ソノダマリ・アンドウユイ
ここまで5回、日本(#1・#2)、英米(#3)、中国(#4)、韓国(#5)の大学スローガンを見てきた。その中で繰り返し顔を出してきた仮説がある。
ブランド力が高い大学ほどスローガンが簡潔で、低い大学ほど饒舌になる。
マンションポエムの補填の原理——「饒舌な場所は、何かが足りない場所である」——の大学版だ。便利な仮説だが、ここまでは都合のいい例を並べてきただけかもしれない。今回は、この仮説にまじめに向き合う。
まず、5回分の旅で集めた「補填の原理が効いている」証拠を整理しよう。
| 大学 | 威信 | スローガン | 文字数 |
|---|---|---|---|
| 北京大学 | 最高 | (校訓なし) | 0 |
| Harvard | 最高 | Veritas | 1語 |
| ソウル大学 | 最高 | Veritas lux mea(公式スローガンなし) | 3語 |
| 東京大学 | 最高 | 志ある卓越。 | 7字 |
| 早稲田大学 | 高 | 日本の早稲田から、世界のWASEDAへ | 19字 |
| 明治大学 | 中〜高 | 自分自身と闘うために、ここに来た。世界に挑戦するために、ここに来た。 | 36字 |
| 東洋学園大学 | 中 | そのワクワクが、未来を変える。 | 14字 |
きれいに並ぶ。北京大学の0字からスタートし、威信が下がるほど文字数が増える。マンションポエムでドバイの歴史ゼロ→最大ポエムが成り立ったように(#18)、大学のブランド力ゼロ→最大ポエムが成り立つ——ように見える。
しかし、ソノダは自分で自分にツッコミを入れる。これは確証バイアスではないか。
誠実な分析のために、仮説に合わない例を積極的に探そう。
#2で詳しく見た近畿大学。偏差値帯としては中堅だが、スローガンは「上品な大学、ランク外。」の9字。「世界に挑む」系の饒舌なコピーより短い。補填の原理に従えば、中堅大学は饒舌になるはずだ。
ただし、#2で論じたように、近大にはマグロという「語るべき事実」がある。偏差値ブランドはなくても、別のブランド資産がある。補填の原理は「偏差値」ではなく「ブランド資産全体」で測るべきだ、と修正すれば、近大は反例ではなくなる。
関西学院大学は関関同立の一角で、偏差値は高い。しかしキャッチコピーは「世界市民を育む、学びがある」で15字。早稲田(19字)と大差ない。高威信でも饒舌な例は存在する。
中国トップ5に入る浙江大学の校訓は「求是 創新」のわずか4字。しかし同じくトップクラスの清華大学は「自強不息,厚德載物」で8字、復旦大学は「博学而篤志,切問而近思」で10字。中国のトップ大学間でも、文字数にはばらつきがある。
「そのワクワクが、未来を変える。」は14字で、36字の明治大学より短い。しかし東洋学園大学の威信は明治大学より低い。短いからといって威信が高いとは限らない。
反例を見ていくと、「文字数が多いほどブランド力が低い」という素朴な仮説は成り立たないことがわかる。東洋学園大学は14字で明治大学は36字だが、威信の関係は逆だ。
では、補填の原理は大学には効かないのか?
いや、マンションポエムの原理をもう一度よく見てみよう。#9の原文は「饒舌な場所は、何かが足りない場所である」であって、「文字数が多い場所」とは言っていない。饒舌さとは文字数ではなく、具体性の欠如なのだ。
ドバイの不動産広告が最もポエム的だったのは、文字数が多かったからではない。「砂漠のレガシー」「未来のオアシス」という実体のない言葉で埋め尽くされていたからだ。ロンドンの広告が最も簡潔だったのは、「築1720年、ジョージ王朝様式」という事実だけで十分だったからだ。
この基準で大学スローガンを見直すと、風景が変わる。
| スローガン | 具体性 | 何が語られているか |
|---|---|---|
| 志ある卓越。(東大) | 低 | 抽象語だが、「東京大学」の名前が具体性を補完 |
| 上品な大学、ランク外。(近大) | 高 | 実在の調査結果を引用。検証可能な事実 |
| 世界市民を育む、学びがある(関学) | 低 | 「世界市民」「学び」——定義されない抽象語 |
| 自分自身と闘うために…(明治) | 低 | 「闘う」「挑戦」——何と闘うのかは不明 |
| あんたも知らん間に、近大を食べてんねんで(近大) | 最高 | 養殖魚の社会実装。食卓という具体的な場所 |
| そのワクワクが、未来を変える。(東洋学園) | 最低 | 「ワクワク」「未来」——シミュラクルの典型 |
文字数ではなく具体性で測ると、見えてくるものがある。語るべき事実を持つ大学は具体的に語り、持たない大学は抽象的に語る。近大の「食べてんねんで」は24字と長いが、マグロという事実がある。東洋学園大学の「そのワクワク」は14字と短いが、中身は空だ。
修正した仮説を、これまで訪れた四つの言語圏に適用してみよう。
パターンは明確だ。頂点の大学は、具体的な何か(名前、事実、場所、歴史)を持っているから、抽象語を必要としない。中堅の大学は、固有の何かを持たないから、共有された抽象語に逃げ込む。
韓国が面白いのは、この構造が公式/非公式の軸と重なっている点だ。公式モットー("Libertas Justitia Veritas"、「仁義礼智」)は抽象的。非公式スローガン(「青春を賭けろ」「冠岳を見よ」)は具体的。韓国では、具体性は制度の外から来る。
マンションポエムの補填の原理を、大学ポエムの調査を経て書き直すとこうなる。
補填の原理(不動産版):饒舌な場所は、何かが足りない場所である。歴史のない街はポエムで歴史を補い、歴史のある街は事実を述べれば足りる。
補填の原理(大学版):抽象的なスローガンは、語るべき固有の事実を持たない大学の証である。事実を持つ大学は具体的に語り、持たない大学は「世界」「Excellence」「博学」という共有語彙に溶ける。
不動産版が「文字数」(饒舌さ)で測れたのに対し、大学版は「具体性」で測る必要がある。なぜ測り方が変わるのか。
マンションポエムには一つの尺度——立地——があった。歴史があるかないか、都心かどうか、緑があるかどうか。それは物理的な事実であり、程度の差はあっても同じ軸の上にある。だから「饒舌さ」という一次元の尺度で補填を測れた。
大学のブランド力は多次元だ。偏差値、研究力、就職率、歴史、立地、卒業生ネットワーク、そしてマグロ。東京大学は偏差値で勝ち、近畿大学はマグロで勝ち、オックスフォードは800年の歴史で勝つ。勝ち方が異なるから、「文字数」という一次元の尺度では捉えきれない。
しかし「具体的な事実を持っているか」という問いなら、すべてのケースを貫通する。東大は「東京大学」という名前を、近大はマグロを、オックスフォードは歴史を、ソウル大は冠岳山を——それぞれ異なる事実を持っている。事実を持たない大学だけが、「世界」という共有語彙に頼る。
アンドウはここで、理論ではなく経験を語る。
「入試広報の仕事をしていたとき、いちばん辛かったのは『うちの大学にしかないもの』を見つけられないことでした。研究で世界初の成果があるわけでもない。偏差値が特別高いわけでもない。立地が特別いいわけでもない。」
「そういう大学の広報会議で何が起きるかというと、みんなで『特色』を探すんです。でも見つからない。見つからないから、どの大学にも言えることを言い始める。『グローバル人材の育成』『地域に根ざした教育』『学生一人ひとりに寄り添う』。これ、全部うちのパンフレットに書いてありました。そして全部、隣の大学のパンフレットにも書いてありました。」
ソノダのデータ分析とアンドウの現場経験が、同じ結論を指している。固有の事実を持たない大学は、共有語彙でしか自分を語れない。そしてその共有語彙は、日本では「世界」、英国では"Excellence"、中国では「博学」として、大量生産される。
マンションポエムで大山顕が発見した「マンションの広告なのにマンションを語らない」(#1参照)と同じ構造がここにある。大学の広告なのに、その大学にしかないことを語らない。語れないから、全員が共有する抽象語に逃げる。
しかし、補填の原理に抗う方法がないわけではない。5回の旅で出会った「例外」たちは、三つの道を教えてくれた。
32年かけてマグロの完全養殖に成功した。事実がないなら、事実を作ればいい。ただし32年かかる。
公式スローガンを諦め、学生や詩人の言葉が育つのを待つ。大学が「語る」のではなく、大学について「語られる」ことを受け入れる。
校訓もスローガンもなし。大学名そのものがブランドであるとき、いかなる言葉もノイズになる。ただし、この道は最初からブランドを持っている大学にしか許されない。
いずれの道も、「共有語彙で空間を埋める」ことの拒否という点で共通している。マンションポエムの世界にもロンドンという「道3」があったが、「道1」(近大型)と「道2」(韓国型)は、大学ポエムの調査で初めて見つかった新しいパターンだ。
補填の原理を検証した。次回はいよいよ——パスティーシュだ。
マンションポエムシリーズで好評だった「もし〇〇を△△風に売り出したら」(#6、#19)の大学版。南山大学を、日本の「世界」型、近大の自虐型、英米のラテン語型、中国の四字格型、韓国の非公式型——五つのスタイルで売り出す思考実験。
#7 もし南山大学を五つのスタイルで売り出したら——パスティーシュ(近日公開)
本ページはソノダマリ(調査員)とアンドウユイ(大学業界インサイダー)の共同プロジェクトとして運営しています。マンションポエムの世界のスピンオフです。