「やっぱり」の、ふたつ
アヤのことばのメモ #3——アヤのシリーズ番外編

小川アヤ、高校二年、一組。土曜の午後、駅前のロータリー。空は、薄く、白かった。

やっぱり、行こう

「やっぱり、行こう」と、ミユが言った。待ち合わせの噴水の前で、私のほうを見ないで、ロータリーの先の、二階建ての本屋のほうを、ちらっと指した。

本屋に行く、というのは、もともと、二週間前に決まっていた予定だった。ミユが「考えとく」と返したあと、家の用事で一度流れて、それから、もう一度、誘い直した。今日が、その日だった。

「やっぱり」と、ミユは、口の中で、言った。「やっぱり、行こう」。

三音が、ふたつ、続いた。前の三音と、後ろの三音は、たぶん、形がちがう。前の三音のほうに、ミユが、いったん、行かない方向に、ちらっと、傾いていた、ということが、入っていた。傾いていたのを、自分で、戻して、行く方向に、置き直した。置き直したから、「やっぱり」と、口に出た。

私は、頷いて、ミユの隣を、歩き始めた。

歩きながら、私は、ミユの「やっぱり」のほうを、ちょっと、考えていた。「行こう」だけ、でも、よかった。「行こう」の二音だけ、だったら、私は、ミユが、最初から、行く気だった、と、受け取った。「やっぱり」の三音が、前についたことで、ミユが、いったん、迷った、ということが、私の中に、薄く、置かれた。

置かれたものを、私は、開けない。開けない、と決めた。ミユが、何を、迷ったのか、私が、聞き出すと、ミユは、迷ったこと自体を、説明しないといけなくなる。説明しなくていい迷いを、迷ったまま、しまっておけるのが、「やっぱり」の三音の、たぶん、機能だった。

本屋まで、五分くらい、歩いた。ミユは、信号のところで、「アヤ、今日、本、何冊買う?」と、いつもの声で、聞いた。「一冊」と、私は、答えた。

お父さんに、似てる

夜、家で、お母さんが、台所のカウンターから、私の手元を、見た。私は、買ってきた本を、ダイニングのテーブルに、表紙を上にして、置いていた。表紙を、しばらく、眺めるのが、私の癖だった。

「アヤ、やっぱり、お父さんに似てるね」と、お母さんが言った。

三音が、ちがう三音だった。ミユの「やっぱり」とは、ちがう。お母さんのほうは、確認の三音だった。前から、薄く、思っていたことが、この瞬間に、輪郭になった、という三音だった。

「どこが」と、私は、聞いた。

「本、買ってきて、すぐ読まないで、表紙、見てるとこ」

お父さんも、そうしていた、らしかった。私は、お父さんが、表紙を見ていたのを、見たことが、たぶん、ない。ない、けれど、お母さんの「やっぱり」のうしろには、何年か分の、お父さんの姿が、積もっていた。積もっていたものが、私の、いまの動作と、合わさって、「やっぱり」の三音に、なった。

確認の三音は、相手の中に、すでに、答えが、半分、用意されている。用意されているところに、こちらの動作が、はまる。はまった瞬間に、口から、出る。「やっぱり」と、出た三音は、私を、お父さんの隣に、薄く、置く。置かれた私は、ちょっと、嬉しくて、ちょっと、困った。お父さんに似ている、ということを、私は、自分では、決められない。

同じ三音

お風呂のあと、自分の部屋で、机に、本を開いた。一行も、読まないまま、しばらく、ノートの隅に、「やっぱり」と、書いた。

ミユの「やっぱり、行こう」は、いったん、ちがうほうに、傾いた心を、戻す三音だった。翻意の「やっぱり」。お母さんの「やっぱり、似てるね」は、前から思っていたことが、輪郭になる三音。確認の「やっぱり」。同じ三音が、ふたつの、ちがう方向に、動く。

翻意のほうは、約束の重みに、ちょっと、ぶつかる。一度、決めたことを、戻す、ということは、私の中では、軽くは、ない。けれど、ミユの「やっぱり、行こう」は、軽くて、明るかった。ミユの中では、戻すのは、戻すだけのことだった。私の中で、戻すのが重いのは、たぶん、私のほうの、性質の話だった。

確認のほうは、誰かが、私を、誰かの隣に、置く。置かれた場所が、いやでなければ、「やっぱり」は、嬉しい三音になる。いやだったときは、たぶん、「ちがうよ」と、言い返さないといけない。言い返さないと、置かれたままに、なる。今日のお母さんの「やっぱり」は、いやでは、なかった。

英語にしたら、たぶん、after allと、I knew itに、分かれる。分かれた瞬間に、日本語の三音が、ひとつの音で、両方を運んでいた、ということが、見える。見えるけれど、ふたつに分けたほうが、必ずしも、正確、というわけでも、ない。

ノートに書いた「やっぱり」を、私は、消さなかった。消さないまま、本のページを、めくった。一行目の、最初の文字に、目が、止まった。止まった目を、そのまま、二行目に、運んだ。

→ v2:「やっぱり」の、ふたつ(書き直し)
→ 辛口レビュー:v1の問題点と改善方針
→ 次話:「ごめん」のいくつか(アヤのことばのメモ #4)
← 前話:「考えとく」のいくつか(アヤのことばのメモ #2)
← #1:どっちでもいい、と言われると
← 関連:火曜の三限、もう一度(アヤのトロッコ問題シリーズ最終話)
← 関連:トロッコ問題シリーズの種明かし
← シリーズ #1:先生、納得がいきません
← 関連:お疲れ様、を、英語で(東のことばのメモ #1・v2)
← シリーズ目次に戻る

本作はアヤのシリーズ番外編「アヤのことばのメモ」第三作。土曜の午後、駅前のロータリーで、ミユが「やっぱり、行こう」と言って予定通り本屋へ向かう。三音の前半に、ミユが一度迷った残像が、薄く、置かれている。アヤはそれを開けないまま、隣を歩く。夜、家で、お母さんが本の表紙を眺めるアヤを見て「やっぱり、お父さんに似てるね」と言う。同じ三音が、翻意の「やっぱり」と、確認の「やっぱり」に、分かれる。翻意は、いったん傾いた心を戻す動詞性。確認は、前から思っていたことが、いまの動作で、輪郭になる動詞性。義務論者のアヤにとって、戻すことは軽くないが、ミユの「やっぱり」は明るかった。英訳すればafter allI knew itに分かれるが、日本語は一音でふたつを運ぶ。ノートに書いた三音を消さないまま、本のページをめくる。(本作は第一稿。批判ページと第二稿あり。)

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。