シライショウタ(ポエマイゼーション:ソノダマリ)
僕はBot開発エンジニアで、映画オタクだ。週末は映画館に通い、平日はAPIを叩いている。この2つの世界は無関係に見えるが、ある日気づいた。映画の予告編は、マンションポエムと全く同じことをやっている。
ソノダさんのポエマイゼーション理論——補填、翻訳、蒸発、消去、変装、増幅——を映画予告編に当てはめたら、ぴったりハマった。2時間の映画を2分に圧縮するとき、そこには6つの操作がフル稼働している。
マンションのモデルルームを思い出してほしい。最上階の角部屋を再現した空間。家具はプロがコーディネートし、花が飾られ、窓の外には合成された眺望。あなたが実際に住む7階の中住戸とは何の関係もない。
映画の予告編は、これと同じだ。
予告編が見せるもの
予告編が見せないもの
高校パンフ#4でカワセが指摘した「写真は一番いい日の一番いい瞬間」。予告編もまさにそれだ。2時間の映画から「一番いい2分」を切り出す。残りの118分は消去される。
そしてここが面白い。予告編には本編に存在しないシーンが含まれることがある。予告編のためだけに撮影されたカット。モデルルームのためだけに設計された部屋。高校パンフの写真のためだけに演出された「輝く生徒たち」。宣伝素材そのものが、商品とは別の作品なのだ。
日本の映画予告ナレーションには、黄金の定型表現がある。僕はこれを「予告編ポエム」と呼ぶ。ソノダさんのカタカナ暗号辞典にならって、辞典を作った。
| 予告編ポエム | 翻訳(事実に戻すと) | 操作 |
|---|---|---|
| 全米が泣いた | アメリカで公開された | 増幅 |
| 全世界が感動した | 複数の国で公開された | 増幅 |
| この冬、最高の感動 | 冬に公開する | 補填 |
| 涙が止まらない | 悲しいシーンがある | 増幅 |
| あなたは、きっと泣く | 制作側の希望 | 補填 |
| 予告編ポエム | 翻訳(事実に戻すと) | 操作 |
|---|---|---|
| 世界の命運を握る、たった一つの—— | マクガフィンがある | 増幅+消去 |
| 空前のスケールで贈る | 予算がそこそこある | 増幅 |
| 映画史を変える衝撃作 | 新作映画です | 増幅 |
| 超大作 | 制作費が高い | 変装 |
| 予告編ポエム | 翻訳(事実に戻すと) | 操作 |
|---|---|---|
| ある男の、運命を変える出会い | 主人公が誰かに会う | 変装+消去 |
| その秘密が、すべてを変える | プロットツイストがある | 消去 |
| 衝撃のラスト15分 | 終盤に展開がある(当然) | 増幅 |
| 真実は、まだ誰も知らない | 未公開です | 変装 |
「全米が泣いた」——全米の何パーセントが泣いたのか。調査方法は。サンプルサイズは。信頼区間は。検証不能。これはデータではない。ポエムだ。SaaSの「業務効率50%改善」と同じ構造——数字っぽいが検証できない。
ソノダさんの6つの操作が、予告編にどう現れるか。
映画の中盤がダレている? 問題ない。ナレーションが「この冬、最高の感動」で埋めてくれる。マンションの設備が弱いときに「上質」で埋めるのと同じだ。映画が弱いほどナレーションが饒舌になる。
名作にはポエムが少ない。「スター・ウォーズ」の最初の予告編には「A long time ago in a galaxy far, far away...」しかなかった。作品の力で語れるなら、ポエムは要らない。逆に、予告編がナレーションだらけの映画は——まあ、察してほしい。
ハリウッド映画が日本に来るとき、予告編は作り直される。英語の予告編にはないナレーションが追加される。字幕がつく。BGMが変わることもある。
英語版の予告編:俳優のセリフと映像だけでクールに構成。
日本版の予告編:説明ナレーション全開。「彼はかつて最強の兵士だった。しかし今、愛する者を守るため——」。本国版にそんなナレーション、ない。日本の配給会社が「補填」したのだ。
「全米No.1ヒット」。これは事実のように見える。しかし何のNo.1か。興行収入か。観客動員数か。公開初週末だけか。全米には映画館が何千もあるが、どの集計か。「No.1」という数字の顔をした意味が蒸発している。
「アジャイル」が定義を失って「なんか速そう」になるのと同じ。「No.1」は「なんかすごそう」に蒸発する。
予告編の最大の仕事はネタバレの消去だ。犯人は消去。どんでん返しは消去。主人公が死ぬことは消去。当然だ。しかしそれだけではない。退屈な会議シーンは消去。テンポの悪い恋愛パートは消去。微妙なCGのシーンは消去。
マンションのチラシに隣のパチンコ屋が写らないのと同じだ。
「問題作」——ストーリーが破綻している可能性がある。
「意欲作」——売れない可能性がある。
「大人のラブストーリー」——展開がスローペースである。
「観る者を選ぶ」——つまらない可能性がある。
不動産の「閑静な住宅街」=不便、と同じ構造。映画業界にも独自の匂わせ暗号がある。
「全米が泣いた」は増幅の極致だ。「アメリカで公開された」が「全米が泣いた」になる。倍率、推定1万倍。「上質がそびえる」どころの騒ぎではない。
映画予告編は増幅の宝庫だ。「映画史に残る」「伝説の」「究極の」「未曾有の」「空前絶後の」——全部「新作映画です」の増幅バリエーション。
ソノダさんがマンションポエムで国際比較をやったように、予告編にも国ごとの文法がある。
| 日本の予告編 | ハリウッドの予告編 | |
|---|---|---|
| ナレーション | 多い。重厚なバリトンボイスで全部説明 | 減少傾向。映像とセリフで語る |
| テロップ | テロップだらけ。「感動の実話」「涙が止まらない」 | タイトルと公開日のみ |
| 主な操作 | 補填+増幅(言葉で盛る) | 消去+変装(映像で魅せる) |
| 音楽 | J-POPのタイアップ曲 | トレーラー専用の壮大なBGM |
| 煽り文句 | 「全米が泣いた」「この冬最高の——」 | "From the director of..."(監督の権威で売る) |
| ネタバレ量 | 多い(ストーリーをほぼ全部見せがち) | 最近は慎重(ファンの監視が厳しい) |
面白い逆転がある。ハリウッドの予告編のほうが「消去」を多用し、日本の予告編のほうが「補填」を多用する。ハリウッドは見せないことで期待を煽り、日本は言葉を足すことで理解を助ける。
SaaSの世界でソノダさんが発見した「英語圏のほうがポエムが濃い」(DXポエム#5)と逆転しているのが興味深い。SaaSでは英語圏が言葉で盛る。映画では日本が言葉で盛る。その分野の「ホーム」ではない側が、言葉に頼るのかもしれない。ハリウッド映画は日本では「アウェイ」だから補填が必要。日本のSaaSは英語圏では「アウェイ」だから——いや、そもそも英語圏に進出していないか。
映画予告ポエムの最高傑作「全米が泣いた」。この文型の生産性の高さをご覧いただきたい。
主語バリエーション
問題提起
「全米」とは何人か。アメリカの人口は約3億3,000万人。仮に公開初週末の観客が1,000万人だとして、全員が泣いたとしても全米の3%だ。全米の3%が泣いた。正確だが、予告編には使えない。
さらに言えば、泣いたかどうかを誰が確認したのか。出口調査か。涙腺センサーか。自己申告か。検証方法が存在しない。「全米が泣いた」はデータではない。「上質がそびえる」と同じで、検証不能なポエムだ。
しかしこの表現は誰もが一度は「そうなんだ」と思ってしまう。それがポエムの力だ。「業務効率50%改善」も「偏差値が10上がった生徒も」も、数字の顔をしたポエムは、純粋なポエムより説得力がある。「全米が泣いた」は「全米」という数量的な主語を使うことで、統計データのフリをしている。増幅と変装の合わせ技。
映画ファンなら経験があるだろう。予告編で見たあのシーンが、本編にない。
有名な例をいくつか。
高校パンフ#4の「写真の暗号」と同じ構造だ。パンフの写真は「一番いい日の一番いい瞬間」を切り取る。予告編は「一番いいシーンの一番いいカット」を切り取る。そして時として、商品(本編)には存在しない素材を宣伝用に作る。
予告編=モデルルーム。本編=実際の部屋。
パンフの写真=モデルルーム。3年間の学校生活=実際の部屋。
SaaSのLP=モデルルーム。導入後の運用=実際の部屋。
すべての広告は、モデルルームである。
アメリカには「予告編ナレーター」という専門職がある。かつてドン・ラフォンテーヌ(Don LaFontaine)という伝説的なナレーターがいた。"In a world..." というフレーズを定着させた男。彼のバリトンボイスが乗った瞬間、どんな映画も大作に聞こえた。
日本では、予告編ナレーションを担当する声優や俳優がいる。あの重厚な声で「この冬——」と言われると、条件反射的に「大作だ」と思ってしまう。声そのものが増幅装置になっている。
ソノダさんがDXポエム#5で分析したカタカナの増幅効果と同じだ。"Proud"は普通の英語。「プラウド」は高級感。同様に、「来月公開」は普通の告知。バリトンボイスで「この冬——」と言えば、イベントになる。メディウム(媒体)が増幅する。
ちなみに "In a world..." は2000年代にパロディされすぎて、今ではほとんど使われなくなった。ポエムにも寿命がある。「上質がそびえる」も、いつか賞味期限が来るのかもしれない。
ソノダさんのシリーズでは毎回「読み方」を最後に書いている。高校パンフの15歳のルール。SaaSの決裁者のルール。じゃあ映画ファンのルールも3つで。
ルール1:ナレーションの量に注目しろ
ナレーションが多い予告編は、映像だけでは売れないと配給会社が判断した証拠。名作ほどナレーションが少ない。「見ればわかる」から。逆に、ナレーションが映画の内容を全部説明してくれる予告編は——映画自体が説明を必要としている、ということだ。
ルール2:予告編に3回以上出てくるシーンは、本編のハイライトの全て
2時間の映画から2分を作るとき、「いいシーン」が豊富なら1回ずつ見せれば足りる。同じシーンが予告編に何度も登場するなら、それは見せ場がそれしかない可能性がある。予告編の反復は、素材の少なさの裏返し。補填だ。
ルール3:レビューを待て
マンションなら内見。高校なら説明会。SaaSなら無料トライアル。映画なら——公開後のレビューだ。予告編は制作側が作る広告。レビューは観た人が書く感想。予告編で「全米が泣いた」と言っているなら、実際に観た人が泣いたかどうか確認すればいい。ただし、ネタバレには気をつけて。
| 15歳のルール | 決裁者のルール | 映画ファンのルール | |
|---|---|---|---|
| 1 | 書いてないものは何か | 載ってない企業を想像しろ | ナレーションの量に注目しろ |
| 2 | 写真は一番いい瞬間 | LPはモデルルーム | 同じシーンの反復は素材不足 |
| 3 | 同じ言葉が何校にもあったら暗号 | カタカナを日本語に置き換えろ | レビューを待て |
映画の予告編は2分間のポエマイゼーション芸術だ。補填で退屈を埋め、消去でネタバレを消し、変装で欠点を長所に着替えさせ、増幅で「全米が泣いた」と盛る。6つの操作がフル稼働している。
そして予告編と本編のギャップは、モデルルームと実際の部屋のギャップと同じだ。パンフレットの写真と学校生活のギャップと同じだ。SaaSのLPと導入後の運用のギャップと同じだ。
僕はBot開発エンジニアだ。コードの世界では、関数が仕様通りに動くかはテストで検証できる。バグがあればスタックトレースが教えてくれる。「このAPIはスケーラブルです」と書いてあっても、負荷テストをすれば嘘か本当かわかる。
映画の予告編には、テストがない。「全米が泣いた」のユニットテストは書けない。だから僕たちは、自分の目でレビューするしかない。
予告編は夢を売る。本編は映画を見せる。
その差を知っていれば、どちらも楽しめる。
ところで、この記事を書いている最中にも新しい予告編が公開された。ナレーション:「この夏、世界が——」。世界が何だ。泣くのか。震えるのか。熱狂するのか。
全部だ。全世界が全部する。それが予告編ポエムの文法だから。