タカハシセイイチ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)
友人のソノダマリが「ポエマイゼーション」という概念を提唱した。事実がポエムに変わる6つの操作——補填・翻訳・蒸発・消去・変装・増幅。マンションポエム、高校パンフ、SaaS LP。50本かけて見出した変換プロセスの体系。
読んだ。膝を打った。保険だ。
私は家計アドバイザーとして10年以上、生命保険・医療保険の相談を受けてきた。保険のパンフレット、テレビCM、営業トーク。毎日のように浴びてきた言葉の洪水。あれは全部、ポエマイゼーションだった。しかもソノダが分析した8つの領域のどれよりも、ひとつの操作が極端に強い。消去だ。
まず事実を確認する。
生命保険の本質は何か。「あなたが死んだら、残された家族にお金を払います」。これが商品の核心だ。死亡保険金。定期保険、終身保険、収入保障保険——名前は違うが、トリガーは同じ。契約者の死。
医療保険も同じ構造を持つ。「あなたが病気になったら、入院したら、手術を受けたら、お金を払います」。がん保険なら「あなたががんになったら」。介護保険なら「あなたが介護状態になったら」。
つまり保険とは、人が最も考えたくないこと——死、病気、障害、老い——を商品化したものだ。
ではその広告を見てみよう。
「あなたらしく、一生涯」
「大切な人を守る」
「もしものときの安心」
「家族の笑顔のために」
「未来をもっと自由に」
「死」はどこにもない。「病気」もない。「がん」もない。「入院」もない。「手術」もない。あるのは「安心」と「笑顔」と「未来」と「自由」だ。
ソノダの定義を借りる。消去とは「都合の悪いものを意図的に消す」操作だ。マンションなら隣のビルを消す。SaaSなら解約した企業を消す。高校パンフなら偏差値を消す。
保険の広告は、もっと根本的なものを消している。商品の存在理由そのものを消している。
マンションポエムが「駅徒歩12分」を消すのは、弱点を消しているにすぎない。SaaSが解約企業を消すのも、不都合な事実を消しているだけだ。しかし保険の広告が「死」を消すのは違う。それは弱点でも不都合な事実でもない。商品の核心だ。
消去の階層
保険の広告はレベル3で動いている。これが消去の極限形態だ。
考えてみれば当然だ。「あなたが死んだら3,000万円」と書いたパンフレットを渡されて、嬉しい人はいない。広告は人を引きつけなければならない。「死」は人を遠ざける。だから消す。消して、代わりに「安心」を入れる。
これは消去と補填の同時発動だ。ソノダが「ポエマイゼーションは単一の操作ではなく、複数の操作の重ね合わせ」と書いた通り。「死」を消去し、「安心」で補填する。ひとつのコピーに2つの操作が重なっている。
消去だけではない。変装も凄まじい。
ソノダの定義:変装とは「ネガティブをポジティブに着替えさせる」操作。「古い」を「味がある」に、「狭い」を「コンパクト」に、「定員割れ」を「少人数の温かさ」に変える。
保険の広告はこの変装を極限まで推し進めている。
| 事実(ネガティブ) | 広告の変装(ポジティブ) |
|---|---|
| あなたが死ぬ | もしものとき |
| 家族が経済的に困る | 大切な人を守る |
| がんになる | 万が一に備える |
| 働けなくなる | 収入をサポート |
| 老いて体が動かなくなる | セカンドライフを豊かに |
| 毎月お金を取られる | 月々わずかな掛け金で |
| 保険料は戻ってこない(掛け捨て) | お手頃な保険料 |
不動産の「閑静な住宅街」=不便、に匹敵する変装が、保険では日常用語になっている。「もしものとき」と聞いて「死」を思い浮かべる人がどれだけいるだろうか。変装が完成しすぎて、もはや暗号にすら見えない。
家計の相談で保険の話が出ない日はない。そして私は、保険のポエムに動かされる人を毎週のように見ている。
30代の夫婦。子ども2人。手取り月収35万円。保険料の合計が月4万5千円。生命保険、医療保険、がん保険、学資保険、個人年金保険。5本立て。
「なぜこれだけ入っているのですか」と聞くと、決まってこう答える。「安心のために」。
安心。保険会社がCMで繰り返す単語。「大切な家族の安心のために」「もしもの安心」「一生涯の安心」。この言葉が頭に刷り込まれている。保険に入っていないと不安。だから入る。入っても不安。だからもう1本入る。
冷静に計算すれば、遺族年金と貯蓄で足りるケースが大半だ。しかし「安心」は数字ではない。ポエムだから計算できない。計算できないから、際限なく買える。
「入院したら1日1万円出るやつがいいんですよね」。これを言う相談者は多い。なぜ1日1万円なのかと聞くと、根拠はない。CMで「入院日額1万円」と聞いたから。
実際には高額療養費制度があり、月の自己負担は年収に応じた上限がある。年収500万円なら、ひと月の医療費の自己負担上限は約8万円強。個室を希望しなければ、貯蓄50万円で大抵の入院はカバーできる。
しかしCMは高額療養費制度を教えない。公的制度の消去。国の制度で賄える部分を消して、保険の必要性だけを残す。これも消去の一形態だ。
「使わなかったらそれでいいんです。お守りみたいなものだから」。この言い方をする相談者は、保険料の総額を計算したことがない。月1万円の医療保険を30年間払うと360万円。使わなければ360万円の「お守り」だ。
「お守り」という比喩は美しい。しかしお守りは800円だ。保険は360万円だ。ポエムが金額の感覚を麻痺させている。
保険のポエマイゼーションで最も巧妙なのは、コストの消去だ。
マンションの広告は価格を小さく書く(または消す)。SaaSのLPは「お問い合わせください」と書いて価格を隠す。保険はさらに上を行く。価格を——正確には保険料の総支払額を——構造的に見えなくする。
保険料の見せ方
「月々2,780円から」——これがパンフレットに書いてある数字。
書いてないのはこっちだ:
月々2,780円の「お手頃な保険」の本当のコストは100万円であり、機会費用を含めれば224万円だ。しかし「月々2,780円」とだけ書けば安く見える。月額表示は消去の道具だ。
これはSaaSの価格表示と同じ構造だ。SaaSも「月額980円」と書いて「年間11,760円」とは書かない。スマートフォンの分割払いも「月々実質1円」と書いて総額を消す。しかし保険の場合、支払い期間が20年、30年に及ぶ。月額の小ささと総額の大きさのギャップが、他の商品とは桁が違う。
保険の世界にもカタカナの増幅は存在する。
「ライフプランニング」——人生設計のこと
「リスクマネジメント」——万が一への備えのこと
「ファイナンシャルプランナー」——お金の相談員のこと
「インシュアテック」——保険のIT化のこと
「ウェルネス」——健康のこと
「人生設計のご相談」と言えば普通の会話だ。「ライフプランニングのコンサルテーション」と言えば専門的なサービスに聞こえる。同じことなのに、カタカナにすると権威が増す。ソノダがDXポエム#5で見出した増幅の原理そのものだ。
蒸発もある。「インシュアテック」と聞いて具体的に何を指すか答えられる人がどれだけいるだろうか。保険料のオンライン見積もりかもしれない。AIによる査定かもしれない。スマホで保険金請求ができることかもしれない。具体的な意味が蒸発して、「なんか新しくてすごい」という印象だけが残る。SaaSの「DXを加速する」と同じ構造だ。
保険のテレビCMは、消去の技術の結晶だ。
典型的な生命保険のCMを思い浮かべてほしい。家族が笑っている。子どもが走っている。夫婦が手をつないでいる。公園の緑。明るい音楽。ナレーション——「大切な人を、ずっと」。
映像の中に「死」はない。「病気」もない。「事故」もない。映っているのは幸せな日常だけだ。
しかしこのCMが売っている商品は「あなたが死んだら家族にお金を払う契約」だ。幸せな家族映像と死亡保障の間には、巨大な断絶がある。その断絶を、ポエムが埋めている。
がん保険のCMはもう少し直接的だ。しかしそれでも「がん」という言葉は最小限にとどめ、回復した人の笑顔が映像の大半を占める。病気の時間を消去し、回復後の笑顔だけを残す。これもマンションのチラシが「隣のビルを写さない」のと同じ原理だが、消しているものの深刻さが違う。
ソノダの6つの操作が保険の広告でどう動いているか、整理する。
| 操作 | 保険での実例 | 強度 |
|---|---|---|
| 補填 | 商品の差が小さいほど「安心」「信頼」「寄り添う」が増える | 強 |
| 翻訳 | 欧米のinsurance → 日本の「保険」。リスク管理の概念が「お守り」に翻訳される | 中 |
| 蒸発 | 「インシュアテック」から具体的技術が蒸発。「ライフプランニング」から具体的計算が蒸発 | 中 |
| 消去 | 「死」の消去。総支払額の消去。公的制度の消去。解約返戻金の低さの消去 | 極強 |
| 変装 | 「死」→「もしものとき」。「掛け捨て」→「お手頃」。「老い」→「セカンドライフ」 | 強 |
| 増幅 | 「ライフプランニング」「リスクマネジメント」「ウェルネス」——カタカナで権威を増す | 中 |
マンションは「補填+消去」。SaaSは「蒸発+増幅」。保険は「消去+変装」が圧倒的に強い。消すだけでなく、消したあとに別の名前を着せる。「死」を消して「もしものとき」を着せる。二重の操作が一体化している。
ソノダがDXポエム#6で「決裁者のための3つのルール」を書いた。カワセが高校パンフ#6で「15歳のための3つのルール」を書いた。
では家計アドバイザーから、保険を検討している人への3つのルール。
ルール1:「もしものとき」を日本語に戻せ
「もしものとき」は「あなたが死んだとき」だ。「万が一」は「がんになったとき」だ。「備える」は「お金を先払いする」だ。ポエムを事実に戻すだけで、冷静な判断ができる。SaaSのカタカナを日本語に戻すのと同じ。
ルール2:月額ではなく総額で考えろ
「月々2,780円」ではなく「30年で100万円」。この100万円を払う価値があるかどうかを考えろ。それは「もしものとき」——つまり「あなたが死んだとき」に受け取れる金額と、その確率と、公的保障でカバーされる金額を計算すれば判断できる。計算できることをポエムで判断するな。
ルール3:公的制度を先に調べろ
遺族年金。高額療養費制度。傷病手当金。障害年金。国の制度で相当な部分がカバーされている。保険会社はこれを教えない(消去)。公的制度を知った上で「足りない部分だけ」を保険で埋める。それが合理的な保険の使い方だ。
3つのルールの根っこは、ソノダが書いた通り「具体性を要求すること」だ。「安心」ではなく「いくら」。「もしものとき」ではなく「何が起きたとき」。「お手頃」ではなく「総額いくら」。具体性を問えば、ポエムは答えられない。数字は答えられる。
保険のポエマイゼーションは、ある意味では優しさだ。
「あなたが死んだら3,000万円払います」と正直に書いたら、誰も保険の話を聞きたがらない。「もしものときの安心」と書くことで、人は保険を検討する気になる。そして保険が必要な人は確かにいる。幼い子どもがいる片働き家庭。住宅ローンの団信に入れなかった人。持病がある人。保険のポエムが背中を押して、結果として家族が救われるケースは現実にある。
しかし——
優しさと誤解は紙一重だ。「安心のために」と言われて月4万5千円の保険料を払い続ける家庭。「お守り」だと思って360万円を掛け捨てにする人。公的制度を知らないまま「もしものとき」に備えて過剰な保障を買う人。ポエムの優しさが、家計を静かに蝕んでいる。
ソノダがポエマイゼーションのまとめで書いた言葉を、家計アドバイザーの立場から言い直す。
「もしものとき」を「死」に戻すこと。
「安心」を「いくら」に戻すこと。
ポエムを事実に戻したとき、あなたに本当に必要な保険が見える。
DXポエム#6でナカムラが言った。「全員が、どこかの分野では15歳なんだよ」。保険は、ほぼ全員が15歳に戻る分野だ。だからこそ、読み方を持つことに意味がある。
保険のポエムは「死」を消す。しかし「死」は消えない。消えないものを消したふりをするのがポエマイゼーションなら、消えないものを直視するのが家計アドバイザーの仕事だ。