第二稿(第一稿、研究室4人による建設的批判を経て書き直した版)
山下唯。十五歳。中学三年。進学塾アスター、中一から。
塾に女の先生は、二人。佐藤先生と、最近入った高橋先生。
中三のあいだに、何度か、佐藤先生に、ナプキンを、もらった。
火曜日、塾に着いて、お腹が、痛くなった。
職員室に行った。
佐藤先生のデスクに、誰もいなかった。
男の先生が、わたしの顔を見て、「佐藤先生、今日、お休みですよ」と言った。
「あ……」
わたしは、止まった。
佐藤先生の引き出しに、ナプキンが、ある。前に、見たから、知っている。
けれど、佐藤先生のだから、開けられなかった。
高橋先生は、その日、いなかった。
男の先生に、言えない。
わたしは、職員室を、出た。
自転車に、乗った。
家まで、二十分。
お腹を、ちょっと、押さえながら、こいだ。
翌日、塾に行ったら、佐藤先生がいた。
「ユイちゃん、こないだのプリント、持ってる?」
「持ってます」
「うん。じゃあ、また」
佐藤先生は、別の生徒のところに、行った。
昨日のことは、言わなかった。
明日も、塾に行く。
佐藤先生の授業を、受ける。引き出しのナプキンの存在を、知っている。
来年、たぶん、どこかの高校に、行く。
明日、お腹は、たぶん、痛くない。
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本作は『「黙って、家に帰った」日』の第二稿。研究室メンバー4人の建設的批判を受けて書き直し。具体的な変更点:(1)季節構造(春・秋・冬)を解体、冬の「佐藤先生が休んだ日」に重心、春のナプキンを冒頭1行「中三のあいだに、何度か、佐藤先生にナプキンをもらった」に圧縮、秋の進路相談セクション全体を削除、(2)結語の自転車のペダル+冬の風の決め画を「明日も、塾に行く。明日、お腹は、たぶん、痛くない」の事実描写に、(3)中三女子のメタ判断「私物だから、たぶん、だめ」を「佐藤先生のだから、開けられなかった」の事実描写に圧縮、(4)「保健室は、塾には、ない」の解説を削除、「男の先生に、言えない」だけ残す、(5)「来年、女子高に行く、と思う。母親には、まだ、言わない」を「来年、たぶん、どこかの高校に、行く」の曖昧化、(6)「たぶん、佐藤先生は、知らない」のメタ視点を完全削除、(7)「保護者のメモがたくさん貼ってあった」削除(秋のセクション削除に伴う)、(8)「五分、待った。十分、待った」を削除(秋のセクション削除)、(9)「高橋先生は、別の校舎にいた」を「高橋先生は、その日、いなかった」に圧縮、(10)翌日の佐藤先生のセリフを「ユイちゃん、ナプキン、足りてる?」から「ユイちゃん、こないだのプリント、持ってる?」に変更、佐藤は何も気づいていないまま、ナプキンの気遣い装置を削除。中三女子の声を断片的・短文に、メタ判断を抑える。「気づきかけて、変えない」構造を、ユイが自分で言語化しない。