茅野、高校二年、二組。シズクと和室で話した、その翌週の、夏休みの、月曜日の朝。母から「自分のお茶用に、和菓子を、買ってきてくれない?」と頼まれて、家から、自転車で、十分の、商店街の、和菓子屋を、訪ねた。
朝の九時すぎ。商店街は、開いたばかりの店と、まだ閉まっている店が、半々だった。アーケードの天井から、夏の光が、斜めに、漏れていた。
和菓子屋は、商店街の、奥のほうにあった。古い、木の、引き戸の店。看板には、毛筆で「松風堂」と、書いてあった。子供の頃、母に、連れられて、何度か、来たことが、ある店だった。中学生になってからは、ほとんど、来ていなかった。
引き戸を、開けた。店内は、小さく、薄暗かった。入って、すぐに、ガラスのケースが、並んでいて、中に、和菓子が、整然と、並んでいた。色とりどりの、上生菓子。涼しげな、夏らしい、形。
「いらっしゃいませ」
奥から、店主が、出てきた。七十歳くらいの、男性。白い、和帽子のような、頭巾を、かぶっていた。エプロンも、白い。手元には、何か、紙が、あった。
「お茶用に、上生を、二つ、いただけますか」
「あら、お茶用、お点前で?」
「はい、家で、点てます」
「夏のお菓子で、おすすめが、ありますよ」
店主が、ガラスケースの、中を、見せてくれた。「水まんじゅう」「あさがお」「夏雲」「水中花」と、書かれた札が、並んでいた。
「『水中花』と、『夏雲』を、ひとつずつ、お願いします」
「はい」
店主は、菜箸を、取り出した。和菓子を、ひとつ、ガラスケースから、取り出した。手の、動きは、ゆっくりだった。けれど、無駄が、なかった。和菓子を、薄い、透明な、紙の上に、置いた。
それから、もうひとつの和菓子も、同じように、取り出した。同じ、紙の、隣に、置いた。
店主は、紙を、両手で、持って、和菓子を、包み始めた。
包む、というのを、私は、初めて、ゆっくり、見た。母が、和菓子を、家に持ち帰ったのを、開けるところは、見ていた。けれど、包む、その瞬間を、見るのは、初めてだった。
店主の手は、紙を、和菓子の周りに、軽く、回すように、動かした。紙が、和菓子の、形に、ぴったりと、沿った。それから、紙の端を、折りたたむ、ように、しまい込んだ。最後に、紐を、結んだ。紐は、薄い、桜色の、もの。結び方は、決まった、形だった。
「お待たせしました」と、店主は、言った。
包みが、私の前の、台に、置かれた。包みは、和菓子の形に、整っていた。
「これを、お点前で、お使いになるんですね」と、店主が、言った。
「はい」
「茶道部、ですか」
「茶道部、です」
「立派ですね、若い方が、お茶を、お続けに、なるのは」
「ありがとうございます」
店主は、頷いた。それから、小さな声で、「私の、店も、もう、五十年です」と、言った。
「五十年」
「父から、引き継いで、五十年。父も、その前は、四十年、やっていました。合わせて、九十年」
「ずっと、和菓子を、包んでいるんですか」
「ずっと、包んでいます」
「同じ、所作で?」
店主は、しばらく、考えた。それから、笑った。
「同じ、と、違う、の、両方ですね」
「両方?」
「型は、同じ。父から、教わった、型のまま、ずっと、包んでいる。けれど、毎日の、湿度や、紙の、しなり、和菓子の、堅さで、力の、入れ方が、毎回、わずかに、違うんです。違うように、力を、調整しないと、同じ形に、包めない」
「同じ形に、包むために、毎回、違う、力を」
「そうです。同じ、を、続けるために、違う、を、毎回、選んでいる、と、いうことかもしれませんね」
私は、しばらく、店主の手を、見ていた。手は、年を、感じさせる、しわが、あった。けれど、力強かった。
代金を、払った。レシートを、いただいた。包みを、持って、店を、出ようとしたとき、店主が、もう一度、言った。
「お茶、続けてくださいね」
「はい」
「いつか、お祖母ちゃんに、なってから、お点前を、続けるのが、いちばん、難しいんですよ」
「いちばん、難しい?」
「若いうちは、誰でも、続けられます。年を、取ってからが、本当の、稽古です」
お祖母ちゃんが、先週、言っていたことと、似ていた。型は、年とともに、緩やかに、なる。お祖母ちゃんは、それを、自分の手の、震えで、教えてくれた。店主は、それを、九十年の、店の歴史で、教えてくれた。
「ありがとうございます。続けます」
「ありがとうございました」
引き戸を、出た。アーケードの、光が、また、斜めに、入ってきた。
自転車で、家に、帰る道。包みを、自転車の、前のかごに、入れた。包みが、形を、崩さないように、ゆっくり、走った。
頭の中で、店主の、包む手の動きが、繰り返し、再生されていた。
店主の、包む所作と、私の、お茶を点てる所作。形は、違う。和菓子と、茶碗。紙と、抹茶。紐と、茶筅。違う形の、所作だった。
けれど、芯は、似ていた。
毎日、同じ型を、繰り返す。繰り返した結果として、毎回、わずかに違う条件に、対応できる、力の調整が、身につく。同じ、を、続けるために、違う、を、毎回、選ぶ。
これは、私が、お祖母ちゃんから、聞いたことと、シズクから、聞いたことと、同じ場所を、指しているように、見えた。
お祖母ちゃんは、五十年以上の、稽古の結果、所作の、芯だけが、残ると言った。シズクは、毎回、違う条件を、受け入れるのが、自分の稽古だと言った。店主は、同じを続けるために、毎回、違うを選ぶ、と言った。
三人とも、別の、言葉で、同じ場所を、指していた。
同じ場所、というのは、たぶん、徳のある場所だった。徳のある場所は、どの形からも、たどり着ける。茶道からでも、和菓子作りからでも、たぶん、他の、何からでも。
徳は、茶道に、固有のものでは、ない、ということが、今朝、私が、知ったことだった。
家に、着いた。母は、リビングで、新聞を、読んでいた。
「お帰りなさい」
「ただいま」
「お菓子、ある?」
「あります」
「松風堂?」
「松風堂です」
「あそこの、ご主人、おじいちゃんに、なったでしょう」
「七十くらい、ですか」
「もっと、上だと思う。お父さんが、子供のときから、お店を、やってる、って言ってた」
「ずっと、続いてるんですね」
「続いてる」
母は、新聞を、閉じた。
「お茶、お母さんにも、いっぱい、点ててくれる?」
「点てます」
台所で、お茶を、点てた。今日は、二服。母の分と、自分の分。包みを、ゆっくり、解いた。包みの中の、和菓子は、店主が置いた、ぴったりの形のまま、出てきた。
母と、リビングで、お茶を、飲んだ。和菓子を、ひとくち、食べた。涼しげで、優しい、味だった。
「店主が、お茶、続けてくれって、言ってました」と、私は、言った。
「そう」
「九十年、続けてるんだそうです、店」
「続いている、というのは、すごいことね」
「すごい、です」
母は、お茶を、最後まで、飲んで、ご馳走さま、と、言った。
夜、ベッドで、天井を、見ていた。
商店街は、毎日、開いている。松風堂も、毎日、開いている。店主が、毎日、和菓子を、包んでいる。父の代から、九十年。
九十年の、繰り返し。その繰り返しが、店主の、手の、力の、調整を、作っていた。私の、二年弱の、稽古とは、比べ物に、ならない。
けれど、二年弱の、稽古でも、私は、整い始めている、と、お祖母ちゃんも、岡野先生も、シズクも、言ってくれていた。
整い始めている、というのは、九十年の、店主の、整い、と、同じ、場所を、向いている、ということなのかもしれない。同じ場所を、向いている、ということが、徳の、ある場所、なのかもしれない。
そして、その場所は、お茶を、点てる、私と、和菓子を、包む、店主と、それぞれの形で、たどり着く、場所だった。
たどり着く、ということは、たぶん、私たち、それぞれが、自分の、形で、続ける、ということだった。
続ける、というのが、たぶん、いまの、私の、結論だった。
明日も、和室に、行く。お茶を、点てる。点てたあとで、たぶん、また、何か、新しい場所が、見えてくる。
→ 次話:お盆(親戚の集まり、四十年の芯、茅野のトロッコ問題シリーズ #6)
← 前話:同じ茶、違う味(茅野のトロッコ問題シリーズ #4)
← シリーズ #3:三代目(お祖母ちゃんのお茶、すり切れたあとの芯)
← シリーズ #2:お母さんに、一服
← シリーズ #1:所作の中で
← 関連:先生、納得がいきません(一組のアヤ)
← 関連:答えは、出る(同じ二組の森田)
← 関連:アヤのトロッコ問題シリーズの種明かし
← 関連:ジュンのトロッコ問題シリーズの種明かし
← シリーズ目次に戻る
【茅野のトロッコ問題シリーズ予告】
本作はシリーズ第5話。茅野は、商店街の和菓子屋「松風堂」で、九十年続く店の店主の、和菓子を包む所作に、出会う。「同じを続けるために、毎回、違うを選ぶ」という店主の言葉が、お祖母ちゃんの「すり切れたあとの芯」、シズクの「毎回違う味」と、別の言葉で同じ場所を指す。徳は、茶道に固有のものではない、という発見——徳倫理の領域が、街のあちこちに広がる。