マツモトヒナ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)
前回の育児用品ポエムを書いたあと、うちの猫(ミケ、7歳、メス、気分屋)にごはんをあげていて、ふとパッケージを見た。
「グレインフリー」「ヒューマングレード」「天然素材100%」「獣医師推奨」。
……あれ。これ、育児用品の広告と同じ構造だ。
「赤ちゃんにいちばんを」が「愛猫にいちばんを」になっただけ。「オーガニック100%」が「天然素材100%」になっただけ。「BPAフリー」が「グレインフリー」になっただけ。ソノダのポエマイゼーション6つの操作——補填、翻訳、蒸発、消去、変装、増幅——が、ペットフードの売り場でも全力で稼働している。
ただし、決定的な違いがひとつある。ペットはラベルを読めない。
育児用品ポエムで私は書いた。補填されているのは商品の魅力ではなく、親の不安だ、と。ペットフードでも同じことが起きている。
「愛犬の健やかな毎日のために。」
この文の構造を見てほしい。「健やかな毎日」とは何か。具体的にどの栄養素がどう作用して何が健やかになるのか。何も書いていない。育児用品の「赤ちゃんにいちばんを」と同じだ。具体性が蒸発して、感情だけが残っている。
しかし育児用品のときは「赤ちゃんにいちばんを」と言われた親が「いちばんでないものを選んでいる自分」を想像した。ペットフードでも同じ反転が起きる。「愛犬の健やかな毎日のために」と言われた瞬間、「今のフードでは健やかでないのかもしれない」が浮かぶ。
補填の構造は同じ。罪悪感の方向も同じ。「このフードを選ばないのは悪い飼い主」。育児用品の「このミルクを選ばないのは悪い親」と、一字違い。
ミケはそんなこと知らない。彼女はパッケージを見ていない。匂いを嗅いでいる。
育児用品の「BPAフリー」は、業界のほぼ全製品が該当するのにわざわざ大書する。ペットフードの「グレインフリー」も似た構造を持つ。
グレインフリー。穀物不使用。2010年代にアメリカで流行し、日本に上陸した。犬は穀物を消化できないから穀物フリーの方がいい——というのが流行のロジックだった。
ところが2019年、アメリカ食品医薬品局(FDA)が調査を発表した。グレインフリーフードと犬の拡張型心筋症(DCM)の間に相関があるかもしれない、と。穀物の代わりに大量に使われるエンドウ豆やレンズ豆が問題ではないかという指摘だ。因果関係は確立していないが、「グレインフリー=無条件に良い」という前提は揺らいだ。
しかしパッケージからは「グレインフリー」の文字は消えない。なぜか。「グレインフリー」が成分情報ではなく、「ちゃんとした飼い主」の暗号として機能しているからだ。育児用品の「オーガニック」と同じだ。オーガニックが「良い親」の暗号なら、グレインフリーは「良い飼い主」の暗号。
ペットフードの暗号辞典
| 広告の言葉 | 暗示していること | 実際の意味 |
|---|---|---|
| グレインフリー | 穀物入りは有害 | 穀物を消化できる犬は多い。FDAが健康リスクの可能性を調査中 |
| ヒューマングレード | 人間が食べられる品質 | 法的定義が曖昧。犬に必要な栄養バランスと人間の食品基準は別物 |
| 天然素材100% | 人工物は悪 | 「天然」の定義が広い。天然の毒物もある。人工の安全な成分もある |
| 獣医師推奨 | 医学的に最善 | 何人中何人の推奨か不明なことが多い。推奨の条件も非公開が多い |
| 無添加 | 添加物は悪 | 何が無添加か不明なことが多い。酸化防止剤なしでは品質劣化が早い |
| プレミアム | 高級=高品質 | 「プレミアム」にペットフード業界での法的定義はない |
育児用品の暗号辞典と見比べてほしい。構造が完全に同じだ。「BPAフリー」→「グレインフリー」、「オーガニック」→「天然素材」、「赤ちゃんにやさしい」→「愛犬にやさしい」。単語を入れ替えただけで、広告の文法はそのまま使い回されている。
ソノダのDXポエム#5で、マークが「増幅」を発見した。カタカナは権威の増幅装置。"Scalable"は平凡な英単語。「スケーラブル」は専門用語に聞こえる。
ペットフードで最も強力な増幅が効いているのは「ヒューマングレード」だ。
ヒューマングレード——人間が食べられる品質。
冷静に考えてほしい。犬は人間ではない。犬にとって最適な食事は、人間にとって最適な食事とは違う。犬はチョコレートを食べられない。ぶどうも危険だ。逆に、人間が食べたくないような内臓肉は犬にとって栄養豊富だ。「人間が食べられる品質」は、犬の健康を保証する基準ではない。
しかし「ヒューマングレード」というカタカナが与える印象は圧倒的だ。「人間の食品基準をクリアしている」→「それくらい安全」→「それくらい愛情をかけている」。カタカナ6文字で、品質と安全と愛情が一度に増幅される。日本語で「人間用品質」と書いたら、少し滑稽だ。「うちの犬に人間用の品質を?」と疑問が湧く。カタカナにすると、その疑問が蒸発する。
うちのミケに「ヒューマングレード」のキャットフードを出したことがある。匂いを嗅いで、2口食べて、去っていった。翌日、いつもの安いカリカリをがつがつ食べていた。ミケのグレードは、ミケが決める。
育児用品ポエムとペットフードポエムは、構造がほぼ同じだ。補填、変装、増幅、消去——同じ操作が同じ順序で動いている。しかし、決定的な違いがある。
育児用品 vs ペットフード——広告のターゲット構造
| 育児用品 | ペットフード | |
|---|---|---|
| 広告を読む人 | 親(人間) | 飼い主(人間) |
| 商品を使う人 | 赤ちゃん(人間) | ペット(人間ではない) |
| 品質を判断する基準 | 将来言語化できる | 永遠に言語化されない |
| フィードバック手段 | 泣く、笑う、言葉で伝える | 食べる、食べない |
| ポエムの影響を受ける存在 | 親のみ | 飼い主のみ |
赤ちゃんはいずれ大人になる。「あのミルク美味しかったよ」と言えるようになる(言わないけれど)。しかし犬も猫も、永遠に言語化しない。フードの感想を述べない。レビューを書かない。「グレインフリーの方が体調がいい」とは言ってくれない。
つまり、ペットフードの広告は、商品を使わない存在だけに向けて書かれている。ポエマイゼーションの操作は全て飼い主の脳内で完結する。ペットは一切関与しない。「ヒューマングレード」を読んで感動するのは人間だけだ。犬は匂いを嗅いでいる。猫は匂いを嗅いで、気に入らなければ去る。
これはポエマイゼーションの純粋形態だと思う。マンションポエムでは、住む人がポエムの嘘に気づくことがある。「上質がそびえる」と書いてあったのに壁が薄い、と。SaaSポエムでは、導入した企業が「DXは加速しなかった」と気づく。育児用品でも、赤ちゃんが嫌がれば「やさしくないじゃん」と気づく。しかしペットフードでは、ペットがポエムの真偽を検証することは原理的にない。ポエムが永遠に検証されない。反証不可能なポエム。ポエマイゼーションの究極形。
育児用品ポエムで私は「罪悪感マーケティングの3段構造」を書いた。不安の提示、理想像の暗示、解決策としての商品。ペットフードでも完全に同じ構造が動いている。
ペット版・罪悪感マーケティングの3段構造
育児用品と完全に同じだ。「赤ちゃん」を「愛犬」に、「ママ」を「飼い主」に、「オーガニック」を「グレインフリー」に置換すれば、広告のテンプレートはそのまま使える。おそらく実際に使い回されている。育児用品のコピーライターとペットフードのコピーライターは、同じ教科書を読んでいるのではないか。
しかし育児の罪悪感には、社会的なバックアップがある。「大丈夫ですよ」と言ってくれる小児科医がいる。保健師がいる。私のような育児コーディネーターがいる。ペットの飼い主には、「大丈夫ですよ」と言ってくれる人が少ない。獣医は健康相談には乗るが、フード選びのポエムを解読してくれるわけではない。SNSでは「うちの子にはこの高級フードをあげてます」の投稿が並ぶ。「うちは普通のフードです」とは書きにくい。
だから私が言う。普通のフードで大丈夫ですよ。
うちのミケの食事遍歴を正直に書く。
ミケが子猫だった頃、私は初めての猫だったから不安だった。育児コーディネーターの私が、猫の育児で不安になった。職業的な皮肉だ。ネットで調べた。「グレインフリーがいい」「無添加がいい」「プレミアムフードじゃないとかわいそう」。罪悪感マーケティングに、見事にハマった。
最初に買ったのは、1kgあたり3,000円のプレミアムキャットフード。「厳選されたチキンとサーモン、グレインフリー、人工添加物不使用」。パッケージは上品なマットブラック。マンションポエムでいえば「邸宅」クラスのデザインだ。ミケに出した。匂いを嗅いだ。2粒食べた。去った。
次に買ったのは、1kgあたり2,000円の「獣医師推奨」フード。「最適な栄養バランスを科学的に設計」。ミケに出した。3口食べた。去った。
諦めて、スーパーで買った1kgあたり500円のフードを出した。ミケはがつがつ食べた。おかわりを要求した。
ミケの食レポ:パッケージの美しさと食いつきに、相関はない。
もちろん、安ければいいという話ではない。栄養バランスは大事だ。総合栄養食の基準を満たしているかは確認すべきだ。しかし「プレミアム」「ヒューマングレード」「グレインフリー」というポエムで選ぶ必要はない。ミケは「厳選されたチキンとサーモン」に興味がなかった。彼女が興味を持ったのは、匂いと食感だ。パッケージの色も、コピーライターの言葉も、彼女の世界には存在しない。
これが「ペットはラベルを読めない」の意味だ。ポエムが影響するのは、100%飼い主だけ。ペットの満足度は、ポエムとは独立した基準——匂い、味、食感——で決まる。そしてその基準を知っているのは、ペット自身だけだ。
育児用品ポエムで消去されていたのは「なくても大丈夫」という選択肢だった。ペットフードで消去されているものは何か。
「安いフードでも問題ない場合が多い」という事実だ。
日本のペットフード安全法(愛がん動物用飼料の安全性の確保に関する法律、2009年施行)は、犬と猫のフードについて安全基準を設けている。基準を満たしていないフードは、そもそも販売できない。つまり日本の店頭に並んでいるフードは、法律上の安全基準をクリアしている。
しかしペットフードの広告は、この事実を消去する。「安全基準をクリアしています」とは書かない(当たり前だから)。代わりに「ヒューマングレード」「獣医師推奨」「天然素材100%」と書く。すると、書いてないフードが「基準を満たしていないのではないか」と見える。育児用品の「BPAフリー」と同じ構造だ。全製品が基準を満たしているのに、一部だけが声高に宣言することで、残りが不安に見える。
もうひとつ消去されているものがある。ペットフードの原材料表示のルールだ。原材料は重量順に記載される。「チキン、サーモン、サツマイモ……」と書いてあれば、チキンが最も多い。しかし「チキン」が生肉の重量なのか、乾燥後の重量なのかで順位が変わる。生肉は水分を含むから重い。乾燥すれば軽い。生肉の重量で「チキン第1位」と書いてあっても、乾燥後は穀物の方が多いことがある。この「原材料表示のトリック」は広告では説明されない。消去されている。
育児用品で「北欧のやさしさ」が翻訳と蒸発の例だった。ペットフードでも同じことが起きる。
アメリカのペットフードブランドが日本に上陸する。アメリカでは "biologically appropriate" (生物学的に適切)と謳っている。犬は本来肉食に近い雑食だから、肉中心の配合が自然だ、という主張。科学的に議論の余地はあるが、少なくとも主張の内容は明確だ。
日本の販売ページではこうなる。「自然本来の食事を再現」「野生の本能が求める味」。
「生物学的に適切」→「野生の本能が求める味」。
科学的な主張が、ロマンチックな物語に翻訳されている。そして「何が適切か」の具体的な定義は蒸発している。
うちのミケの「野生の本能」は、午後3時にソファの上で仰向けになっておなかを見せることだ。野生の本能が求める味は、たぶん私の指についたバターの匂いだ。「野生の本能」というポエムは、都会のマンションで暮らす猫には少し大げさすぎる。
育児用品ポエムの最後に3つのルールを書いた。ペットフード版も書いてみる。
ペットフードポエムに騙されないための3つのルール
育児用品のルールと見比べてほしい。構造が同じだ。「業界標準を確認しろ」「カタカナを日本語にしろ」「実物を見ろ」。ソノダのポエマイゼーションへの対抗手段は、どの領域でも同じ筋肉で動く。DXポエム#6でナカムラが言ったように、全員が、どこかの分野では15歳なのだから。
育児用品ポエムのまとめで、私はこう書いた。「広告は不安を補填する。私は『大丈夫』を補填する。同じ補填でも、方向が逆だ」。
ペットフードの世界で「大丈夫」を補填するのは誰か。獣医師だ。獣医に「このフードで大丈夫ですか」と聞けば、たいてい「大丈夫ですよ」と言ってくれる。総合栄養食の基準を満たしていれば、「プレミアム」でなくても大丈夫。「グレインフリー」でなくても大丈夫。「ヒューマングレード」でなくても、もちろん大丈夫。
そしてもう一人、「大丈夫」を教えてくれる存在がいる。ペット自身だ。
ミケは広告を読まない。ブランドを知らない。価格を比較しない。パッケージのデザインに惹かれない。「グレインフリー」の意味を知らない。「ヒューマングレード」に感動しない。彼女は匂いを嗅ぎ、味を確かめ、気に入れば食べ、気に入らなければ去る。これ以上正直なレビューは存在しない。
ソノダの言葉を借りるなら、ミケはポエマイゼーションの外側にいる。補填も変装も増幅も、彼女には届かない。彼女が反応するのは事実——匂い、味、食感——だけだ。ポエムとデータを区別する能力を、彼女は生まれつき持っている。というか、ポエムが存在しない世界に生きている。
ペットはラベルを読めない。
だからポエムに騙されない。
飼い主だけが、ポエムに惑う。
ミケのように選べたらいいのに、と思う。
匂いを嗅いで、食べてみて、おいしければそれでいい。
パッケージの言葉は、忘れていい。
前回、育児について「育児は、ポエムなしでも、じゅうぶん美しい」と書いた。ペットとの暮らしもそうだ。「プレミアム」でなくても、「ヒューマングレード」でなくても、ミケが膝の上で喉を鳴らしている、その事実がいちばんだ。広告にそう書いてなくても。