東、高校二年、五組。日曜の夕方の台所。
母が冷蔵庫の前に立って、奥のほうから小さなタッパーを取り出した。蓋を開けて、においを確かめる。なかに入っていたのは、一昨日の金曜の夜に作ったひじきの煮物だった。にんじんと油揚げと、大豆が少し。煮汁はほとんど残っていなくて、底のほうにつやが見えた。
「もったいないなあ」と母は言った。誰に向けてかは、はっきりしなかった。タッパーに向けてのようでもあったし、自分のなかで決めかけていた何かに向けてのようでもあった。
母はタッパーをそのまま電子レンジに入れた。
三十秒くらい温めて、母はそれを小鉢に移した。タッパーの底に少しだけ残ったひじきを、菜箸の先で丁寧にこそげて、小鉢のほうへ落とした。最後の一粒の大豆まで、移していた。
夕食の食卓に、その小鉢が置かれた。わたしの茶碗の隣だった。
食べてみると、二日まえより、味が濃くなっていた。煮汁がにんじんに染みて、油揚げがやわらかくなっていた。金曜の夜に食べたときは、もうちょっと水っぽかったはずだ。
「What a waste」と頭のなかで試してみた。母の「もったいないなあ」を、英語にしたらこうなる、と教科書なら言うかもしれない。
けれど、母は「捨てるのは無駄だ」と言ったわけではなかった。母が言ったのは、もっと別のことだった。
母の「もったいないなあ」は、独り言に近い高さだった。誰かに同意を求める声ではなかった。台所のなかで、自分とタッパーのあいだで、短く決着をつけるための声だった。
たぶん、そこには「捨てる」という選択肢が、一瞬だけあった。一昨日の煮物。たいした量じゃない。捨ててもよかった。それでも母は、捨てなかった。「もったいないなあ」のひと言が、捨てない、という選択を、自分に納得させた。
そう考えてみると、「もったいないなあ」は、誰かを諭す言葉ではなかった。自分の手を動かすための、合図のような言葉だった。タッパーを冷蔵庫に戻す手か、電子レンジに入れる手か、捨てる手か。三つの手のあいだで、母の手を、電子レンジのほうへ寄せた、短い合図。
「What a waste」だと、合図にはならない。「What a waste」は誰かに向けて言う言葉で、自分の手を動かす合図ではない。たぶん、英語は別のところで合図を出している。日本語は、母の場合、「もったいないなあ」のところで出している。
食べおわってから、ふっとハッケンサックの食卓のことを思い出した。
ホストファミリーの夕食で、皿に料理が残ったまま、片付けが始まることがよくあった。ホストマザーが「Are you done?」と聞いて、わたしが「Yes」と答えると、皿は流しに運ばれて、残りは流される。早かった。残った料理に、声をかける時間が、なかった。
残飯のことを「waste」と呼んでいたかどうかは、思い出せない。たぶん、呼んでいなかった。皿が下げられる前に、何の言葉も挟まなかった。挟む必要が、たぶん、その台所にはなかった。
母の台所には、挟む必要があった。「もったいないなあ」のひと言が、皿が下げられる前に、入っていた。
食事のあと、台所に戻って、空になったタッパーを洗った。母が菜箸でこそげたあとも、底のほうに、煮汁のつやが薄く残っていた。スポンジで洗い流すと、つやは消えた。
洗い流す前のつやと、母の「もったいないなあ」は、たぶん、つながっていた。底のつやが残っているうちは、煮物はまだ完全に終わっていない。スポンジで洗い流した瞬間に、終わる。母は、終わらせる前に、ひと言挟んだ。
英語にひと言で訳せるか、はもうわからない。訳そうとすると、母が挟んだ短い時間そのものが、抜け落ちる。What a waste も It's a shame も、母の手の動きの合図にはならない。
明日の朝、冷蔵庫のなかにはもうひじきの煮物はない。タッパーは流しの横で乾いている。
母が冷蔵庫の前で言った「もったいないなあ」は、たぶんそこで終わっている。終わっていて、わたしの口のなかには、二日まえより少し濃くなった味の記憶が残っている。
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本作は東のシリーズ番外編「ことばのメモ」シリーズ第3話の書き直し版(v2)。第一稿で並べた4英訳の図式、ワンガリ・マータイの挿入、祖母の包装紙、レイヤーの ul リスト、「物が背負ってきた時間」のキメフレーズを、辛口レビューを踏まえてすべて撤去した。第二稿は、母がひじきの煮物のタッパーを冷蔵庫から取り出した日曜の夕方、その一場面に絞っている。「もったいないなあ」は誰かを諭す言葉ではなく、母が自分の手を動かすための合図、という観察に焦点を置く。シリーズのキー概念「隣に、置いておく」は第3話では使わない。