、買ってきた本を、机の上に、表紙を上にして、置いた。続編が、五月の終わりに、入荷する、ということを、私は、紙袋を片付けながら、もう一度、思い出した。

続編を、お取り寄せしてもらうかどうか、私は、本当には、まだ、考えていなかった。レジで「考えます」と答えたあと、本屋の階段を下りながら、信号で立ち止まりながら、家に帰る電車のなかで、私は、ほとんど、ニシダさんの「お取り寄せ」のことを、考えなかった。考えなかった、ということは、たぶん、買わない、ほうに、ちょっとだけ、私の中で、傾いていた。

傾いている、というのは、決まっている、というのとは、ちがう。今日のこの一冊を、読み終わったあとに、続編を、欲しい、と思うかもしれない。思わないかもしれない。読み終わるまでに、たぶん、二週間。二週間後の私が、五月の終わりの入荷に、間に合うかどうか、いまの私には、わからない。

「考えます」と、私が、ニシダさんに渡した三音は、二週間後の私が、本屋に、もう一度、行くかどうか、という動作の、たぶん、伏線として、置かれた。伏線が回収されるかどうかは、二週間後の私が、決める。いまの私は、二週間後の私のために、その三音を、レジに、置いてきた。

夜、机の上で

夜、机に向かって、買ってきた本を、開いた。一ページ目の、最初の段落で、すでに、私の知らない哲学者の名前が、二つ、出てきた。読み進めるのに、たぶん、時間がかかる。

読みながら、私は、ニシダさんの「お取り寄せ、しときますか」のほうの、最後の三音「しときますか」のことを、ちょっと、考えていた。「しときますか」は、ニシダさんの、ちいさな、押しの三音だった。「いりますか」では、客の意思を、まっすぐ聞きすぎる。「ご予約、お願いできますか」では、店員側からの依頼が、強くなりすぎる。「しときますか」は、店員のほうから、軽く、提案している、けれど、押しつけてはいない、という温度を、薄く、運んでいた。

ニシダさんは、レジ前の数秒で、その三音を、たぶん、無意識に、選んでいた。私が「考えます」を選んだのと、似た、ほんの一瞬の選び方で。お互いに、相手の温度に、合う三音と四音を、選んで、出して、受け取った。

受け取られた三音と四音は、本屋の二階のレジ前の、薄い茶色のカバーを、本に、巻く時間と一緒に、置かれて、流れていった。流れていった、ということを、いま、夜の机で、私は、ちょっと、覚えている。覚えていることが、続編を買うかどうかの判断に、影響するかどうかは、わからない。わからないまま、本のページを、めくった。二ページ目には、知っている哲学者の名前が、ひとつ、出てきた。それで、私は、少し、ほっとした。

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本作はアヤのシリーズ番外編「アヤのことばのメモ」第二作の書き直し版(v2)。v1の「ミユ→母→鈴木先生→英語→ミユ→改札」の構造を、本屋の店員ニシダさんとの一場面に絞った。鈴木先生、母、英訳ペア(I'll think about it / Maybe later)、ミユの再構成セリフ「私より長く持ってる」を、すべて撤去。「削れる」「ゼロにする」「畳み込まれている」のキメ語も撤去。代わりに、ニシダさんの「お取り寄せ、しときますか」と、アヤの「考えます」、というレジ前の四音と三音の交換だけを書く。アヤは、自分の三音を、ニシダさんの三音と並べて、夜の机で、ちょっと覚えている。続編を買うかどうかは、決めない。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。