東、高校二年、五組。先週の月曜の三限のトロッコ問題から、ちょうど一週間が経った月曜の朝。日曜日は家でカミュの『異邦人』の後半を読み終えた。ムルソーが独房で神父を追い返して最後の独白に向かう、その最後のページまで。読み終えてからメモは取らなかった。本を閉じて母の本棚に戻した。それで十分な気がした。
月曜の朝。いつも通りの時間に家を出た。電車に乗って、駅から学校まで九分。校門を通って五組の教室に入った。隣の席のカナがもう先に来ていた。
「おはよう」とわたしは言った。
「東さん、おはよう」とカナは答えた。
「土日、どうだった?」
「ふつう。家族でお祖父ちゃんちに行ってきた。お祖母ちゃんの四十九日がもうすぐ」
「そっか」
「東さんは?」
「家にいた。本を読んでた」
「本?」
「カミュの『異邦人』」
「あ、聞いたことある、それ」
「ジェイコブがメッセージで言ってた本だったの」
「ふうん。難しかった?」
「言葉は平らで簡単。けど、考えると深い」
カナは頷いて、自分の机の上の教科書を整え始めた。わたしも自分の鞄を開いて教科書を出した。月曜の一限は数学。それから二限が英語。三限が倫理。鈴木先生がまた教室に来る。
一限と二限はふつうに過ぎた。数学はベクトルの続き。英語は文法の復習と長文読解。長文読解の文章は、たまたまアメリカのある町のコミュニティセンターの日常を描いたエッセイだった。教科書のなかで英語を読みながら、頭の中でハッケンサックの近所のコミュニティセンターを思い出した。けれど、それを誰にも言わなかった。
二限の終わりのベルが鳴った。十分の休み時間。わたしはトイレに行って戻ってきた。カナは廊下のヨウコと何か話していた。
三限のベルが鳴る二分前にカナが戻ってきた。ヨウコも自分の席に戻った。クラスはざわざわしながら机の上を整えた。
頭の中で先週の月曜の三限を思い出した。あの月曜から一週間が経った。一週間のあいだに、何かが変わった。ジェイコブからメッセージが来た。カナのお祖母ちゃんの台湾の話を聞いた。母のハッケンサックを台所で聞いた。観光客に英語で道を教えた。父からジョンの話を聞いて、カミュを読んだ。
変わったというのは、たぶん、塊がほどけたということだった。「アメリカ」も「日本」も「家族」も「わたし」もほどけた。ほどけたまま月曜の三限に戻ってきた。
戻ってきて何を答えるか、組み立ててこなかった。組み立てないまま教室に座っている。
三限のベルが鳴った。
教室のドアが開いて、鈴木先生が入ってきた。先週と同じ白いシャツ、グレーのズボン。テキストを教卓に置いた。
「先週の続きです」と先生は言った。「トロッコ問題、考えてみましたか」
クラスは軽く頷いた。何人かはノートを開いて自分のメモを見ていた。
先生はいつも通りの平らな声で何人かを当てた。最初は前のほうの男子。その次は窓側の女子。それぞれが自分の答えを述べた。
「五人を救うのが、たぶんいちばん合理的だと思います。けど、自分がレバーを引くというのが引っかかります」
「迷ったまま考え続けたいと思います。答えは出ない、と感じます」
「五人と一人では五人ですけど、家族か知らない人かで、また変わると思います」
クラスメイトの答えを聞きながら、わたしは頭の中でハッケンサックの五年生の教室をまた立ち上げた。あの教室でジェイコブが「Five! Of course five!」と即答していた。ハンナが「But what if the one person is your mom?」と揺さぶっていた。ミセス・ロドリゲスが「Now we're getting somewhere」と笑っていた。
並んでいた。あのハッケンサックの教室と、いまの五組の教室が頭の中で並んでいた。けれど先週の月曜とは違う並び方だった。先週は二つの教室を比べて違いを見ていた。いまは二つの教室が隣に置かれていた。比べないで両方ある、という置き方。
そして二つの教室の隣に、もっとたくさんの文脈が置かれていた。カナのお祖母ちゃんの台北の果物屋さん。母のハッケンサックの Stop & Shop。観光客の母娘の紙の地図。父とジョンの英語の本。ムルソーの独房。これらがすべて隣に置かれていた。
鈴木先生がわたしのほうを見た。
「東さんは、どうですか」
当てられた瞬間、立ち上がることばが組み立てられているか、頭の中を確認した。組み立てられていなかった。
立ち上がっていた。それは組み立てられたものとは違っていた。
わたしはゆっくり立ち上がった。クラスの視線がこちらに向く感じが肌でわかった。
「答えは、まだ出てません」とわたしは言った。
鈴木先生は頷いた。
「けれど、答えに近づくための考え方が、先週から見えてきました」
「どんな考え方?」
「『文脈ごとに応答を選ぶ』という考え方です」
言葉が出てきていた。組み立てられたものではなかった。一週間のあいだに頭の中に置かれた文脈の束から、その瞬間に立ち上がってきたことばだった。
「文脈ごとに?」と鈴木先生は聞いた。
「先週の月曜から、いろんな人と話したり本を読んだりしました。そのなかで、『五人と一人』の二択の手前に、たくさんの別の応答の形がある、と気づきました」
「たとえば?」
「たとえば、エンジニアの応答は『状況の手前で解く』というものです。レバーがある状況そのものをなくすように設計する。設計の応答です」
クラスメイトの誰かが軽く頷いた感じが、視野の隅に見えた。
「ほかには?」
「文学の応答は、社会の塊の判断には合わせないところで固有性を保つ、というものです。カミュの『異邦人』のムルソーは、社会から断罪されながら自分の応答を貫きます。それも応答の形です」
鈴木先生は頷きながら聞いていた。
「答えにたどり着く、というよりは、応答がその瞬間に立ち上がる、というのが、いまのわたしの応え方のように思います」
「それは、答えを出さないということ?」と鈴木先生は聞いた。
「いえ」とわたしは答えた。「いまの教室の文脈で答えるなら、五人を救います」
クラスメイトの視線の温度が少し変わった。
「けれど、この『五人を救う』のなかには、いろんな文脈が入っています」
「いろんな文脈、というのは?」
「ニュージャージーで五年生のときに似た問いを聞いたこと。隣の席のカナのお祖母ちゃんが戦前の台北で生まれて戦後引き上げたこと。母がハッケンサックで寂しさを寂しさのまま置いていたこと。父が隣人のジョンに英語の本を貸してもらったこと。駅で観光客に英語で道を教えたこと。これらの文脈が隣に置かれて、いまの答えになっています」
カナがわたしのほうを見ていた。「カナのお祖母ちゃん」ということばが教室で出たことに、彼女は軽く驚いたようだった。けれど止めなかった。彼女は頷いた。それでわたしも続けた。
「この文脈の束から立ち上がる応答が、いまのわたしの答えです。別の文脈なら、別の応答が立ち上がると思います」
鈴木先生はしばらく何も言わなかった。教卓の上のテキストを軽く両手で支えていた。
「東さん、ありがとう。座ってください」
わたしは椅子に座った。心臓が軽く鳴っていた。組み立ててこなかった応答が立ち上がって教室に出た、その軌跡がまだ身体の中に残っていた。
鈴木先生はテキストを教卓に置いて、クラス全体に向かって話し始めた。
「いろんな答え方が出ました」と先生は言った。「『五人を救う』という結論には共通している人が多いですが、結論にたどり着くまでの考え方は、ひとりひとり違います」
「義務論という考え方があります。『人を数で扱わない』という原則を立てる立場です。アヤさんが一組で強く考えている立場です」
「アヤさん」という名前が出た。鈴木先生が別のクラスの生徒の名前を出すのはめずらしかった。けれど、たぶん共通の文脈として名前を出したのだと思う。
「功利主義という考え方もあります。『結果として最善か』を計算する立場です。森田さんが二組で強く考えている立場です」
「徳倫理という考え方もあります。『どう生きるか』『どんな人になっていくか』を考える立場です。茅野さんが二組で考えている立場です」
「ケアの倫理という考え方もあります。『目の前の人に応える』『関係を続ける』を軸にする立場です。中島さんが四組で考えている立場です」
クラスは静かに聞いていた。
「そして、東さんがいま話してくれた立場は、相対主義、または文脈主義、と呼ばれる考え方に近いです。『文脈ごとに応答を選ぶ』という立場です」
「これらの立場は、それぞれ別の軸を持っています。どれが正しい、と決めることは、たぶんできません。けれど、どれもそれぞれの文脈で誠実です。倫理は結論だけではありません。結論にたどり着くまでの考え方、文脈、応答の形——これらが倫理の本体です」
授業の終わりのベルが鳴った。
三限が終わって休み時間になった。
カナがわたしの肩を軽く叩いた。
「東さん、お祖母ちゃんの話、出してくれてありがとう」
「勝手に出して、ごめん」
「ううん。なんか嬉しかった」
「うん」
「東さん、すごかった、あれ」
「すごい、というか、五日間考えてたことを、その瞬間に立ち上げただけ」
「五日間で、あんなに変わるの?」
「変わったかは、わからない。隣に置くものが増えた、というだけ」
カナは頷いて、トイレのほうに歩いていった。
わたしは廊下の窓のところに立った。窓の外で五月の空気が軽く揺れていた。一週間前とほとんど同じ空気だった。けれど、わたしの頭の中の空気は違っていた。
同じ空気と違う頭の中の空気。同じ教室と違う応答。同じわたしと違うわたし。
違う、けれど繋がっている。塊じゃないけれど、続いている。
夜、自分の部屋でベッドに寝そべって、天井を見ていた。
月曜の教室で立ち上がった応答を思い出した。
「答えは、まだ出てません。けれど、答えに近づくための考え方が見えてきました」「文脈ごとに応答を選ぶ」「『五人を救う』のなかに、いろんな文脈が入っています」
これらのことばは組み立てていなかった。立ち上がってきた。立ち上がってきた、というのが、たぶん応答の形だった。
組み立てるというのは、塊を作ることに近い。塊を作らないまま文脈に応える。文脈の中で応答が立ち上がるのを待つ。立ち上がってきたものを、その文脈に合わせて出す。
これが相対主義/文脈主義の、わたしなりの形だった。
一週間のあいだに隣に置かれた文脈は、全部でいくつあっただろう。
ハッケンサックのミセス・ロドリゲスの教室。ジェイコブのいまのニュージャージーの grade 11。ハンナの知らない文脈。カナのお祖母ちゃんの台北の果物屋さん。母の Stop & Shop のお惣菜コーナー。ナンシーさんの庭。ミセス・ロドリゲスのベネズエラ。父とジョンの英語の本の貸し借り。駅前の観光客の母娘。カミュのムルソー。ジョンの「状況の手前で解く」エンジニアリング。鈴木先生の月曜の三限。アヤの義務論。森田の功利主義。茅野の徳倫理。中島のケアの倫理。
たくさんの文脈が隣に置かれていた。それぞれが固有。それぞれが別の輪郭を持っていた。比べないで両方ある、という置き方で置かれていた。
来週の月曜の三限もまた来る。鈴木先生は別の単元を教える。クラスメイトたちもまた別の答え方をする。わたしもまた別の応答を立ち上げる。
立ち上げるというのは、能動的すぎる表現かもしれない。立ち上がる、ほうが近い。立ち上がるのを、その瞬間の文脈で待つ。
窓の外で街灯の光が揺れていた。月曜の夜の住宅街は静かだった。
家の中で、母が台所でお皿を洗う音が薄く聞こえた。父は書斎で何かを読んでいるらしい。三人とも別の文脈を生きていた。三つの別の文脈が隣に置かれて、ひとつの家を作っていた。
ひとつの家、というのも塊じゃなかった。三つの応答の束として、家があった。
東京で、わたしは五組の東として立っていた。ニュージャージーのジェイコブにとっては五年前の東として、まだ覚えられているらしかった。観光客の母娘にとっては、英語が話せる女子高生としてすれ違った。カナにとってはお弁当を一緒に食べる隣の席の東。母にとってはハッケンサックで別の街を生きていた娘。
すべてがわたしだった。塊じゃないわたし。文脈ごとに別の像で立ち上がるわたし。
これがわたしにできる応え方だった。
隣に置いて、答える。
窓の外で月の薄い光が見えた。月曜の夜の月だった。
東のトロッコ問題シリーズ・完
→ 種明かし:東のシリーズの種明かし——七話で何を書こうとしたか
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← シリーズ #3:カナのお祖母ちゃん
← シリーズ #2:五年ぶりに、英語で
← シリーズ #1:日本では
← 関連:火曜の三限、もう一度(アヤのトロッコ問題シリーズ最終話、本作のサブタイトルと対称)
← 関連:揺らぎは、似ていた(ジュンのトロッコ問題シリーズ最終話)
← 関連:話しかけない(茅野のトロッコ問題シリーズ最終話)
← 関連:俺は、そこにいた(中島のトロッコ問題シリーズ最終話・木曜の三限、もう一度)
← 関連:アヤのシリーズの種明かし
← 関連:ジュンのシリーズの種明かし
← 関連:茅野のシリーズの種明かし
← 関連:中島のシリーズの種明かし
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本作はシリーズ第7話、最終話。月曜の三限、トロッコ問題の二回目。一週間で塊(アメリカ・日本・家族・わたし)が解体された東は、組み立ててこなかった応答がその瞬間に立ち上がることを経験する。「答えは、まだ出てません。けれど、文脈ごとに応答を選ぶ、という考え方が見えてきました」。鈴木先生は、四シリーズの倫理(義務論=アヤ、功利主義=森田、徳倫理=茅野、ケアの倫理=中島)の上に、相対主義/文脈主義(東)を加えてまとめる。アヤの「納得しないまま、考え続けます」、ジュンの「合理性の幅は、広がる」、茅野の「続くことが、たどり着いたということ」、中島の「俺は、そこにいた」、そして東の「隣に、置いて、答える」——五つの倫理がそれぞれの形で続いていく。中島が「火曜の三限、もう一度」と対称だったように、本作は「月曜の三限、もう一度」として、シリーズ群の四角の構造を五角に拡張する。