おはよう
中島と、休みがちな同級生——中島のトロッコ問題シリーズ #1

中島、高校二年、四組。地味な男子。バスケ部に入っているが、レギュラーではない。控えで、後輩のサポートをしている。教室では、ほとんど、目立たない。クラスの隅、廊下側の、真ん中あたりの席。隣の席は、最近、よく、空いている。

木曜の三限

木曜の三限は、倫理だった。鈴木先生は、四組では、木曜の三限に、倫理を教える。一組は火曜、二組は水曜、らしい。同じ単元を、別の日に、別のクラスで、教えている、ということを、俺は、なんとなく、知っていた。

今日の単元は、トロッコ問題。線路、トロッコ、五人、一人、レバー。鈴木先生がプリントを配って、読み上げて、「考えてみてください」と、言った。

クラスのほとんどが、何かを、言った。「迷う」「無理」「五人のほうが」。即答した、という生徒は、四組には、いなかった。

俺は、何も言わなかった。考えていなかったわけじゃ、ない。考えていた。けれど、頭の中で、考えていることが、トロッコ問題そのものとは、少し、ずれていた。

頭の中で、立ち上がっていたのは、隣の席の、空席だった。

隣の席

隣の席のやつは、最近、休みがちだった。最初は、夏休みあけに、二、三日、休んだ。それから、断続的に、休むようになった。今週は、まだ、一回も、来ていない。

名前は、出さないことにする。出さなくても、俺の頭の中では、はっきりと、立ち上がっている。

クラスの中で、隣の席のやつのことを、深く知っている、と言える生徒は、たぶん、いない。俺も、深く、知らない。一年生のときは、別のクラスだった。二年生で、同じ四組になって、席が隣になった。挨拶を、交わす。教科書を、忘れたら、見せる。それだけ。

それだけの関係なのに、隣の席が、空いていると、気になる。

気になる、というのは、たぶん、関心がある、ということだった。深く知らないのに、関心がある、ということが、ある。

五人と一人

鈴木先生は、橋から押す変奏問題も、出した。クラスは、もう一度、ざわついた。「直接押すのは、無理」「同じことだろ」「同じじゃない、感覚的に」。

俺は、まだ、何も言わなかった。

頭の中で、トロッコ問題が、隣の席のやつの顔と、重なっていた。

隣の席のやつは、五人にも、一人にも、なれない。あいつは、ただ、最近、休みがちなクラスメイト。線路の上にいるわけじゃない、レバーで救えるわけじゃない、押される側でもない。

トロッコ問題が想定している、「あなたが選ぶ」場面は、隣の席には、来ない。来るのは、もっと、地味な、場面だ。たとえば、毎朝、教室に来るかどうか。来たら、どう振る舞うか。来なかったら、どうするか。

これらは、五人と一人の問題には、入っていない。けれど、俺の頭の中には、ずっと、あった。

放課後

授業が終わって、昼休みになって、五限と六限を、過ごして、放課後になった。

隣の席は、結局、一日中、空いていた。

俺は、自分の席を、立つ前に、隣の席を、ちらっと、見た。机の上には、何もなかった。誰かが、その机を、ノートや、消しゴムや、教科書の、置き場所として、使っているわけでも、なかった。空いているまま、丁寧に、空いていた。

俺は、自分の鞄を、肩にかけて、教室を出た。

廊下で、クラスメイトの一人が、「あいつ、最近、来ないな」と、言った。「うん」と、別のやつが、答えた。それで、話は、終わった。

俺も、立ち止まらなかった。立ち止まると、何かを、言わなければならない気がした。言わないほうが、たぶん、よかった。

家で

家に帰って、自分の部屋で、ベッドに、寝そべった。倫理のプリントを、机の上に、置いた。

LINE を、開いた。隣の席のやつとは、LINE を、交換していなかった。一年のときから、二年の今まで、交換するきっかけが、なかった。同じクラスだけど、グループも違うし、深い話も、していない。

家を、訪ねるのも、たぶん、違う。家がどこにあるか、知らない。担任に聞けば、教えてくれるかもしれない、けれど、訪ねていって、何を、言えばいいか、わからない。

「最近、来ないけど、大丈夫?」と、聞くのは、たぶん、押しつけだった。来ない、ということを、責めている、ように、聞こえるかもしれない。来てほしい、というのを、こちらの希望として、押しつけているだけ、かもしれない。

あいつには、あいつの、来ない理由が、たぶん、ある。理由を、知らないまま、こちらの希望を、押しつけるのは、違う。

けれど、放っておく、というのも、違う気がした。放っておく、というのは、隣の席が、空いていても、空いていないことに、しよう、と、こちらが、決めることだった。空いている、ということが、事実なのに、その事実を、見ないことに、するのは、たぶん、違う。

明日の朝

俺は、何が、できるか、考えた。

大きな介入は、できない。家を訪ねる、LINE を送る、担任に相談する、というのは、たぶん、押しつけになる。あいつの、来ない理由を、知らないまま、こちらの希望を、出すから。

放っておく、もできない。隣の席が、空いている、という事実を、見ないことには、できない。

大きな介入と、放っておく、の、あいだに、何かが、あるはずだった。

俺は、しばらく、考えて、ひとつのことを、決めた。

明日も、明後日も、隣の席のやつが、来たときに、「おはよう」と、言うことだった。

これまでも、言っていた。来たら、「おはよう」。来なかったら、何もしない。けれど、これからは、来たら、必ず、「おはよう」と、言う、と、決めた。

そして、来なかった日は、空いている席を、ちらっと、見て、明日も来なかったら、明後日また、おはよう、と言う、と、自分に、思い出させる。

大きく、変わらない。これまでとほぼ、同じ。けれど、これまでは、たぶん、なんとなく、そうしていた。これからは、なんとなく、ではなく、決めて、続ける。

決めて、続ける、ということが、たぶん、いまの、俺に、できることの、すべてだった。

夜、ベッドで、天井を見ていた。

トロッコ問題は、五人と一人を、選ぶ問いだった。即答した生徒は、たぶん、二組にいた、と、噂で聞いた。納得しなかった生徒は、一組に、いた、と聞いた。

俺は、即答も、しないし、納得しない、とも、駆け込まなかった。倫理の先生のところに、何も言わずに、教室を、出た。

授業の問いに、応える、のとは、別のところで、俺の頭の中には、隣の席のやつが、いた。トロッコ問題に、応えることが、できるか、できないかよりも、隣の席が、空いている、ということに、応える、ほうが、俺には、近かった。

応える、というのが、何を、することか、よくわかってない。家を訪ねるのは、違う。LINE を送るのも、違う。担任に話すのも、違う、たぶん。

「おはよう」を、続けることが、応える、ということ、なのかもしれない。

かもしれない、で、止まる。

明日の朝、教室に、行く。隣の席が、空いていたら、ただ、空いている席を、見る。空いていなかったら、おはよう、と、言う。

続ける。それしか、できない。続けることだけは、できる。

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【中島のトロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第1話。中島は、四組の地味な男子、バスケ部の控え。隣の席が、最近、空いている。倫理の授業でトロッコ問題を聞きながら、頭の中で空いた席が立ち上がる。「五人と一人」というけれど、隣の席のやつは、五人にも一人にもなれない、ただの目の前のクラスメイト。大きな介入もせず、放っておきもしない、その間で、何ができるか。「おはよう」を続ける、という選択。アヤの義務論、ジュンの功利主義、茅野の徳倫理に対して、ケアの倫理は「誰に応えるか」「目の前の人」を立てる、第四のトロッコ問題シリーズ。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。