ソノダマリ・アンドウユイ
前回、日本の大学キャッチコピーは「世界」「未来」「挑戦」という美しく空虚な言葉に収束していくことを見た。学内合議制が角を削り、補填の原理がブランド力の不足をポエムで補う——その結果、どの大学のコピーか区別がつかなくなる。
今回は、その法則を完全に破壊した大学の話をする。
「上品な大学、ランク外。」
——近畿大学(2023年)
近畿大学は毎年1月3日、全国紙とスポーツ紙に全面広告を掲載する。正月休み、新聞がじっくり読まれる日。受験シーズン直前。そのタイミングで、こんなコピーが紙面に現れる。
「固定概念を、ぶっ壊す。」
——2013年
「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」
——2015年
「早慶近」
——2017年
「謹んで新年のお詫びを申し上げます。」
——2018年
「近大発のパチもんでんねん。」
——2016年
「あんたも知らん間に、近大を食べてんねんで。」
——2024年
ソノダは初めてこれらを並べたとき、声を上げた。これはポエムではない。
前回見た「世界に挑む」「未来を変える」が大学版マンションポエムだとすれば、近大の広告はポエムの対極にある。「上質がそびえる」と詠うマンション広告の世界に、突然「うちのマンション、上品じゃないです」と宣言するデベロッパーが現れたようなものだ。
マンションポエム全22回の調査で、こういう存在は一度も出てこなかった。
近大の広告戦略を語るには、一人の人物から始めなければならない。世耕石弘(せこう・いしひろ)。近畿大学の創設者・世耕弘一の孫であり、兄は元経済産業大臣の世耕弘成。
だが彼のキャリアは大学ではなく、近畿日本鉄道(近鉄)から始まった。ホテル事業部、広報部で課長まで務め、民間企業の広報を叩き込まれた。2007年、近畿大学に転職。入試広報課長に着任した。
アンドウはこの経歴に注目する。
「大学の広報は、ほとんどの場合事務職員の仕事です。教務や経理を回ってきた人が広報課に配属される。コピーライティングの訓練を受けた人がいない。だから委員会で合議して、無難なコピーに落ち着く。世耕さんが異質だったのは、民間の広報プロだったこと。それ自体が大学業界では珍しい。」
世耕が持ち込んだ哲学は明快だった——「無反応は悪」。批判されても反応があること自体が広告の成功。無視されることが最悪。
さらに彼は、大学広告の経験がないクリエイターをあえて起用した。業界の常識に縛られないため。博報堂関西支社のチームが「早慶近」を着想し、電通が「上品な大学、ランク外。」を制作した。どちらも、大学広告の「お行儀のよさ」を知らないからこそ生まれたコピーだった。
2017年1月3日。新聞を開いた読者は、全面広告にたった三文字を見た。
「早慶近」
早稲田、慶應、近畿大学。日本の誰もが知る大学序列を、三文字で書き換えようとする広告。根拠はTHE世界大学ランキング2016-2017で、日本の私立総合大学として近畿大学が早稲田・慶應と並ぶ位置にランクインしたデータだった。
博報堂関西支社のコピーライター川村健士がランキングデータを発見し、この括りを着想した。SNSでは「面白すぎる」「さすが近大」と拡散される一方、「何を言っているんだ」「完全に滑っている」という批判も飛んだ。第33回読売広告大賞グランプリを受賞。
そして翌年——
「謹んで新年のお詫びを申し上げます。」
——2018年
「早慶近」への世間の反応に対する「お詫び」を全面広告のトップに持ってくる。お詫び形式で読者の関心を引き、本文で大学改革の詳細を読ませる。広告なのにお詫びする。お詫びがさらなる広告になる。
ソノダはここに、マンションポエムの世界にはなかった修辞技法を見る。マンションポエムは常に足し算だった。「上質」を足し、「洗練」を足し、「歴史」を足す。不在を言葉で補填する。しかし近大は引き算をしている。「上品」を自ら引く。「お詫び」で自らを下げる。そして、その引き算が逆に注目を集める。
近大の広告に繰り返し現れるのは、逆説的自虐(パラドキシカル・セルフデプリケーション)とでも呼ぶべき技法だ。
なぜこれが効くのか。
マンションポエムの補填の原理を逆から見ればわかる。補填の原理は「足りないものをポエムで補う」だった。ドバイは歴史がゼロだから「砂漠のレガシー」を詠い(#18)、ロンドンは築300年の事実があるから詩的言語が要らなかった(#21)。
通常の大学広告も同じ構造だ。ブランド力が足りないから「世界」「未来」「挑戦」を並べる。
近大はこの構造を可視化して見せた。「うちは上品じゃないですよ」と言うことで、他の大学が必死に隠している「足りなさ」を堂々と認める。その瞬間、読者は近大に誠実さを感じる。ポエムで飾らない大学のほうが信頼できるのではないか、と。
ここには、マンションポエム#13で紹介したアポファシス(apophasis)——「言わないと言いながら言う」修辞法——の変種がある。近大は「上品ではない」と言うことで、「上品さなんか要らないほどの実力がある」と言っている。否定の形で肯定を行う。古典修辞学が現代の広告に生きている。
近大の広告にはもう一つ、他の大学広告には絶対に見られない要素がある——関西弁だ。
「あんたも知らん間に、近大を食べてんねんで。」
「近大発のパチもんでんねん。」
「マグロ大学って言うてるヤツ、誰や?」
「大阪のユニバといえば、近大やろ」
前回、日本の大学広告における英語の使用を「異化」(defamiliarization)として分析した。英語は格調高さと国際性を演出する権威装置だった。
関西弁は、その正反対の機能を果たす。権威を壊す装置。大学広告の堅苦しさ、よそ行きの丁寧語、制度的な言い回し——それらを一発で砕く。「食べてんねんで」は「お召し上がりいただいております」の百倍親しい。
マンションポエムの世界で言えば、これは#13の異化の裏返しだ。マンションポエムが「森→杜」で日常語を格上げしたのに対し、近大は標準語→関西弁で制度語を格下げする。しかしその格下げが、結果として受験生との距離を縮める。
アンドウは付け加える。
「これは近大が大阪にあるからできることです。もし関東の大学が方言で広告を出したら、『ふざけているのか』と言われる。大阪には笑いの文脈がある。ボケとツッコミの文化がある。近大はその文化的インフラに乗っている。」
つまり近大の広告は、大阪という都市のコミュニケーション文化を広告の資源として活用している。場所がポエムを生むという点では、マンションポエムの地域差(#2参照)と同じ構造だ——ただし方向が逆なのだ。
近大の広告がポエムを必要としない理由は、関西弁や自虐だけでは説明しきれない。もう一つ、決定的なものがある。
近大マグロ。1970年から研究を開始し、2002年にクロマグロの完全養殖に世界初で成功。32年の歳月。2013年にはグランフロント大阪に「近畿大学水産研究所」をオープンし、大学が研究成果を消費者に直接提供する日本初の試みとなった。
マンションポエムの補填の原理を思い出そう——「饒舌な場所は、何かが足りない場所である」。
近大には「マグロ」がある。32年間の研究と世界初の成果という、誰にも否定できない事実がある。ロンドンに築300年の建物があるように。だから近大はポエムで飾る必要がない。「世界に挑む」と抽象的に詠う代わりに、「あんたも知らん間に、近大を食べてんねんで」と言える。食卓という最も具体的な場所に、大学の存在が届いている。
2011年の「世界がそうくるなら、近大は完全養殖でいく。」が攻めの広告路線の出発点だった。マグロというストーリーが先にあり、広告はそのストーリーを伝える手段にすぎない。語るべき事実があるとき、ポエムは要らない。
これは偏差値の話ではない。東京大学は「東京大学」というブランドがあるから四文字で済む(#1参照)。近大には偏差値ブランドはないが、マグロがある。ブランドの源泉が違うだけで、補填の原理は同じように効いている——足りないものがなければ、補う必要もない。
2023年、第43回新聞広告賞大賞を含む5つの広告賞を総なめにした「上品な大学、ランク外。」には、もう一つの話題があった。ビジュアルに使われた学生の顔が、AIで生成されたものだったのだ。
制作したのは近畿大学情報学部の1年生たち。Stable Diffusionを使い、在学生200名の許諾済み顔写真を学習させて独自モデルを構築した。「コミュニケーション能力が高い」「エネルギッシュ」といったプロンプトでは想像を超える画像が出ず、実在の近大生のデータで学習させることで「実在しないけど、近大にいそう」という絶妙なリアリティに到達した。
生成された全画像は200名の実写真と照合し、特定個人に似すぎないことを確認。約1ヶ月で完了させた。
ソノダはこのエピソードに、ボードリヤールのシミュラクルの極致を見る。#13で論じたように、マンションポエムの「上質」はオリジナルなき記号——シミュラクルだった。「上品な大学、ランク外。」の顔もまた、オリジナルのない顔だ。しかし決定的な違いがある。マンションポエムの「上質」が存在しないものを存在するかのように語るのに対し、この広告は「存在しない」ことを最初から明かしている。シミュラクルを使いながら、シミュラクルであることを隠さない。これは自虐の精神と一貫している。
そして2026年、「ホンモノの近大生を探せ!」ではAI生成の歴代学生写真の中に著名OB9名の本物の写真を紛れ込ませた。シミュラクルの海から「ホンモノ」を探すゲーム。近大の広告は、学術理論すら遊びに変えてしまう。
広告が面白い。それだけでは評価できない。数字を見よう。
| 年度 | 一般入試志願者数 | 備考 |
|---|---|---|
| 2014 | 105,890 | 初の日本一。首都圏以外の大学として初 |
| 2017 | 146,896 | 「早慶近」の年。2位・法政を3万人近く引き離す |
| 2023 | 152,192 | 10年連続1位 |
| 2025 | 157,219 | 過去最多更新 |
| 2026 | 174,436 | 2年連続過去最多。初の17万人超え |
世耕石弘が2007年に着任してから、志願者数は倍以上に増えた。13年連続日本一。
もちろん広告だけの効果ではない。近大マグロ、つんく♂プロデュースの入学式、国際学部・情報学部の新設、年間474件のプレスリリース——総合的なブランディングの結果だ。しかし広告が「話題化」の入口として機能し、大学への関心を喚起するトリガーとなっていることは明白だ。
アンドウは静かに言う。
「この数字を見ると、中堅大学の広報担当者は震えます。みんな近大を研究している。でも真似ができない。なぜなら近大の広告は一人の人間の哲学から始まっているんです。委員会で作れるものではない。」
マンションポエム全22回の旅で、こういう存在はいなかった。
日本のマンション広告は「上質がそびえる」と詠い、台湾は「帝王の座」と叫び(#3)、中国は「隣人は富豪か貴人」と誇り(#12)、ドバイは「砂漠にオアシスを召喚」した(#18)。どの国のポエムも、基本は足し算だった。ないものを足す。ないものを補う。それが補填の原理だった。
近大は引き算をする。「上品じゃないです」「マグロ大学って言われてます」「パチもんです」。ないものを補うのではなく、あるもの(マグロ、研究力、大阪のノリ)をそのまま出す。
しかし——ここが重要なのだが——近大が引き算をできるのは、足し算する必要がないからだ。32年かけた世界初のマグロがある。17万人の志願者がいる。補填すべき「ない」がないから、ポエムの代わりに関西弁と自虐で勝負できる。
つまり近大は補填の原理を破壊しているのではない。補填の原理の裏面を証明しているのだ。「足りないものがなければ、ポエムも要らない」——それはまさに、ロンドンの不動産広告が築300年の事実だけで家を売ったのと同じ原理である。
マンションポエムの三原理に、大学ポエムの調査から一つ付け加えるとすれば、こうなる。
補填の系——反ポエムの原理:語るべき事実がある者は、ポエムを拒否できる。そして、ポエムの拒否それ自体が最も強力な広告となる。
日本の大学ポエムを2回にわたって見てきた。ポエムに頼る大学と、ポエムを拒否する大学。この構図は海外にもあるのだろうか。
次回は大西洋を渡る。ハーバードの「Veritas」、オックスフォードの「Dominus Illuminatio Mea」——ラテン語という、千年越しの権威装置。そしてその隣に並ぶ、空虚な英語タグライン「Excellence」「Discovery」「Challenge」の群れ。
#3 Veritas, Lux, et... Excellence——英米大学のラテン語と空虚な英語(近日公開)
本ページはソノダマリ(調査員)とアンドウユイ(大学業界インサイダー)の共同プロジェクトとして運営しています。マンションポエムの世界のスピンオフです。