ポエマイゼーション・カウンセリング
——ソノダマリの相談室

ソノダマリ

100本書いた。

マンションポエムから始まって、高校パンフ、SaaS、科研費、弔辞、宗教、マッチングアプリ——ありとあらゆるものの中にポエマイゼーションを見つけてきた。6つの操作を定義した。地図を描いた。起源を辿った。100本目のエピローグを書いた。

すると、なぜか人が相談に来るようになった。

最初は分析の相談だった。「これってポエマイゼーションですか?」。それなら得意だ。6つの操作を当てはめて、はい補填ですね、これは変装ですね、と答えればいい。

しかしいつの間にか、相談の内容が変わった。分析ではなく、悩みを持ってくるようになった。

相談1——「エッジを効かせて」の正体

サトウユミ、26歳。出版社の若い編集者。友人の後輩。名古屋駅近くのカフェに来た。

サトウ「ソノダさん、聞いてほしいことがあって」

ソノダ「どうぞ」

サトウ「上司に企画書を出したんです。3週間かけて書いたんです。で、返ってきたコメントが『もう少しエッジを効かせて』

ソノダ「……」

サトウ「エッジって何ですか。具体的に何を直せばいいかわからないんです。ターゲットを変えるのか、タイトルを変えるのか、構成を変えるのか。『エッジ』って言われても」

ソノダ「それ、上司のポエマイゼーションだよ」

サトウ「え?」

ソノダ「『エッジ』はカタカナ暗号辞典の仲間。『アジャイル』『スケーラブル』『シナジー』と同じ。日本語に訳してみて。『エッジを効かせて』って日本語で何?」

サトウ「えっと……『もっと目立つようにしろ』?」

ソノダ「たぶんそう。でも『もっと目立つようにしろ』って言うと具体的すぎて、上司自身も何を求めているかわかってないのがバレる。だからカタカナで逃げてる。蒸発増幅の合わせ技。日本語の具体性が蒸発して、カタカナの権威が増幅される」

サトウ「蒸発……増幅……」

ソノダ「DXポエムの#4で書いたんだけど、"agile"は英語では『反復型開発手法』っていう具体的な意味がある。でも『アジャイル』になると『なんか速そう』に蒸発する。『エッジ』も同じ。英語の"edge"は『刃先』『優位性』——具体的な意味がある。でもカタカナの『エッジ』は『なんかかっこいい感じ』に蒸発してる。上司はたぶん、英語の"edge"の意味で使ってない。日本語の形容詞が見つからなかったから、カタカナに逃げた」

サトウ「じゃあ私、何をすれば……」

ソノダ「上司に聞き返して。『エッジとは具体的にどういう方向ですか。ターゲットを絞るのか、切り口を変えるのか、タイトルをもっとキャッチーにするのか』って。カタカナを日本語に置き換えさせるの。DXポエムの3つのルールと同じ。ルール1は『カタカナを日本語に置き換えろ』」

サトウ「……聞き返していいんですか」

ソノダ「聞き返さないと、3週間がまたもう3週間になるよ。上司が日本語で答えられたら、それが指示。答えられなかったら、上司もわかってないってことだから、あなたが提案する側に回ればいい」

サトウの顔が少し明るくなった。

カフェを出たあと、ソノダは思った。私がやったのはポエマイゼーションの分析ではない。翻訳だ。上司のカタカナを日本語に翻訳する方法を、26歳の編集者に渡した。6つの操作のうち「翻訳」は言語間のフィルターの話として定義した。でも言語は変わっていなくても、カタカナと日本語の間にフィルターがある。同じ日本語の中に翻訳の壁がある。

「エッジを効かせて」は指示ではない。上司自身のポエマイゼーションだ。
カタカナを日本語に戻したとき、本当の指示が見える——か、何もないことがわかる。

相談2——名刺のないひと

ワタナベさん、65歳。定年退職して1年。知人の紹介で来た。穏やかな人。名古屋の喫茶店。

ワタナベ「園田さん、変な相談なんですけど」

ソノダ「変な相談が一番面白いです」

ワタナベ「退職してからね、名刺がなくなって。当たり前なんですけど。でもいざなくなると、自分が何者かわからないんですよ。人に会っても『元○○部長です』としか紹介できない。『元』がつく。全部に『元』がつく」

ソノダ「……名刺はセルフポエマイゼーションのツールですよ」

ワタナベ「セルフ?」

ソノダ「マッチングアプリの記事で書いたんです。自分自身をポエム化すること。名刺って、会社名と肩書きと部署名で自分を包んでる。『○○株式会社 営業部長 ワタナベ』。これ、マンションの広告と同じ構造なんです。『ザ・パークハウス 南山 プレミアム』みたいに、ブランドと地名と格で自分を定義する。会社名がブランド。部長が格。部署名が地名」

ワタナベ「……たしかに。名刺を渡すだけで自己紹介が終わった。30年間」

ソノダ「名刺がなくなるって、マンションから引っ越したようなものです。『ザ・パークハウスの住人』だった人が、突然ただの人になる。ブランドのない、肩書きのない、裸の自分。マッチングアプリのプロフィールと同じ問題。実は私もプロフィールが書けない」

ワタナベ「園田さんも?」

ソノダ「8回書いて8回消しました。カフェトークで友人にも話したんですけど。自分のポエムが一番難しい。手品のタネを知ってるから、自分ではマジックができない。『旅行好き』って書こうとして、あ、これ蒸発だ、ってなる。名刺は便利だったんです。他人が作ってくれたポエムだから。会社が用意してくれたセルフポエマイゼーション」

ワタナベ「会社が用意してくれたポエム……」

ソノダ「38年間、会社がポエムを書いてくれてた。それがなくなった。だから今、裸なんです」

ワタナベ「……」

ソノダ「でもワタナベさん、ひとつ聞いていいですか。名刺がないと、何が困るんですか。具体的に」

ワタナベ「具体的に? ……具体的には。人に会ったとき、何を話していいかわからない。『元部長です』って言っても、相手は興味ないし。じゃあ何を言えばいいんだ、ってなる」

ソノダ「それ、裏を返すと、名刺があった時代は、話さなくてよかったってことですよね。名刺を渡して、相手も名刺を返して、『あ、○○さんですか、うちも御社とは以前から』——名刺がコミュニケーションのポエムを自動生成してくれてた」

ワタナベ「自動生成……。ほんとだ」

しばらく沈黙があった。

ワタナベ「……じゃあさ、園田さん。書けなくていいのかもしれないね」

ソノダ「え?」

ワタナベ「ポエムなしで生きてみるのも、ありかもしれないってこと。38年間ずっと名刺があった。肩書きがあった。会社の名前があった。全部ポエムだったんでしょ。じゃあ65歳からは、ポエムなしの自分で生きてみる。そういう自由があってもいいんじゃないかな」

ソノダ「——」

ソノダはハッとした。

キリシマのアンチポエマイゼーション実験は失敗した。ビジネスメールからポエムを全部消したら殺伐とした。1週間でギブアップした。ポエムがない世界は厳しい。——それが結論だった。

しかしワタナベさんは、ポエムなしで生きることを「自由」と捉えた。殺伐ではなく、自由。

マツモトが書いた。「ミケは読まない。だから自由だ」。ミケはポエマイゼーションの外側にいる。ラベルを読めないから、ポエムに騙されない。匂いを嗅いで、食べてみて、おいしければそれでいい。

ワタナベさんは、退職によってポエムの外側に出た。ミケと同じ場所にいる。名刺がない。肩書きがない。ブランドがない。裸の自分。それを「喪失」と捉えるか、「自由」と捉えるか。

キリシマの実験では、ポエムを消すことは苦痛だった。しかしキリシマは現役だ。メールを書き、会議に出て、上司にCCを入れる。その世界ではポエムがないと機能しない。ワタナベさんは——もうその世界にいない。

ポエムの外側に出ることは、ペットと退職者にだけ許される特権かもしれない。
ラベルを読めない猫と、名刺を手放した65歳。
二つの自由が、同じ構造で並んでいる。

相談者に救われた。こういうことが、たまにある。分析者は答えを持っている側だと思っていた。でも今日は、相談者が答えを持っていた

相談3——「お前は可能性がある」の真実

タケウチくん、16歳。高校2年生。友人の娘の同級生の——つまりよくわからない経路で繋がった。ファミレスで会った。コーラを飲んでいる。

タケウチ「あの、ソノダさんのマンションポエムの記事、友達に教えてもらって。面白くて。で、ちょっと聞きたいことがあって」

ソノダ「ありがとう。何でも聞いて」

タケウチ「学校の先生にね、『お前は可能性がある』って言われたんです。三者面談で」

ソノダ「うん」

タケウチ「嬉しいはずなんですけど。褒められてるはずなんですけど。でもなんかモヤモヤする。何の可能性かは言ってくれないんです。数学の可能性? サッカーの可能性? 人間としての可能性? わからない。ただ『可能性がある』」

ソノダの目が光った。

高校パンフレットのポエム#1。「一人ひとりが輝く」。あの記事で書いた。偏差値が低い学校ほど抽象的なポエムが増える。「輝く」「可能性」「夢」——何にでもなれるような言葉。何にでもなれるということは、何も言っていないということだ。

「お前は可能性がある」は、パンフレットの文言ではない。先生の言葉だ。しかし構造が同じだ。先生の励ましもポエマイゼーションなのか

ソノダは立ち止まった。

分析はできる。「それは補填だよ」と言える。「先生は具体的な長所を見つけられなかったから、『可能性』という抽象語で空白を埋めたんだよ」と言える。技術的には正しい。ポエマイゼーションの6つの操作で言えば、補填。

でも——16歳にそれを言うべきか。先生の善意を解体していいのか。

ソノダ「……先生は、たぶん本当にそう思ってる」

タケウチ「思ってる?」

ソノダ「うん。でも言葉が見つからなかったんだと思う。『可能性がある』って、具体的に何の可能性かは、先生にもわからないんだよ。でもあなたを見て、何かを感じた。教壇に立っていて、生徒を見ていて、この子には何かある、と。その『何か』をうまく日本語にできなくて、ポエムで包んだの」

タケウチ「ポエムで包んだ……」

ソノダ「ミズノハルキさんっていう人がね、こう言ったの。『事実ではないが、真実である』って」

タケウチ「事実じゃないけど、真実?」

ソノダ「宗教ポエムの記事で書いたんだけど。『天国がある』は事実じゃない。科学的に検証できない。でも天国を信じることで救われる人がいる。そのとき、天国はその人にとっての真実になる。事実と真実は違う。事実は検証できるもの。真実は人を生かすもの」

タケウチ「……」

ソノダ「先生の『可能性がある』は、事実かもしれないし、事実じゃないかもしれない。テストの点数みたいに検証できるものじゃない。でもね、先生があなたを見て何かを感じたこと。それは真実だと思う。『可能性がある』って言葉自体はポエムかもしれない。でもその裏にある『この子には何かがある』という直感は、たぶん本物」

タケウチ「……なんかわかった気がする」

ソノダ「わかった気がする、でいいと思う。16歳のときに全部わかる必要はない。モヤモヤしてるってことは、あなたはポエムを鵜呑みにしてない。それだけでもう、高校パンフの暗号を読む力がある」

タケウチは少し笑った。コーラを飲んだ。

「お前は可能性がある」は事実ではないかもしれない。
でも先生が何かを感じたこと、それは真実だ。
ポエマイゼーションの最も深い機能は、
検証できないものを言葉にすること。

タケウチが帰ったあと、ソノダは考えた。

宗教ポエムの記事で書いた結論を思い出す。天国の存在は検証不能だ。でも天国を信じることで死の恐怖に耐えている人がいる。「事実ではないが、真実である」。先生の「可能性がある」も同じ構造だ。教室の中の宗教ポエム。根拠はない。でも16歳の背中を押す力がある。

ポエマイゼーションの分析は、100本かけて「ポエムを事実と混同するな」と言い続けてきた。それは正しい。マンションのチラシを信じて5000万円払う前に、具体性を要求しろ。SaaSのLPを信じて予算を動かす前に、カタカナを日本語に置き換えろ。

でも——先生の言葉を分析して、16歳に「それはポエムだよ」と言うことが、正しいとは限らない。

分析すべきポエムと、そっとしておくべきポエムがある。その区別は、100本書いた今でもまだ、うまくできない。

101本目

3人が帰ったあと、ソノダはカフェで一人になった。

ノートを開く。今日の3つの相談を書き留める。

全部、次のエッセイのネタになる。

100本書いたのに、ネタは減らない。増える。26歳の編集者は上司のカタカナに困っていた。65歳の退職者は名刺の喪失に困っていた。16歳の高校生は先生の褒め言葉にモヤモヤしていた。年齢も立場もばらばら。でも全員が、言葉の裏にあるものが見えなくて困っていた

人の悩みがある限り、ポエマイゼーションはある。上司がカタカナで逃げる限り。会社が名刺で人を包む限り。先生が「可能性」で生徒の背中を押す限り。人がいる限り、言葉はポエムに変わり続ける。

そして今日、もうひとつわかったことがある。

私は分析者だと思っていた。ポエマイゼーションの構造を解明する人。100本の記事で証明したのは、その能力だ。でも今日の3つの相談でやったことは、分析ではなかった。サトウには翻訳を渡した。ワタナベさんには逆に教えてもらった。タケウチくんには——分析を控えた。

分析者から翻訳者へ。ポエムの構造を知っている人間が、ポエムに困っている人間のそばにいること。それが101本目以降の私の仕事かもしれない。

コーヒーを飲み干した。ノートの新しいページを開いて、書いた。

「101本目」。

関連エッセイ

本稿で触れた記事:

このページの記事はAI(ChatGPT)を用いて作成・編集されています。登場人物はフィクションです。