高校二年、二組、森田。火曜の朝、最寄り駅のホーム。七時四十二分の上り電車を、待っていた。ホームの足元には、白い線が、引かれていた。電車のドアが、ここで止まる、という線だった。線の前に、立った。
電車が、ホームに、入ってきた。減速して、止まった。
「ぴったり」と、誰かが、後ろで、言った。
足元を、見た。電車のドアの右側のフチが、白線の右端に、合っていた。たしかに、合っていた。
ただし、合っている、というのは、目で見たかぎりの話だった。しゃがんで、定規を、当てたわけではない。当てれば、たぶん、二、三ミリのずれは、出る。それより精度の高い計測器具を当てれば、〇.一ミリの単位で、必ず、何かのずれが、出る。続けていけば、原子の格子の何個分、というところまで、ずれは、降りていく。
「ぴったり」は、目の解像度の、内側に、ある。目が、これ以上は判別しません、と、降参した地点で、「ぴったり」が、立ち上がる。
降参した地点を、こちらは、降参とは、呼ばない。「ぴったり」と、呼ぶ。
後ろの誰かが言った「ぴったり」も、たぶん、その意味だった。誰も、定規を、出してこなかった。出さないまま、ドアが、開いた。乗った。
電車の中で、車内のモニターに、時刻が、出ていた。七時四十二分。発車時刻、という表示の下に、七時四十二分、と、書かれていた。
電車は、ホームに、七時四十一分五十八秒くらいに、止まったように、見えた。ドアが、開いたのは、たぶん、七時四十二分の、ほんの少し、前か、後か、だった。発車したのは、七時四十二分十二秒、くらいだった。
表示は、七時四十二分。実際は、七時四十二分の周辺、十数秒の幅。それでも、ダイヤは「ぴったり、定刻通り」だった。
七時四十二分の、何ミリ秒、まで指定したら、定刻なのか。指定しないまま、表示は、ぴったり、と、宣言する。指定されないまま、乗客は、定刻、と、納得する。
定刻、という言葉は、たぶん、点ではなかった。点のかたちをした、幅、だった。点の見た目で、幅を、運用していた。「ぴったり」は、その運用に、ついている、ラベルだった。
放課後、数学研究会の部室で、ノブが、ホワイトボードの前で、最後の一行を、書き終えたところだった。極限の証明だった。εとδを、行ったり来たりして、十数行のあと、最後に、不等式が、ぴったり、閉じた。
ノブが、マーカーを、置いた。
「ぴったり、収まったわ」
と、ノブが、言った。
こちらは、ホワイトボードを、見た。たしかに、最後の一行は、左辺と右辺が、定義どおりに、合っていた。εが任意、と置いた式が、最後にεで、閉じた。
これが、たぶん、いちばん「ぴったり」に近い「ぴったり」だった。数学の証明の中の「ぴったり」は、目の解像度の内側、ではない。記号と記号が、定義のうえで、完全に、一致している。許容誤差が、ゼロ。
けれど、ノブの口から出た「ぴったり」は、その完全さを、指していなかった。証明が、思っていた長さで、思っていた論法で、無駄なく、閉じた、ということを、四音で、撫でていた。
記号のレベルでは、誤差ゼロ。発話のレベルでは、満足の、輪郭。「ぴったり」は、二つの層を、同時に、通っていた。通りながら、どちらの層を指しているか、ノブも、たぶん、こちらも、いちいち、区別していなかった。
区別しなくても、ホワイトボードは、閉じた。マーカーの蓋を、ノブが、閉めた。蓋の音が、ぴったり、と、鳴った。
家に帰って、玄関に、ハルの新しいスニーカーが、置いてあった。母が、買って帰ってきた、という。
ハルが、二階から、降りてきて、履いた。
「サイズ、ぴったり」
と、ハルが、言った。
母が、横で、頷いた。
母に、聞いた。「何センチ?」
「二十四・五」
「足の、実寸は」
「測ったら、二十四・三だった」
二ミリ、余っていた。二ミリ余っているのに、ハルの「ぴったり」も、母の「ぴったり」も、成立していた。靴は、爪先に、少し、空間が必要だ、という前提が、二人の頭の中に、入っていた。空間込みで、足の長さに合っている、という意味で、「ぴったり」だった。
足の実寸と靴の内寸が、完全に等しい、という意味の「ぴったり」は、たぶん、靴では、不快を、生む。「ぴったり」は、最適な余白を、含んだ「ぴったり」だった。
余白が、含まれている「ぴったり」を、こちらは、許せる。完全一致でなくても、靴は、合っている、と、認められる。
余白の、何ミリまでなら、ぴったりで、何ミリから、ぴったりではないのか。誰も、線を引かない。引かないまま、ハルは、玄関で、二、三歩、歩いた。歩き心地は、ハルの足の中で、評価された。
「ぴったり」
と、ハルが、もう一度、言った。同じ四音だった。同じ四音の中身は、二回目には、歩いた感覚も、含まれていた。
夜、自分の部屋で、机の引き出しの奥に、しまいかけだった、千ピースのジグソーパズルを、引っ張り出した。残りは、五ピースだった。何週間か前から、手をつけずに、放置していた。
四ピースを、嵌めた。残り、一ピース。
最後の一ピースを、つまんで、空いた場所の上に、置いた。指で、押し込んだ。
嵌まった。「ぴったり」と、口が、勝手に、動いた。動いてから、なぜ「ぴったり」が出たかを、考えた。
ジグソーパズルのピースは、工場で、同じ金型で、抜かれている。隣のピースとの誤差は、ミクロン単位の、規格内。だから、嵌まる前から、嵌まることは、確定していた。確定しているのに、嵌まる瞬間に「ぴったり」が、出る。
確定とは、別のところで、「ぴったり」は、起きていた。指の腹で、最後のピースが、収まる、その手応え。手応えが、四音を、口から、絞り出していた。
記号のレベルの「ぴったり」(数学の証明)。視覚のレベルの「ぴったり」(ホームの白線)。許容のレベルの「ぴったり」(靴の二ミリ)。手応えのレベルの「ぴったり」(最後のピース)。それぞれ、別の機構で、「ぴったり」が、立ち上がっている。
四音は、共通だった。共通の四音が、四つの別の機構を、同じ言葉で、束ねていた。束ねられるから、「ぴったり」は、便利だった。束ねたぶん、何かは、こぼれていた。
英語の似た言葉を、一瞬、考えた。exactly、precisely、just right。exactly は、記号と数字の側に、寄っている。just right は、靴とジグソーの側に、寄っている。precisely は、その中間で、もっと冷たい場所に、いる。
「ぴったり」は、四つを、ひとつの四音に、押し込んでいた。英語は、四つを、別の言葉に、分けていた。今日は、それ以上、棚を、開けなかった。
机に、ノートを、開いた。「ぴったり」と、書いた。下に、四つの場面を、メモした。ホームの白線、電車の定刻、ノブの証明、ハルの靴、最後のピース。証明だけが、誤差ゼロを、定義のうえで、保証する。残り全部は、誤差を含んだまま「ぴったり」を、引き受けていた。
連続している現実に、ぴたりと一致する、離散的な「点」を、抽出すること。原理的には、不可能だった。一致を要求する精度を、どこまでも上げていけば、必ず、ずれが、出る。出ない、ということは、ない。
不可能なのに、四音は、毎日、使われている。使われているのは、たぶん、知覚の側に、解像度の限界が、あるからだった。限界の内側では、ずれが、ずれとして、入ってこない。入ってこなければ、ずれていない、と、見なせる。見なすところに、「ぴったり」が、立つ。
「ぴったり」は、現実の側の事実ではなく、知覚の側の閾値の、別名だった。閾値は、人ごとに、場面ごとに、違う。違うまま、四音は、共有される。共有されているのに、中身は、毎回、別。
これは、合理性の言葉では、たぶん、不安定な状態と、呼ばれる。不安定なまま、ホームのドアは、ぴったり、止まる。証明は、ぴったり、閉じる。靴は、ぴったり、合う。最後のピースは、ぴったり、嵌まる。
不安定な四音が、安定した結果を、運んでいる。運んでいる仕組みを、効用関数の側に、書こうとして、書きかけて、止めた。書ききろうとした瞬間に、「ぴったり」のほうが、ノートの紙面から、漏れていく感じがあった。
漏れていくものを、追いかけずに、ノートを、閉じた。
閉じた、ノートの、上下のページの端が、合っていた。合っているように、目に、見えた。見えたところで、「ぴったり」は、また、ひとつ、立ち上がっていた。
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本作はジュンのシリーズ番外編「ジュンのことばのメモ」第五作。火曜の朝の駅のホーム、車内モニターの定刻表示、放課後の数学研究会でノブが書き終えた極限の証明、玄関の弟ハルの新しいスニーカー、夜の部屋の千ピースの最後の一ピース——五つの場面で、「ぴったり」という四音が、それぞれ別の機構で、立ち上がっている。連続している現実から、離散的な「点」としての一致を抽出することは、原理的には不可能。それでも四音は毎日使われている。「ぴったり」は、現実の側の事実ではなく、知覚の解像度の閾値の、別名だった。記号レベル(証明)、視覚レベル(白線)、許容レベル(靴の余白二ミリ)、手応えレベル(ピースの嵌合)——四つの別の機構が、共通の四音に束ねられている。前作までの「事前効用」「入力の不定性」「決定の暫定性」「合理性の共通単位」に続いて、本作では「離散と連続の不一致」が、合理性の輪郭の外側に、ひとつ、足される。(本作は第一稿。批判ページと第二稿は後日。)