同じ茶、違う味
茅野とシズク、夏休みの和室——茅野のトロッコ問題シリーズ #4

茅野、高校二年、二組。お祖母ちゃんを訪ねた、その翌週の、夏休みの、火曜日。茶道部の自主練のために、学校の、四階の、和室に、来た。和室の前で、靴を、揃えていると、中から、湯の沸く、低い音が、聞こえた。先客が、いるらしかった。

先客

襖を、静かに、開けた。シズクが、畳の上に、正座して、稽古を、していた。シズクは、三組の同期。茶道部に、一年生のときから、一緒に、いる。同じ和室で、何度も、隣で、稽古してきたけれど、深く、話したことは、なかった。

「あ、茅野くん」

「お邪魔します」

「邪魔じゃ、ないよ。和室は、皆のもの」

シズクが、笑った。シズクは、稽古中も、よく笑う。私は、稽古中、ほとんど、笑わない。これが、二人の、稽古の、温度の、最初の違いだった。

「茅野くん、点ててく?」

「いまから、点てます」

「私、ちょうど、点て終わったとこ。一服、飲む?」

「いただきます」

シズクが、茶碗を、私の前に、置いた。お辞儀を、した。

シズクのお茶

茶碗を、両手で、軽く、回した。ひとくち、飲んだ。

飲んでから、しばらく、味を、確かめていた。

シズクのお茶は、私の、いつもの稽古で点てるお茶と、味が、違った。少し、苦い、と言ったほうが、近いかもしれない。けれど、苦いだけ、というのも、違う。苦さの、向こうに、何か、軽い、爽やかさがあった。

「ご馳走さまでした」

「どうだった?」

「おいしかったです。ただ、私の、いつものと、味が、違いました」

「違う?」

「私のは、もう少し、まろやか、だと、思います。シズクさんの、苦みと、軽さは、私の、お茶には、出ない」

シズクは、頷いた。

「私のお茶も、毎回、違うんだよ」

「毎回、違う?」

「うん。同じ稽古をして、同じ抹茶、同じ茶碗、同じ茶筅、同じ湯。でも、毎回、味は、違う」

「同じ条件、なのに?」

「同じ条件だ、と、私たちは、思ってる。けど、湿度や、気温、その日の、自分の、体調、お湯の、温度の、わずかな差。条件は、毎回、少しずつ、違ってる。だから、味も、毎回、違う」

「私は、同じ味を、目指してる、と、思います」

「茅野くんは、整えるほうの、稽古だね」

「整えるほう?」

「整えて、整えて、同じ味を、出せるように、する。それが、稽古の、ひとつの、形」

「シズクさんは、違う?」

「私は、たぶん、違うほう」

私のお茶

シズクが、茶碗を、洗ってくれた。新しい湯を、注いだ。私は、自分の、道具を、出した。茶杓で、抹茶を、二すくい、入れた。湯を、注いだ。茶筅で、点てた。

所作は、いつもと、同じだった。整えることに、専念して、点てた。

シズクの前に、茶碗を、置いた。お辞儀を、した。

シズクが、ひとくち、飲んだ。しばらく、味を、確かめた。

「茅野くんのお茶は、まろやか、だね」

「ありがとうございます」

「整っている、というのは、たぶん、こういう、まろやかさ、なんだろうね」

「シズクさんは、まろやかさを、目指してない?」

「目指してない、というか、たぶん、まろやかさ、というものを、毎回、違う形で、出してる」

「違う形で、まろやかさ」

「うん。今日のお茶は、苦みと、軽さの形の、まろやかさ。先週は、もっと、深い、形の、まろやかさだった。先々週は、もっと、薄い、まろやかさ」

「同じ、まろやかさが、違う形で?」

「私は、そう、思ってる」

目指すことと、受け入れること

シズクが、茶碗を、置いた。お辞儀を、して、それから、自分のお茶も、もう一度、点てた。今度は、私の前で。所作は、整っていた。私の、所作と、ほぼ、同じ角度、同じ間で、進んでいた。

けれど、点てたあとの、お茶は、最初に、シズクが、自分のために点てたお茶と、また、少し、違う味、だった。

「ね、毎回、違う」と、シズクは、言った。

「違いますね」

「目指してる、ことが、違う、というのも、ある、と思う」

「目指してる、ことが?」

「茅野くんは、同じ味を、目指して、結果として、整える。私は、毎回、違う味を、受け入れて、結果として、整える。両方とも、稽古」

「目指すことと、受け入れること」

「目指すから、毎回、違う味になる、ことに、気づく。受け入れるから、毎回、違う、ということが、当然、になる。違うほう、から、入っても、結局、整える、ことには、なる」

私は、お茶を、ひとくち、飲んだ。

「お祖母ちゃんから、聞いた話を、思い出しました」

「お祖母ちゃん?」

「お祖母ちゃん、茶道、五十年以上、やってます。先週、点ててくれた。所作は、整わなかった、けど、お茶は、整っていました」

「すごい」

「お祖母ちゃんが、言ってました。型は、年とともに、緩やかに、なる。すり切れたあとに、所作の、芯だけが、残る」

「芯」

「シズクさんの、毎回、違う味、というのは、たぶん、芯のほうから、見ているのかもしれない、と、いま、思いました」

「芯のほうから?」

「型は、毎回、ほぼ同じ。けれど、芯は、毎回、その日の自分の、形で、出る。芯のほうから見ると、毎回、違う、というのが、当然になる」

シズクは、しばらく、黙っていた。それから、笑った。

「茅野くん、難しい、こと、考えるね」

「難しい、と、思いますか」

「思うけど、嫌じゃない」

シズクが、もう一度、自分のお茶を、ひとくち、飲んだ。それから、私の方を、見て、「いま、考えながら、飲んでる」と、言った。

「考えてはいけない、ですか」

「いけない、というか、考えると、味が、また、変わる。考えながら飲むお茶と、考えないで飲むお茶は、たぶん、味が、違う」

「同じお茶、なのに?」

「うん。私のお茶、というのは、点てる側の私と、飲む側の私の、両方の、毎回の違いを、含んでる」

「点てる側と、飲む側」

「両方とも、毎回、違う」

夕方

夕方、和室を、片付けた。シズクと、二人で、道具を、戸棚に、戻した。畳を、軽く、はらった。襖を、閉めた。

「また、明日も、来るの?」と、シズクが、聞いた。

「来ます」

「私は、明日は、来ない。木曜は、岡野先生の稽古の日。それ以外は、私は、家で、点ててる」

「家で?」

「うん。家のほうが、毎回、条件が、違う。それが、面白い」

「私は、和室のほうが、好きで」

「うん、それも、稽古」

シズクは、靴を、履いて、廊下に、出た。それから、振り返って、「茅野くんの、まろやかさ、おいしかった」と、言った。

「シズクさんの、苦みと軽さも、おいしかったです」

「お互い、毎回、違う、まろやかさを、出し合おう」と、シズクは、笑って、言った。

「お互い、毎回、違う、まろやかさ」と、私は、復唱した。

シズクは、軽く、手を、振って、廊下を、歩いていった。

家で、夜

家に着いた。母は、出かけていて、家には、私だけだった。

キッチンで、お茶を、もう一服、点てた。シズクの言葉を、思い出しながら、点てた。

同じ稽古、同じ道具、同じ抹茶。それでも、今夜のお茶は、シズクの言うとおり、いつもと、味が、わずかに、違っていた。

違っていた、ということに、気づく、というのは、これまでの、私の、稽古には、なかった、視点だった。私は、整えることに、専念していた。整える、というのは、「毎回、同じ」を、目指すことだ、と、思っていた。

けれど、毎回、同じ、というのは、たぶん、無理だった。条件が、毎回、わずかに、違う。同じを、目指している、その、目指し方の、結果が、毎回、違う、お茶を、生んでいた。

違うお茶を、受け入れる、という、シズクの、稽古は、目指す、という、私の、稽古の、別の、入り口だった。

別の、入り口、から、入っても、たぶん、最後は、同じ、ところに、たどり着く。

たぶん、で、止まる。

止まることが、いまの、私の、稽古の、形だった。

トロッコ問題、もう一度

夜、ベッドで、天井を、見ていた。

トロッコ問題のことを、また、考えていた。

あの問いに、答えを、出す人と、出さない人が、いる。整えて、答えを、ひとつに、する人と、整えないまま、考え続ける人。

けれど、シズクの、稽古から、考えると、同じ問いに、毎回、違う答えが、出る、という可能性も、ある、はずだった。

同じ問い、同じ条件、同じ人が、答えても、その日の、湿度や、気温や、その人の、体調で、答えが、毎回、わずかに、違う、ことがある。違う、ということを、受け入れる、ということも、ひとつの、態度だった。

森田が、即答した、その日の、答えと、明日、また、同じ問いを、聞いたときの、答えが、ぴったり同じ、とは、限らない。アヤさんの、納得しなさも、毎回、わずかに、違う、形で、出ているはずだった。私の、所作も、毎回、違う、お茶を、生んでいる。

同じ問いに、毎回、違う答えが、出る、ということは、答えが、ない、ということではない。毎回、違う形で、答えが、出ている、ということだった。

毎回、違う形で、答えが出る、という事実を、受け入れる、というのも、私たちの、それぞれの、稽古の、ひとつの、形なのかもしれない。

かもしれない、で、止まる。

明日、また、和室に、行く。シズクは、来ない。けれど、シズクの言葉は、もう、私の中で、繰り返されている。

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【茅野のトロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第4話。茅野は、茶道部の同期シズクと、夏休みの和室で出会う。シズク——所作は整っているが、「同じ茶でも、毎回、違う味になる、ということを受け入れる」別の徳倫理を持つ女子。茅野の「目指して整える」と、シズクの「違いを受け入れて整える」、二つの稽古の入り口が並ぶ。「同じ問いに、毎回、違う答えが出る」というトロッコ問題への新しい応答が、ジュンの即答とアヤの納得しない態度に、別の角度から響く。

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物・場面はフィクションです。