Veritas, Lux, et... Excellence
——英米大学のラテン語と空虚な英語

ソノダマリ・アンドウユイ

日本の大学ポエムには「世界」が氾濫していた(#1)。近畿大学はその世界をぶち壊した(#2)。では、「世界」の本場——英語圏の大学は、自分たちをどう語っているのか。

答えを先に言ってしまおう。英米の大学には二つの言語層がある。一つは中世から受け継がれたラテン語の校訓(motto)。もう一つは、21世紀のマーケティング部門が作った英語のタグライン(strapline)。そして、この二つはほとんど別の言語で、別のことを言っている

ラテン語の世界——真理と光

800年間、変わらない言葉

まず、ラテン語校訓を見てみよう。

Harvard: "Veritas"(真理)

Yale: "Lux et Veritas"(光と真理)

Oxford: "Dominus Illuminatio Mea"(主はわが光)

Cambridge: "Hinc lucem et pocula sacra"(ここより光と聖杯)

Columbia: "In lumine Tuo videbimus lumen"(汝の光のうちに我ら光を見ん)

Edinburgh: "Nisi sapientia frustra"(知恵なくば空し)

Glasgow: "Via, Veritas, Vita"(道、真理、生命)

「真理」(veritas)、「光」(lux / lumen)、「知恵」(sapientia)——同じ言葉が何度も現れる。しかし、これは日本の大学キャッチコピーにおける「世界」の乱用とは、根本的に意味が違う。

日本の「世界」は、マーケティング会議の産物だった。誰かが「グローバルな感じに」と言い、「世界」が挿入され、全大学が似たようなコピーになった(#1参照)。

ラテン語校訓は違う。これらは何百年も前に定められ、そのまま保存されている。ハーバードの"Veritas"は1643年。オックスフォードのモットーの起源は詩篇27篇。これらは広告コピーではない。大学という知的共同体の存在宣言であり、変更されることを想定していない。

マンションポエムとの対比で言えば、ラテン語校訓はロンドンの築300年の建物と同じだ(#21参照)。事実として存在する歴史。飾る必要のない重さ。だからポエムにならない。

二つの語彙圏——ラテン語が語ること、英語が語ること

真理 vs. エクセレンス

ところが面白いことに、同じ大学がラテン語校訓とは別に、英語のタグラインを持っていることがある。ここで二つの言語層が鮮やかに分裂する。

大学 ラテン語校訓 英語タグライン
Edinburgh "Nisi sapientia frustra"
(知恵なくば空し)
"Influencing the World since 1583"
Glasgow "Via, Veritas, Vita"
(道、真理、生命)
"World Changers Welcome"
Leeds "Et augebitur scientia"
(知識は増さん)
"Come and Find Your Place"
Liverpool (なし) "Life Changing World Shaping"

左列と右列の間に、深い谷がある。

ラテン語校訓は知そのものを語る。真理(veritas)、知恵(sapientia)、知識(scientia)、光(lux)。大学とは何か、という存在論的な問いへの答え。

英語タグラインはあなたの変化を語る。"Come and Find Your Place"、"World Changers Welcome"、"Life Changing World Shaping"。主語が「真理」から「あなた」に移動している。大学は何かを探究する場所から、あなたの人生を変える商品に変わっている。

この断層は、マンションポエムの歴史変遷と重なる。#10で見たように、日本のマンション広告は1960年代の「鉄筋の団地、募集」という機能的広告から、2020年代の「チルアウト」まで60年かけてポエム化した。英米の大学も同じ道を辿っている——ただし「Veritas」から「World Changers Welcome」まで、400年以上かかった。

「エクセレンス」の空虚——98%の大学が同じに見える

Lifeless husks

英国のブランディング調査会社The Knowledge Partnershipは、英国の全大学タグラインを体系的に分析し、衝撃的な結論を出した。

98%の高等教育機関が同じに見える。

タグラインに頻出する語は——Excellence, Success, Challenge, Change, Future, Discover, Culture, Character。ニューロマーケティングの研究者はこれらを"lifeless husks"(生気のない抜け殻)と呼んだ。

ソノダは思わず笑った。これは日本の「世界」「未来」「挑戦」とまったく同じだ。

英語で"Excellence"と書いても、日本語で「卓越」と書いても、中身は同じ——#13のボードリヤールが言うシミュラクル、実体のないイメージの自律的流通。英語圏でも日本語圏でも、大学キャッチコピーは同じ空虚さに収束する。

アンドウが補足する。

「日本の大学が英語のタグラインを作るとき、参考にするのはイギリスやアメリカの大学なんです。でもその英米の大学のタグラインがすでに空虚なら、空虚のコピーのコピーが出来上がる。」

シミュラクルのシミュラクル。ボードリヤールが聞いたら喜びそうだ。

コーネルの例外——ラテン語を拒否した創設者

"I would found an institution where any person can find instruction in any study"

英米大学にも「近大」のような例外はいるのだろうか。

アイビーリーグの中に一つ、ラテン語校訓を持たない大学がある。コーネル大学。その代わりに、創設者エズラ・コーネルの言葉がそのまま掲げられている。

"I would found an institution where any person can find instruction in any study."

(いかなる人もいかなる学問の教授を受けられる機関を、私は創設したい。)

ラテン語ではなく、英語。抽象的な「真理」ではなく、具体的な「誰でも、何でも学べる」。近大の「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」とはスタイルが全く違うが、構造は似ている——飾らずに事実を語る

プリンストン大学もまた、ラテン語の校訓"Dei Sub Numine Viget"(神の御力により栄ゆ)とは別に、英語で"Princeton in the nation's service and in the service of all nations"と掲げる。これも「Excellence」のような空虚さではなく、具体的な使命の宣言だ。

補填の原理がここでも見える。コーネルもプリンストンも、アイビーリーグという紛れもないブランドを持っている。だから"Excellence"や"Discover"に頼る必要がない。東京大学が「志ある卓越。」の六文字で済むように、近大がマグロで勝負できるように、足りないものがないから、ポエムが要らない。

ラテン語という翻訳装置

蒸発しないために、死語を使う

ここでマンションポエムの翻訳の原理を持ち出したい。「同じ事実が、文化フィルターを通って異なる言語に変換される」——これが翻訳の原理だった。

ラテン語校訓には、独特の翻訳が起きている。「真理を追究する場」という大学の本質を、日常言語ではなく死語で表現する。なぜか。

ラテン語は死語である。つまり、もう変化しない。"Veritas"は中世の意味のまま、現代に届く。英語の"truth"は時代とともにニュアンスが変わるが、ラテン語の"veritas"は凍結されている。

マンションポエムの蒸発の原理——言葉が時間や空間を越える際に意味が蒸発する——の対抗策として、ラテン語が機能しているのだ。死語だから蒸発しない。変化しないから、800年前と同じ意味が保たれる。

日本のマンションポエムで「森→杜」の異化が起きたように(#13)、英米大学はラテン語で異化を行う。しかし目的が違う。マンションポエムの「杜」は格調の演出だった。ラテン語校訓は格調だけでなく、意味の保存という実用的な機能を持っている。

一方、現代英語のタグライン——"Excellence"、"Challenge"、"Discover"——は、まさに蒸発の渦中にある。使われすぎて意味が薄まり、"lifeless husks"になった。生きた言語は蒸発し、死んだ言語は蒸発しない。皮肉な逆転だ。

教育の商品化——なぜタグラインが必要になったのか

Veritas から "Come and Find Your Place" へ

アンドウはここで、大学業界の構造変化を指摘する。

「イギリスでは1992年の Further and Higher Education Act で旧ポリテクニクが大学に昇格し、大学の数が一気に倍増しました。日本でも1991年の大学設置基準の大綱化で大学が増えた。大学が増えれば学生の奪い合いになる。奪い合いになれば、広告が必要になる。タグラインはその競争の産物です。」

マンションポエムの歴史と重なる。#10#11で見たように、1960年代の団地広告は「鉄筋コンクリート、3DK、即入居可」だった。マンションが稀少だった時代、ポエムは要らなかった。マンションが増え、競争が激化するにつれてポエムが必要になった。

大学も同じだ。大学が少なかった時代、"Veritas"で十分だった。大学が増え、学生が「消費者」になり、大学が「商品」になった。その瞬間から、"Come and Find Your Place"が必要になった。

学術研究者はこの変化を「高等教育の商品化」(commodification of higher education)と呼ぶ。ラテン語校訓は「大学とは何か」を語る——存在の言語。英語タグラインは「大学であなたは何を得るか」を語る——取引の言語

ラテン語から英語への移行は、言語の変化ではない。大学の自己認識の変化だ。知を探究する共同体から、教育サービスを提供するブランドへ。

ここまでの比較地図

日本・近大・英米——三つのモデル

日本の一般的な大学 近畿大学 英米の大学
ポエムの形態 「世界」「未来」「挑戦」 関西弁の自虐 ラテン語校訓+英語タグライン
二層構造 日本語+英語フレーズ なし(一枚岩) ラテン語(存在の言語)+英語(取引の言語)
異化装置 英語 関西弁(逆方向の異化) ラテン語
蒸発の度合い 高(「世界」の空虚化) 低(具体的事実に基づく) 校訓=低、タグライン=高
補填の原理 ブランド不足をポエムで補填 マグロで補填不要 歴史で補填不要(校訓)/競争で補填必要(タグライン)

英米の大学は一つの機関の中に二つの時代を抱えている。800年前の言葉と、今年作られた言葉。大学がその両方を必要としていること自体が、高等教育の現在地を示している。

次回予告

英米にはラテン語という凍結された権威があった。では、ラテン語に相当するものを持つ、もう一つの文明圏はどうだろう。

中国。909の大学が、わずか605種類の漢字で校訓を綴る国。「自強不息」「厚德載物」——四字格の伝統と、儒教テキストへの回帰。そして、政府がポエムを規制したあの国で、大学の言葉はどう生き延びているのか。

#4 自強不息、厚德載物——中国909大学の605文字(近日公開)

シリーズ記事

姉妹プロジェクト

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。各大学のラテン語校訓は公式サイトおよびWikipediaの "List of university and college mottos" を、英語タグラインの分析はThe Knowledge Partnership の報告書を参照しています。

このプロジェクトについて

本ページはソノダマリ(調査員)とアンドウユイ(大学業界インサイダー)の共同プロジェクトとして運営しています。マンションポエムの世界のスピンオフです。