カナのお祖母ちゃん
東と、隣の席のカナと、台湾の話——東のトロッコ問題シリーズ #3

東、高校二年、五組。月曜の三限の倫理の授業から、二日が、経った、水曜の昼休み。教室の、机を、向かい合わせに、寄せて、お弁当を、広げていた。向かいに、座っているのは、隣の席の、カナ。フルネームは、山田カナ。第1話で、廊下で、わたしに、声をかけた、あの女の子だった。あれから、お弁当を、一緒に、食べるように、なっていた。

水曜の昼休み

カナは、いつも、お弁当を、家から、持ってくる。母が、毎朝、作っているらしい。今日は、卵焼きと、唐揚げと、ブロッコリーと、プチトマトが、入っていた。わたしは、購買で、サンドイッチと、紅茶のパックを、買って、机に、戻ってきた。

「東さんは、お弁当、作ってもらわないの?」と、カナは、聞いた。

「うちのお母さん、忙しい、ってわけじゃ、ないけど、わたしが、購買で、いいかな、って」

「いいなあ、購買のサンドイッチ、わたしも、たまに、食べたい」

「カナのお弁当、おいしそうだよ」

「そう?」

「うん、卵焼き、きれい」

カナは、笑って、卵焼きを、ひとつ、わたしの、サンドイッチの、横に、置いた。

「あ、ありがとう」

「いえいえ」

こうした、何でもない、やり取りが、いつも通り、だった。火曜の夜の、ジェイコブとの、メッセージのことを、カナには、話していなかった。話す、きっかけが、なかった。話す、必要も、たぶん、なかった。

最近ね

お弁当を、半分くらい、食べたところで、カナが、ふと、箸を、置いた。

「最近ね」と、彼女は、言った。

「うん」

「お祖母ちゃんが、亡くなって」

カナの声は、平らだった。悲しんでいる、というよりは、事実を、伝えている、という感じの、声、だった。

わたしは、サンドイッチを、机に、置いた。

「いつ?」と、聞いた。

「先月。三月の、終わり頃」

「そっか」

「ううん、別に、深刻じゃないよ。お祖母ちゃん、もう、九十歳、超えてたから。家族も、心の準備、してた」

カナは、軽く、笑った。けれど、笑いの、奥に、別の何かが、あった。それを、見せている、というのとも、隠している、というのとも、違う。ただ、笑いの奥に、別の何かが、ある、という事実だけが、目に、見える、感じだった。

「ただね」と、カナは、続けた。

「うん」

「お祖母ちゃんの、話を、もう、聞けない、というのが、ふっと、来るのが、多くて」

「お祖母ちゃんの、話」

「お祖母ちゃん、台湾で、生まれた人だったの。戦前。日本が、台湾を、統治してた頃」

台湾、と、引き上げ

カナは、卵焼きを、もうひとつ、自分の、お弁当箱から、取って、口に、運んだ。それから、続けた。

「お祖母ちゃんの、お父さんが、当時、台湾で、銀行員、やってて、お祖母ちゃんは、台北で、生まれて、台北の、小学校に、行ってたの。日本の小学校。お祖父ちゃんも、たまたま、同じ小学校で、それで、戦後、結婚した、らしい」

「戦後、引き上げた、ってこと?」

「うん。お祖母ちゃんは、十四歳のときに、引き上げ船で、九州に、戻ってきた。そのあと、東京に、出てきて、ずっと、東京で、暮らした」

「九州から、東京に」

「九州は、お祖母ちゃんにとって、知らない場所だったらしい。台湾で、生まれて、育って、急に、九州に、来て、九州も、東京も、ぜんぶ、知らない場所だった、って、よく、言ってた」

カナは、そこで、少し、止まった。それから、ぽつりと、続けた。

「お祖母ちゃんは、よく、わたしに、台湾の話を、してた。台北の、街の、果物屋さんとか、夏の、暑さとか、家族で、行ったお寺の、話とか」

「うん」

「九十歳、超えても、頭は、しっかりしてて、台湾の、話だけは、はっきり、覚えてた。最近の話は、ぼんやりしてたけど、台湾の話は、ふっと、はっきり、出てきた」

「そっか」

「先月、亡くなって、今月、月曜の、トロッコ問題の話を、聞きながら、お祖母ちゃんの話を、もう、聞けない、って、ふと、思った」

並べて、いいのか

わたしは、しばらく、何も、言えなかった。

頭の中で、ふたつの場面が、勝手に、並ぼうとしていた。

ひとつは、わたしの、ニュージャージーの、ハッケンサックの、小学校。父の、仕事の、駐在で、五年間、過ごした。家族みんなで、行って、家族みんなで、戻ってきた。戻ってきたあと、ニュージャージーは、写真と、記憶と、SNSの、向こうに、残っている。けれど、わたしの、生活は、いま、東京に、ある。

もうひとつは、カナの、お祖母ちゃんの、台北。日本の、植民地時代の、台湾で、生まれて、戦争で、引き上げて、知らない、九州に、戻ってきた。戻ってきた、というのは、変な、言い方かもしれない。お祖母ちゃんにとって、九州は、戻る場所では、なかった。生まれた場所に、戻れなくなった、という、ほうが、近かった。

このふたつの場面を、わたしは、頭の中で、並べそうに、なった。

並べた、瞬間、止まった。

これは、並べていい、ものなのか、と、自分に、聞いた。

わたしの、ニュージャージーは、五年で、戻れる、駐在の、文脈だった。お祖母ちゃんの、台湾は、戦争と、植民地の、文脈だった。重さが、違う。深さが、違う。並べて、見比べる、というのは、軽さで、重さを、平らにしてしまう、ことに、なるかもしれない。

けれど、並べないで、聞く、ということも、たぶん、違う。並べないで、聞くと、カナの話は、わたしの、頭の中で、特殊で、遠い、話に、なる。それは、カナの、いまの、悲しみに、応える、ことには、ならない。

並べる、けれど、平らにしない。並べた、その上で、それぞれの、重さの、違いを、保つ。これが、できるか、自分に、聞いた。

すぐには、答えが、出なかった。

何を、応えるか

カナは、わたしが、すぐに、何も、言わなかった、ことを、責めなかった。彼女は、卵焼きを、最後の、ひとつ、口に、運んで、お弁当箱の、蓋を、閉めようとしていた。

わたしは、サンドイッチの、最後の、ひとくちを、食べてから、ペットボトルの紅茶を、ひとくち、飲んだ。

「お祖母ちゃんの、台湾の話、どんな話、よく覚えてる?」と、わたしは、聞いた。

カナは、ちょっと、驚いた、顔を、した。「聞いてくれるの?」

「うん。聞きたい、けど、もし、いま、話したくなかったら、いいよ」

「ううん、話したい、と思う。話す、きっかけが、家族の中だと、なくて、ね」

カナは、お弁当箱を、閉めて、机に、両手を、置いた。

「いちばん、よく、覚えてるのは、台北の、果物屋さんの話。お祖母ちゃんちが、果物屋さんの、すぐ近くで、お祖母ちゃんが、毎朝、果物屋さんの、おばさんに、おはよう、って、挨拶してた、らしい。マンゴーとか、龍眼とか、台湾でしか、見ないような果物が、毎朝、並んでた、って」

「マンゴー、覚えてる?」

「写真で、見たことある、くらい。お祖母ちゃんは、よく、『日本のマンゴーは、まだ、本物の、台湾のマンゴーじゃない』って、笑ってた」

「ほんとうの台湾のマンゴー」

「うん。果物屋のおばさんは、台湾語を、話してたらしいの。お祖母ちゃんは、家では、日本語、外では、台湾語と、日本語の、両方を、聞いてた、って」

「両方」

「うん、お祖母ちゃんは、台湾語、ちょっと、話せた。引き上げてからは、ぜんぜん、使わなかったけど、ときどき、独り言で、台湾語の、単語が、出てきてた」

「九十歳、超えても?」

「うん。最近、特に、よく、出てた」

塊じゃ、ない

カナの話を、聞きながら、わたしの、頭の中の、像が、変わっていった。

「日本人」と、わたしは、五組の、教室で、毎日、暮らしている。クラスメイトたちを、漠然と、「日本人」という、塊で、捉えていた。月曜の、トロッコ問題のときも、「日本では、こう、答える」と、頭の中で、対比していた。

けれど、カナの、お祖母ちゃんは、台北で、生まれた、日本人だった。台湾語を、聞きながら、日本語を、話す、子どもだった。お祖母ちゃんの、文脈は、わたしが、漠然と、思い描いていた「日本人」とは、別の、輪郭を、持っていた。

クラスの、別の生徒たちも、たぶん、それぞれ、別の輪郭を、持っている。誰かのお祖父ちゃんは、満州で、生まれているかもしれない。誰かのお父さんは、ブラジルで、十年、働いていたかもしれない。誰かは、両親が、別の県の、出身で、家の中で、別の方言を、聞いて育っているかもしれない。

「日本人」という、塊は、ない。一人ひとりが、それぞれの、家族の、文脈を、持っている。文脈は、ジェイコブと、わたしの、ような、目に見える、米日の、違いとして、出てくることも、ある。けれど、もっと、目に見えにくい、形でも、文脈は、家族の中に、ずっと、流れている。

月曜のトロッコ問題で、わたしは、「アメリカの、教室と、日本の、教室」を、並べて、見比べていた。あのとき、わたしの、頭の中の、「日本」は、五組の、クラスメイトたちが、平らに、並んでいる、塊だった。

いま、カナの話を、聞いて、その塊が、ほどけていった。塊では、なくて、それぞれの、文脈の、束だった。束の、それぞれが、別の輪郭を、持っている。

並べないで、隣に、置く

「東さんは、アメリカに、いたって、聞いた」と、カナは、ぽつりと、言った。

「うん。小学校の、二年から、六年まで」

「五年、長いね」

「うん」

「アメリカで、お祖母ちゃんの、台湾の話みたいな、ふっと、思い出す、話、ある?」

わたしは、考えた。

ニュージャージーの、小学校の、教室。ミセス・ロドリゲス。ジェイコブ。ハンナ。家の、近所のスーパーマーケット。秋の、紅葉。冬の、雪。

「ある、と思う」と、答えた。「けれど、お祖母ちゃんの台湾と、わたしのアメリカは、ちょっと、違う、と思う」

「どう、違う?」

「うーん」

わたしは、言葉を、選んだ。

「お祖母ちゃんは、台湾に、生まれて、引き上げで、戻ってきて、もう、台湾に、住むことが、できなかった。わたしは、駐在で、五年、いて、戻ってきて、いつでも、たぶん、また、行こうと思えば、行ける。重さが、違う、と思う」

カナは、頷いた。

「うん。重さは、違う、と思う」

「並べて、わたしのアメリカと、お祖母ちゃんの台湾は、似てる、って、言うのは、違うかもしれない」

「うん」

「けれど、両方とも、聞く、ことは、できると思う。並べないで、隣に、置いておく、感じ」

「隣に、置く」

「うん。並べると、似てる、似てない、って、比べる、ことに、なる。隣に、置いておくと、ふたつが、別々のまま、両方、ある、って、感じになる」

カナは、しばらく、考えてから、言った。

「わたし、それ、いい言葉だと、思った」

「いい言葉?」

「並べないで、隣に、置く。お祖母ちゃんの、台湾を、わたしの、いまの、東京の、生活の、隣に、置いておく、感じ」

「うん」

カナは、わずかに、笑った。さっきの、奥に、何かがある、笑いとは、別の、もう少し、軽い、笑いだった。

昼休み終了の、チャイムが、鳴った。

夜、ベッドで、天井を、見ていた。

カナの、お祖母ちゃんの、台北の、果物屋さんの話を、頭の中で、何度か、繰り返した。

マンゴー。龍眼。台湾語と、日本語が、混ざっている、街の、朝。

カナの、お祖母ちゃんは、もう、いない。お祖母ちゃんの、台北の話は、カナが、覚えている、断片だけ、残っている。カナは、その断片を、家族の中では、誰にも、話さなかった。話す、きっかけが、なかった、と、彼女は、言った。けれど、わたしには、話した。

なぜ、わたしには、話したのか、わからなかった。たぶん、わたしが、アメリカで、五年いた、と、知っていたから。海外で、暮らした、ということを、知っている人に、お祖母ちゃんの台湾の話を、話してみたかった、のかもしれない。

けれど、カナの、お祖母ちゃんの台湾と、わたしのニュージャージーは、別物だった。重さが、違う。深さが、違う。比べて、似てる、似てない、と、結論を、出すような、ものでは、なかった。

並べないで、隣に、置く。これは、月曜の、トロッコ問題のときに、「並べて、見比べる」と、立ち上げたものとは、少し、違う、応答の、形だった。並べて、見比べる、ことが、できる場合も、ある。並べないで、隣に、置いておく、ほうが、いい場合も、ある。

場合に、よって、応答の、形が、違う。これが、たぶん、文脈主義の、もうひとつの深さ、だった。

月曜の、五組の、教室で、わたしは、「アメリカと、日本」を、並べて、見比べた。けれど、五組の、教室には、わたしと、カナと、ヨウコと、ほかの、二十七人の、生徒が、いる。一人ひとりが、別の、家族の、文脈を、持っている。「日本」という塊は、ない。塊が、ない、ということは、「アメリカと、日本」を、並べて、見比べる、という、出発点が、もう、たぶん、不正確だった。

正しい出発点は、「カナと、東」「ジェイコブと、東」「ヨウコと、東」「ハンナと、東」——個別の、関係の、複数性、だった。それぞれの、関係の中で、それぞれの、文脈を、見比べたり、隣に、置いたり、する。

これが、相対主義、あるいは、文脈主義、という言葉が、本当に、指している、ことの、深さなのかもしれない。

文化と、文化を、比べる、ことではない。文化、という塊が、そもそも、ない。一人ひとりの、固有の、文脈と、文脈を、隣に、置いたり、見比べたり、する。それが、わたしに、できることだった。

明日も、昼休みに、カナと、お弁当を、食べる。お祖母ちゃんの話を、もし、もう少し、彼女が、したいなら、聞く。したくなければ、別の話を、する。それぞれの、その日の、文脈で、応答を、選ぶ。

応答を、選ぶ、ということだけが、わたしに、できることの、ように、思えた。

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【東のトロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第3話。水曜の昼休み、隣の席のカナが、ぽつりと、先月亡くなった、お祖母ちゃんの話を、する。お祖母ちゃんは、戦前の台北で、生まれた、引き上げ者。台湾語と日本語が混ざる街で、子ども時代を過ごした。東は、自分のニュージャージーと、お祖母ちゃんの台北を、頭の中で、並べそうになり、止まる。重さが違うから、並べて見比べる、のではなく、隣に、置く。「日本人」という塊は、ない、一人ひとりが、別の、家族の文脈を、持っている、という発見。文脈主義の、もうひとつの深さ——文化の比較ではなく、個別の関係の、複数性。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。