東、高校二年、五組。月曜の三限のトロッコ問題から、三日が経った、木曜の夜。八時すぎ。父は、まだ、会社で、母と二人で、夕食を、終えたところだった。母は、シンクで、お皿を、洗っていた。わたしは、隣で、お皿を、布巾で、拭いていた。
母の、お皿の、洗い方は、ゆっくりだった。スポンジに、洗剤を、つけて、お皿の、表と裏を、二回ずつ、こすって、それから、水で、流す。流す水の音が、台所に、ずっと、鳴っていた。
「お父さん、今日、遅いね」と、わたしは、言った。
「水曜と、木曜は、いつも遅いから」
「そっか」
「あなた、最近、何か、考え事してるの?」
母は、シンクの方を、向いたまま、聞いた。背中で、聞いた、という感じだった。
わたしは、布巾を、軽く、握り直した。母には、隠しごとが、しにくい。けれど、隠そうとしているわけでも、なかった。たまたま、話すきっかけが、なかっただけ、だった。
「月曜の、倫理の授業で、トロッコ問題、やったの」
「トロッコ問題」
「うん。五人と、一人を、選ぶ問い」
「ああ、ハーバードの、サンデルの、あれね」
「お母さん、知ってるの?」
「テレビで、見たことあるよ。それと、あなたが、ハッケンサックにいた頃に、似たような問い、家で、聞いてきてたから」
母は、お皿を、わたしの方に、差し出した。わたしは、それを、受け取って、布巾で、拭いた。
「家で、聞いてきてた、こと、覚えてないんだけど」
「あなた、家では、学校の話、あんまり、しなかったから、あなた自身は、覚えてないかもね。あの、ミセス・ロドリゲスのクラスのとき」
「ミセス・ロドリゲス、覚えてる?」
「もちろん。保護者会で、よく、会ってたから」
母は、次のお皿を、洗いながら、言った。
「ミセス・ロドリゲス、ご家族が、ベネズエラから、いらしてたのよ。お祖父さんの代から」
わたしは、布巾を、止めた。
「ベネズエラ」
「うん。保護者会の、自己紹介で、言ってた。スペイン語と、英語と、両方、家で、話してた、って。お子さんが、二人、いて」
「知らなかった」
「あなたに、家で、話したことが、あったかも、しれないけど、あなた、覚えてないなら、たぶん、聞き流してたんでしょ」
母は、軽く、笑った。
わたしは、布巾を、もう一度、お皿に、当てた。手は、動いていたけれど、頭の中は、止まっていた。
ミセス・ロドリゲス。第1話で、わたしは、頭の中で、彼女を「ラテン系の、四十代の、女性」と、呼んでいた。「ラテン系」というのは、ずっと、漠然とした、塊の言葉、だった。それが、いま、母の口から、「ベネズエラから、お祖父さんの代から」という、固有の、家族の、文脈で、語り直された。
「ラテン系」も、塊だった。塊の、向こうに、それぞれの、家族の、固有の文脈が、あった。わたしが、見ていなかった、だけ、だった。
「お母さんは、ハッケンサックで、五年間、何、してたの?」
聞いてから、これは、子どもらしくない、聞き方だな、と、思った。母は、ハッケンサックで、家事をして、わたしと弟(妹はいない、わたしひとりだった、ことを、ふと、思い出す。弟も、いなかった。家族は、父、母、わたし、の三人だった)と、父の生活を、支えていた。それは、わたしも、知っていた。
けれど、母自身が、五年間、どんなことを、感じていたか、というのは、わたしは、聞いたことが、なかった。
母は、しばらく、お皿を、洗いながら、考えてから、答えた。
「最初の、半年は、毎日、必死だった。スーパーマーケットも、Stop & Shop しか、知らなくて、お惣菜の、棚の前で、何を、買っていいか、わからなくて、立ち止まった日が、何回も、あった」
「Stop & Shop、覚えてる」
「あなたは、いつも、Lunchables を、買いたがった」
「うん」
「最初の半年で、ナンシーさんに、出会って」
「ナンシーさん」
「隣の家の、ナンシーさん。背の高い、白人の、おばあちゃん。庭で、ハーブを、たくさん、育てていて、ときどき、お裾分けに、来てくれた」
「あ、覚えてる、なんとなく」
「お母さん、英語、苦手だったから、ナンシーさんが、ゆっくり、話してくれて、すごく、ありがたかったの」
母は、お皿を、洗い終えて、シンクの水を、止めた。エプロンで、手を、拭いた。
「ナンシーさんと、いまも、繋がってる?」
「Christmas card だけ。毎年、お互い、送り合ってる。それ以上は、ね、お互いの、生活が、違いすぎて、もう、ほとんど、連絡しないけど」
「Christmas card は、続いてるんだ」
「うん、なんとなく、止めるきっかけが、なくて、止めないままで、十年経った」
「十年」
「戻ってきてから、十年、もう、経ってる、ね」
母は、エプロンを、外して、椅子に、座った。わたしは、布巾を、置いて、母の、向かいに、座った。
「お母さん、戻ってきて、寂しかった?」と、わたしは、聞いた。
母は、テーブルの、木目を、見ていた。それから、答えた。
「最初の半年は、毎日、寂しかった、ね。ハッケンサックの、いつもの道とか、ナンシーさんの、庭とか、Stop & Shop の、お惣菜コーナーとか、ふっと、思い出すたびに、寂しくなった」
「いまは?」
「いまは、寂しさは、別の形に、なってる、と思う」
「別の形」
「うん。最初は、痛い、寂しさだった。いまは、痛くない、けれど、ある、寂しさ。ナンシーさんは、ナンシーさんで、ハッケンサックに、いる。お母さんは、お母さんで、ここに、いる。それで、十分かな、って、ね」
「寂しさを、どうやって、別の形に、したの?」と、わたしは、聞いた。
母は、しばらく、考えた。
「どうやって、というか、しないで、いたんだと思う、お母さんは」
「しないで?」
「うん。寂しさを、どうにかしようと、すると、たぶん、無理がくる、と、お母さんは、感じた。寂しさを、消そう、とすると、消えない。寂しさを、楽しもう、とすると、嘘になる。だから、寂しさを、寂しさのまま、置いておいた、長いこと」
「置いておいた」
「うん。台所で、お皿を、洗いながら、ふっと、ナンシーさんを、思い出して、寂しい、と感じる。そのまま、お皿を、洗い続ける。それだけ、をずっと、やった。何年も」
「何年も?」
「たぶん、四年か、五年。気がついたら、寂しさが、痛くなくなってた、ある日。それは、寂しさが、消えた、わけじゃ、なくて、形が、変わった、んだと思う」
わたしは、テーブルの、上の、自分の、湯のみを、見ていた。湯のみの、底に、お茶の、最後の一口分が、まだ、残っていた。
母の、いまの言葉が、頭の中で、響いていた。
「寂しさを、寂しさのまま、置いておいた」
これは、月曜の、トロッコ問題から、わたしが、頭の中で、組み立ててきた、応答の、形と、似ていた。水曜の昼休みに、カナと、話したときに、わたしが、言葉に、した、「並べないで、隣に、置く」と、構造的に、同じだった。
母は、相対主義、とか、文脈主義、とか、たぶん、考えたことが、ない。けれど、生活の中で、十年、ずっと、それを、やっていた。寂しさを、消そうとせず、隣に、置く。
わたしが、頭で、組み立て始めた、応答の、形は、もう、家の中に、あった。
「あなたは、戻ってきて、寂しかった?」
母は、わたしに、聞いた。
わたしは、湯のみの、最後の一口を、飲んでから、答えた。
「寂しかった、と、思う。けれど、いまは、寂しい、というのとは、違う、形」
「どう、違う?」
「うーん」
「無理しなくて、いいよ」
「無理じゃ、ない。言葉にしようと、してる、だけ」
母は、頷いた。
「わたしの、寂しさは、戻ってきた、というよりは、行ったり来たり、してる、感じ。きのうの夜、五年ぶりに、ジェイコブから、インスタの、メッセージ、来たの」
「ジェイコブ、覚えてる、即答する子」
「うん。短いやり取りで、終わったけど、ハッケンサックの、五年生のときの、ジェイコブと、いまの、ジェイコブが、ぜんぜん、別の人だった、ということが、見えた」
「うん」
「水曜は、お弁当を、食べながら、隣の席のカナの、お祖母ちゃんの、台湾の話を、聞いた。カナのお祖母ちゃんは、戦前、台北で、生まれた人だった」
「カナちゃん、いいお友達?」
「うん。お祖母ちゃんの、台湾の話を、聞いて、わたしの、ニュージャージーと、お祖母ちゃんの、台湾を、比べそうに、なった、けれど、止めた。重さが、違うから」
「重さが、違う」
「うん。並べないで、隣に、置いておいた、二つを」
母は、ゆっくり、頷いた。
「お母さんが、ハッケンサックを、隣に、置いてるのと、似てるのかも、ね」
「うん、たぶん、それと、似てる」
母は、湯のみを、両手で、包んだ。お茶は、もう、空だった。
「お母さんと、あなたは、同じ五年間を、ハッケンサックで、過ごした、けれど、たぶん、別の、五年間だった、と思う」と、母は、言った。
「うん」
「お母さんの、ハッケンサックと、あなたの、ハッケンサックは、別の街、でしょ」
「別の街」
「お母さんは、Stop & Shop と、ナンシーさんの庭、保護者会、近所の道、こうした場所が、お母さんの、ハッケンサック。あなたの、ハッケンサックは、ミセス・ロドリゲスの教室、ジェイコブと、ハンナ、放課後の遊び、お友達のおうち、こうした場所」
「うん、そう、たぶん」
「同じ家に、住んでて、同じ街に、いて、五年、過ごした、けれど、お母さんと、あなたが、覚えている、ハッケンサックは、別の街、なんじゃない、かしら」
「別の街を、思い出してる」
「うん」
「父さんも、たぶん、別の、ハッケンサックだよね」
「お父さんは、職場と、通勤と、たまの、家族で出かける場所、それが、お父さんのハッケンサック。三人で、暮らしてた、けれど、三人とも、別の、ハッケンサックを、生きてた」
母は、湯のみを、テーブルに、置いた。
「家族って、面白いね」と、母は、言った。「同じ家に、住んでても、それぞれ、別の街を、生きてる」
「面白い」
「お母さんは、いい言葉が、思いつかないけど、別の、五年間が、それぞれ、ある、というのが、家族の、形かも、しれない」
夜、自分の部屋で、ベッドに、寝そべって、天井を、見ていた。
母の、ハッケンサックと、わたしの、ハッケンサックは、別の街、だった。
母は、Stop & Shop の、お惣菜コーナーの前で、立ち止まっていた。わたしは、ミセス・ロドリゲスの、教室で、ジェイコブの、即答を、聞いていた。父は、職場で、英語の、会議に、参加していた。三人とも、別の、ハッケンサック。それが、家族の、五年間だった。
月曜の、五組の、教室で、わたしは、「アメリカと、日本」を、頭の中で、並べていた。「アメリカ」は、塊、だった。
火曜の夜、ジェイコブで、「アメリカ」の中の、五年の、流れを、見た。塊じゃ、なかった。
水曜の昼、カナの、お祖母ちゃんで、「日本」の中の、家族の、文脈を、見た。塊じゃ、なかった。
木曜の夜、母で、「家族」の中の、それぞれの、五年間を、見た。これも、塊じゃ、なかった。
「アメリカ」も、塊じゃ、ない。「日本」も、塊じゃ、ない。「家族」も、塊じゃ、ない。「五年間」も、塊じゃ、ない。
塊が、どこにも、ない、というのは、答えに、たどり着くための、出発点を、ずらす。「アメリカでは、こう」「日本では、こう」という出発点では、もう、わたしは、答えられない。「カナのお祖母ちゃんの、台北では、こう」「お母さんの、ハッケンサックでは、こう」「ジェイコブの、いまの、ニュージャージーでは、こう」「わたしの、五年生のときの、ハッケンサックでは、こう」——たくさんの、固有の、文脈の、束を、隣に、隣に、置いて、その上で、応答を、選ぶ。
応答を、選ぶ、というのは、答えを、出す、ということとは、たぶん、違う。応答は、状況の中で、その都度、選ばれるもの。状況が、変われば、応答も、変わる。状況の、固有性に、応える、というのが、応答の、形。
これは、母が、毎日、台所で、お皿を、洗いながら、十年、やっていたこと、だった。母は、状況の中で、応答を、選んできた。寂しさを、寂しさのまま、置いておく、という応答も、母の、選んだ、ひとつの、応答だった。
頭で、組み立てる、ことも、できる。けれど、生活の中で、毎日、選ぶ、というのも、できる。両方とも、応答だった。
月曜の、トロッコ問題に、まだ、答えは、出ていない。出ない、まま、来週の、月曜が、来るかもしれない。出ない、まま、応答するというのも、たぶん、ひとつの、応答の形だった。
明日も、五組に、行く。カナと、お弁当を、食べる。父が、夜、帰ってくる。母は、お皿を、洗う。それぞれの、別の街を、生きながら、同じ家に、いる。これが、いまの、わたしの、文脈だった。
窓の外で、街灯の、光が、薄く、揺れていた。
→ 次話:道を、教える(駅前の観光客の親子、東のトロッコ問題シリーズ #5)
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← シリーズ #1:日本では
← 関連:先生、納得がいきません(一組のアヤ)
← 関連:答えは、出る(二組の森田)
← 関連:所作の中で(二組の茅野)
← 関連:おはよう(四組の中島)
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【東のトロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第4話。木曜の夜、台所で、母とお皿を洗いながら、ハッケンサックの五年間の話を聞く。母は、Stop & Shop の前で立ち止まっていた、ナンシーさんの庭で、保護者会で。母の語る、ミセス・ロドリゲスはベネズエラ系——「ラテン系」と漠然と呼んでいた塊の解体。母は「寂しさを寂しさのまま置いておいた」と語る——東が頭で組み立てた「並べないで、隣に置く」が、生活の中に十年すでにあった、という発見。母のハッケンサックと、わたしのハッケンサック、父のハッケンサックは、同じ家に住みながら、それぞれ別の街。家族も、塊じゃない。応答は、状況の中で、その都度、選ばれる。